2年生に向けて
「じゃあ次の登校日は4月6日だからな。忘れるなよ」
渡部がそう言うと、学級委員の佐藤が号令をかけた。
3月下旬。三年生の卒業式が終わり、期末試験を無事終えた俺達は一年生としての最後の登校日を迎えていた。
まぁ今日やることといっても校長先生のありがたい(笑)話を聞いて大掃除をするだけなんだが。
特別教室掃除の担当になった俺は、同じく担当になった春と一緒に教室の雑巾掛けを行っていた。
「ねぇいっちゃん」
「ん?」
俺が雑巾を絞っていると、不意に春が背後から声をかけてきた。
「いっちゃんさ、2年生の文理選択ってどっちにしたの?」
「あー…一応理系だな。まぁ文系でもどっちでもいけるからあんま関係ないけど」
俺がそう言うと、春はあからさまにホッとした様子になるのが見えた。まぁ話の流れ的に春も理系だと考えるのが妥当か。
「あたしも理系なんだー!来年も同じクラスだといいね!」
「いや、そもそも理系は人数が少ないらしいからそこは心配する必要はないと思うぞ…」
「えっ…あ、そっか。あはは…」
目を泳がせながらそう笑う春を前に、俺は絞り終わった雑巾を広げてベランダにある手すりにかけてみせた。
これでよし、あとは日光が勝手に乾かしてくれるだろう。
「春、もう終わっていいと思うぞ?もう十分綺麗になったしこれ以上やる所ないだろ」
「…そう、だね…わかった」
春はどこか複雑そうな表情をすると、持っていた雑巾を絞ってそれを手すりにかけた。
どこか寂しそうな春に、もし自意識過剰じゃなければ春はこの時間が終わるのが嫌だったのではないだろうか?そう考えた俺は教室に戻ろうと廊下に出ようとしていた足を止めてそっと教室のドアを閉めた。
「…?いっちゃん?」
「ん?どした?」
「あ、いや…なんで閉めたのかなって思って…」
「あー…どうせ掃除終わる時間までまだあるし、少し春と話でもしようかと思って…ダメだったか?」
「…!い、いや!ダメじゃない!」
春はさっきまでの暗かった表情を一瞬にして明るくすると、ニヤける表情を隠しているのか必死に口元を押さえた。まぁあからさますぎて逆にわかりやすいんだけど。
よく考えたら俺、春とこうやって話をするのは2回目か。といっても前に話したのはファーストコンタクトだったからな…なんだかんだいつも霞が一緒だったから無理もない…のか?
俺達は今日にある椅子(もちろん掃除済み)を2つほど出すと、2人してそれに座り込んだ。
「それで、話って?」
俺が切り出すタイミングを見計らっていたのを察したのか、春は俺にそう問いかけてきた。
「いや、たいした話じゃないんだが…もし、さ、自分が今まで思ってきた事が全部嘘だったって分かったら春はどうする?」
「…?ちょっとごめん何言ってるのかわからないよ」
俺の言葉を聞いて笑う春。たしかに今のは俺の言い方が悪かったな。
「いや、なんかこう…言葉にしづらいというか…上手い表現が見つからなくて…」
「ふふっ…大丈夫だよいっちゃん」
春は楽しそうにそう言うと、不意に俺の肩に頭を乗せてきた。
「いっちゃん、さっきのってもしかしていっちゃんのことだったりする?」
「え?あ、あぁ…そうだけど」
「そう…あたしはね…」
「ん?」
「もしあたしがずっと思ってきた事が嘘だったとしても変わらない…かな?流石にいっちゃんがあたしのことどうでもいいとか嫌いとか思ってたっていうのが事実だったらショックだけど」
春はそう言うと、スッと俺の肩から頭をどかした。
「だからさ、あんまり気にしなくていいんじゃない?だっていっちゃんはいっちゃんだし。何があってもそれは変わらないもんね」
「…」
「あ、あはは…何言ってんだろあたし…」
春の出した回答はごくありきたりなもので…しかし、俺の頭の中にあるモヤモヤのようなものをかき消してくれた。
自虐するように乾いた笑いをみせる春に、俺は何かわからない安心感のようなものを感じると、つい衝動的に彼女を抱きしめていた。
「あ、あの…いっちゃん?」
「…」
「あはは…どうしてあたし今いっちゃんに抱きしめられてるの…?…あれ?えっ…?えっ?」
何してるんだろ俺…
俺は一旦冷静になると、全身の血の気が弾くのを感じた。そりゃそうだ。普段からデリカシーがないとか言われてる俺だがこの行動は流石にアウトだ…衝動的とはいえいきなり女性に抱きつくとか…
「ご、ごめん春。い、今離れるから!」
「嫌!」
「えっ…!?ちょ、春!?離してくれないと離れられないんだけど…」
俺が春から離れようとすると、いつのまにか背中にまわされていた春の腕がまるで離すまいとでも言うようにガッチリと俺をホールドしていた。
「…もうちょっと、もうちょっとこのままで…」
「…」
…どうしてこうなった?
