五十嵐 一
高2の4月。
クラス替えを明日に控えた俺、霞、春の3人は何故か俺の部屋に集まっていた。
「いや、なんでみんなここにいるんだよ!?」
「き、急にどうしたのはじめ…?」
「そうだよ。あたし達が何もなしにいっちゃんの家に来るのはいつものことじゃん」
「いや、すまん…ちょっと気が動転して…」
あれぇ?なんで俺が悪いみたいになってんの?
たしかに霞も春も毎日のように入り浸ってるけどさ。なんなら泊まってってるけどさ。
俺はそれ以上考えることを放棄すると、目の前にある『例の封筒』へと目を向けた。
「で、これがいっちゃんの前に悩んでたって原因?」
「そうだよ」
「えっ?ちょっと待って…なんで井上さんが知ってて私が知らないの?」
「あー…それはちょうど春しかいなかったからかな?別に霞に隠してたわけじゃないよ」
俺のその言葉に霞はしばらく腑に落ちないといった様子で考え込んでいたが、諦めたように小さく溜息をついた。
相変わらず女心というのはよくわからん。
俺は霞が落ち着いたのを確認すると、例の封筒の中身をそれぞれ取り出した。
「何これ…写真?」
「誰?ここにうつってるの?」
霞と春がそれぞれそう反応すると、俺のほうへと視線を戻した。
母さんから貰った方は例の3枚の写真が、由良から貰ったほうには何やら資料のようなものがいくつか入っていた。
俺は改めて3枚の写真を手に取ると、そこに映る3人に睨みつけるように観察した。
「…しかし、見れば見るほど俺に似てるな白髪の女性」
「どれ?…あ、ほんとだ。こっちの学生もどことなく似てる気もするけど」
「あたしもそう思う」
俺の背後から覗き込む2人は、俺の耳元で口々にそう言うと、不意にその写真をひょいと取り上げた。
「あ、おい2人とも…何すんだよ?」
「ねぇはじめ。これ、裏になんか書いてない?」
「は?」
「ほんとだっていっちゃん。ほらこれ!この3枚全部に書いてあるよ!」
2人の発言に俺は半信半疑で写真を受け取ると、一斉に写真を裏返した。
「…」
結論から言おう。たしかに霞と春があったように写真の裏には文字が書いてあった。
1枚目の赤ちゃんの写真には『五十嵐一』という名前と俺の誕生日。
2枚目の集合写真のような写真には『五十嵐終』という名前と旧姓の母さんと親父の名前が書いてある。
3枚目。これには旧姓の母さんと『五十嵐終』、『五十嵐結愛』、そして『五十嵐一』と書かれていた。これも日付けは俺の誕生日だ。
「はじめ、もしかしてこれって…」
「いや、それ以上言わないでくれ霞。俺も今、結構混乱してる」
嫌な予感…というよりはおそらく、俺が今まで違和感を覚えていなかったことにとてつもなく違和感を覚えるようになった。写真だけでは確信を得ることはできないほどの小さな違和感。ただ、それは今の俺を動揺させるには十分すぎた。
「はじめ…」
「いっちゃん…」
不意に2人が俺の肩に手を置いた。心配そうにこちらを覗き込む2人。
そうだった。今は俺だけじゃない。2人なら何が事実でも大丈夫だと、そんな気がした。
「…すまん。ちょっと動揺してた」
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。そんな心配すんな霞。お前らがいるなら平気な気がする」
不安そうにこちらを見る2人の頭に俺はポンと手を置くと、自分の視線をまだ確認していない資料のほうへ向けた。
俺はその資料を拾うと、そっとそれを開いてみせた。
「…はじめ?」
「どうしたの?」
「…あ、あぁ…悪い。ちょっと衝撃的な内容だったから」
資料の内容…それは俺の先程まで感じていた違和感の正体を伝えるものだった。
中身は役所から持ち出したと思われる家系図。それも一家のものではなく五十嵐家のもの。その最後の1人を示す場所に、『一』と記入されていた。父親の名前は…
「五十嵐終…」
「え?」
ポツリと呟いた俺の声に霞はそんな声をこぼした。
ーーー
「…じゃあはじめはどう考えてるの?」
資料に一通り目を通した俺達は、連勤明けで寝ていた母さんを叩き起こすと、リビングテーブルを囲むようにあっ待っていた。簡易的な家族会議である(霞と春も参加してるけど)。
「俺は…五十嵐一って名前が本名で、実の父親は親父じゃなくて終って人なんじゃないかと。そうすれば俺が由良に『五十嵐』って呼ばれる理由にも納得がいくし、俺のこの右目の説明も納得がいく」
母さんの質問に、俺は淡々と、冷静にそう言った。まぁ冷静とは言っても装ってるだけだし、実際は手のひら汗だらけなんだけどね。
「半分正解で半分不正解」
「は?どゆこと?」
「はじめが終の息子なのは本当。肉親である私保証するよ」
「いや、別に母さんが母親じゃないなんて疑ってないけど…」
「まぁまぁ。でもはじめの本名は一一で合ってるよ。五十嵐じゃない」
「じゃあなんで由良は…」
「あの娘は生まれた時からの付き合いだし、自分だけが知ってる呼称だからそう呼んでるだけだと思うよ」
ね?と、霞と春に同意を求める母さん。2人はしばらく考えたのち、何やら納得した様子で頷いた。
「そもそもお父さんと私が結婚したのは15年前よ?明がお腹にくるちょっと前だからね?」
「たしかに…なんで俺は気づかなかったんだ…」
「ま、時期的に仕方ないけどね。まだ幼かったし」
母さんのその言葉に、俺はどこかに引っかかっていた違和感がそっとなくなった気がした。まぁ隣で一緒に聞いてる霞と春はどこか話に追いついていけてないのか頭を傾げているが。
「あの、義母さん」
「ん?どうしたの霞ちゃん?」
「その、なんで義父さ…じゃなくて、五十嵐終さんと結婚してないんですか?」
「あー…うん、それなんだけどね?」
霞のそんな質問に、母さんはどこか悲しそうな表情をすると、ひとり感傷に浸るように語り出した。
ーーー
「じゃあ叔母さんも父さんももういないってこと?」
「えぇ…お父さんは終に『一を頼む』って頼まれて…」
母さんの話によれば、五十嵐終は『呪われた五十嵐』と呼ばれた血筋らしく(この血を引く人はみんな碌な死に方をしなかったらしい)、母さんが俺を産んだ後に刺されて死んだらしい。当時高校生だった叔母の結愛さんは後追い自殺。父さんは母さん曰く天然ジゴロだったと。それで刺されたって何してんだ父さん…
で、父さんに俺のことを頼まれた親父は、ホモだったのを頑張って治して俺を育ててくれたらしい。…これで親父が母さんにあまり手を出してない理由がわかった気がする。てかホモだったのか親父…
色々と衝撃的な情報が入ってくる中、俺はふとあの夢で会った従姉妹を名乗る女性のことが頭に引っかかった。
「…なぁ母さん?」
「ん?」
「俺に従姉妹って…」
「いないよ?結愛ちゃんが誰かと付き合ってたとか聞いたこともなかったし、ずっと終にべったりだったからね」
母さんはそう言うと、夕食の支度をしに台所へと向かっていった。
叔母さんも亡くなったのは15年前らしいし、あれはやっぱりただの夢だったのだ。うん。
話についていけずにポカンとしている2人を前に、俺は心の中でそう結論づけることにした。