俺はその身体から力を抜くと、春のされるがまましばらく抱かれ続けていた。
「いっちゃん…あたしはね、例えいっちゃんが何者でも嫌ったり離れたりはしないからね?」
「春…」
なんだか今まで考えていたことが馬鹿馬鹿しく感じてきた。
目の前にいる彼女は、俺が想像してる以上に強かった。そんな彼女が嫌ったり離れたりはしないと言ってくれているのだ。なら、俺も腹を括るべきだろう。
「ありがと春。お前のおかげでなんか吹っ切れたよ」
「そう…?あたし、何もしてない気がするけど…」
「そんなことはないさ。春が離れたりしないって言ってくれたからな」
俺がそう言うと、春は改めて自分の発言がどんなものだったのか理解したのか湯気が出るのではないかと思うくらい顔を真っ赤にした。
──キーン コーン カーン
と、不意に俺達を現実に戻すように掃除の終了を知らせるチャイムがなった。
俺達は慌ててお互いの身体を離すと、流れるような動作で干していた雑巾や使用した掃除用具をまとめて特別教室を後にした。
ーーー
「ねぇはじめ」
「ん?」
帰りの挨拶を終え、俺が改めてロッカーに物が残っていないか確認していると、不意に霞が俺の肩を叩いてきた。
「どうした?霞もロッカーの中ちゃんと確認しとけよ?もう次来るのはは2年だからな」
「あ、うん…じゃなくて!はじめ、掃除の時井上さんと何かあったの!?ねぇ!」
肩を掴んでガクンガクンと俺を揺らす霞。俺は確認し終えたロッカーを閉めると、霞の腕を掴んでそれを停止させた。
「やめい」
「あっ…」
「何があったのか知らんがいきなり身体を揺さぶるのはやめてくれ…ちょっと間違えばロッカーに頭ぶつけてたからな?」
「ぅ…ごめん」
萎縮する霞。俺は掴んでいる手を離すと小さく溜息をついた。
「…で?何かあったのか?」
「いや、そうじゃないんだけど…井上さんが掃除から帰ってきた時すごく嬉しそうな顔してたから、はじめと2人きりの掃除の時何かあったんじゃないかと思って…」
「…」
何もない、と言えば嘘である。でもまぁ霞に言えるような内容でもないしなぁ…セクハラ的な意味で。(割と今更だけど)
てか『嬉しそう』ってことは春は嫌がってはいなかったのか…?
「いや…2年の文理選択で2人とも理系だなって話をしたからかな?」
これが1番無難な答えなはず…だよな?嘘はついてないし。
霞はしばらく俺の顔をじっと目つめると、どこか納得したように頷いた。
「よかった…あ、そうそう。私も理系だから来年度もよろしくね?」
「お、おう…」
───かくして俺達の1年生としての生活は幕を閉じていった。
一途な愛を永遠に。
みなさんこんにちは赤槻春来です。
3月編、いかがでしょうか?
ようやくこれで折り返し点…完結まであと半分よろしくお願いします。
今回は前半後半どちらも一ちゃんが掃除してる場面ですね。どっちも掃除してるのに特に意図はなかったです。(偶然の一致)
前半では一ちゃんがついに秘密(?)の一端に触れ始めます。あの写真に写っていた人物は誰なのか…ッ!?
後半は井上春をメインにした回です。ヒロインが多くなってひとりひとりの出番を確保するのが大変…
さてさて、次回は2年生の4月編!一ちゃんの高2生活が始まって新キャラも登場したりしなかったり…お楽しみに!
感想や意見、アドバイスなどありましたら感想欄やツイッターのほうに書き込んでくれると幸いです。
またのんびりと更新していく予定なので気長に待っていただければ幸いです。
それでは皆さん、またどこかであいましょう。
バイバイ!