2/14という舞台
例の変な夢から1週間。世間では明日に迫るバレンタインというイベントで盛り上がっていた。
「…で、次はどうすればいいんですか?」
「丸めて棒状にするか、伸ばして型抜きするか、好きな方を選んでいいよ。俺は棒状にするけど」
「じゃあ型抜きにしよ〜」
そう言って生地を伸ばしはじめる椿ちゃん。俺は余った生地を棒状にすると、包丁でそれを輪切りにしていった。
事の端末は3日前。俺は例年通りバレンタインチョコを作ろうとしていたのだが、今年は椿ちゃんも一緒に作ると言うので予定していたマカロンを諦めクッキーを作ってた。なんだも今年は明と付き合って3年だそうだ。
まぁ俺としては椿ちゃんが今まで手作りチョコを作ったことがないことに驚きだったが。
俺はあらかじめ加熱しておいたオーブンを開けると、成形した生地をのせたトレーをオーブンへと突っ込んだ。
…あ、椿ちゃんのやつ生地余ってるわ…第二弾焼かないとダメかなぁ…
「ただいま…って何このいい匂い!?はじめ、何作ったの!?」
俺達は焼き上がったクッキーを冷ましていると、ちょうど帰ってきた亮が匂いに気付いたのか台所へと走ってきた。
「おかえり亮。とりあえず手洗ってこい。荒熱取れたら味見していいから」
「やったー!」
亮は嬉しそうに両手をあげると、風のように洗面所へと向かった。相変わらず我が弟は可愛い。うん。
俺は洗い終わった器具を片付けると、邪魔にならない場所にトレーをどかして夕食作りをはじめた。
今日はさわらが安く手に入ったし、冷蔵庫に大根の余りもあるからシンプルに塩焼きにしよう。うん。ポン酢もそろそろ終わりそうだし丁度いいか。
ーーー
2月14日。世間ではバレンタインデーと呼ばれ、日本では主に女性が好きな男性にチョコをあげるなんていうことが恒例のイベントになっている。
早乙女先輩曰く、本来は男性が女性に花などの贈り物をする日なんだとか。国によってはプロポーズとかにもなったりするらしい。
まぁ俺達はお菓子企業の策略にまんまとハマっているわけだ。楽しいからどうでもいいけど。
終礼を終えるチャイムが鳴り、日直が号令をかける。うちのクラスはこれといって今日一日中ソワソワしてる男子はいなかった。そう、吉田ただ1人を除いて。
「一!お前、今日なんの日か知ってるか?」
「…いきなりどうした仲村」
クラスの面子がぞろぞろと帰っていく中、席を立とうとした俺を瞬間に仲村は振り返ってそう言った。仲村の口からそのワードを聞くのが何故か気持ち悪く感じるが…まぁ気のせいだろ。
「どうもこうもないさ!なんだって今日はバレンタインだぜ?実はな、誰かは言わないけど女子からチョコを貰ったんだよ。チロルチョコなんだけど。俺はこれをどうすればいい?」
「いや、食べてやれよ。てかあれか、どうでもいいけど惚気を聞かされたのか俺は」
まぁチロルチョコって地点で十中八九義理チョコだ。ま、今朝隣のクラスでサッカー部の男子共がチョコ貰ったって叫んでたし、大方マネージャーかなんかから貰ったんだろう。
仲村はそう言うと、どこか複雑そうな表情をしていた。
「なんだ?嬉しくないのか?」
「いやいや、そんなことはないさ一。ただ、俺からすれば女子なんかにチョコも貰うよりも男子からの贈り物を期待いていたんだが…」
「男子の?なんでまた」
俺がそう聞き返すと、仲村はその質問を待ってましたと言わんばかりに勢いよく立ち上がると、向かいにある俺の机をバンと叩いた。
「知らないのか一?バレンタインに男性からする贈り物には告白やプロポーズなど色々な理由があるんだぜ?俺はそんな熱い思いの込められたものが欲しいんだよ!」
「お、おう…」
いや、それくらい一応知ってたけどさ。そんなに熱弁する必要はないだろ仲村…
「とにかく!俺は男からチョコが貰いたかったんだ!わかってくれたか一?」
「…仲村、一応確認なんだが…それを俺に言うってことは俺からチョコを貰いたいってことでいいのか…?」
俺が聞き返すと、仲村はその通りと言わんばかりに頷いてきた。
まぁなんとなくこんな気はしてたけどさ。一応吉田の分のチョコクッキーってことで何人分か多く持ってきてるんだが…まぁアイツは『今年はチョコたくさん貰うから我の分は作らなくても良いぞ!』って言ってたしな…一つくらいなら別にあげてもいいか。
俺は鞄の中からクッキーの入った袋を取り出すと、目を輝かせている仲村の坊主頭の上に置いてみせた。
なにこれめっちゃ保持力いいんだけど…
「これでいいか?」
「おお!さすが一!ホワイトデーのお返しは期待していてくれ!」
仲村は頭の上に袋を乗せたまま器用に帰りの支度をすると、そう言い放って教室を出ていった。
…『お返し』という言葉に何故か寒気がしたが、まぁ気のせいだろう。うん。
俺が周囲を見渡すと、他の生徒はすでに部活などに行ったのか目に見えて落ち込んでいる吉田以外誰もいなくなっていた。
「吉田。部活行くぞ」
俺が声をかけると、吉田は一瞬ピクッと反応するもすぐさま元の体制に戻った。
「吉田?」
「…我のことはほっといてくれ。どうせ今年もまた一個も貰えないんだ…」
おーい、素が出てるぞ吉田。
あのポジティブシンキングの吉田がここまで落ち込んでいるのも珍しい。一年前も同じようなことがあったが、あの時はまだ空元気出せるくらいは余裕あったぞ…
俺はそんな吉田見て、小さく溜息を吐くと鞄の中からクッキーの入った袋を一つ取り出した。
「これやるから元気出せ」
「…?はじめ、これは一体…?」
「見てわかんないのか?チョコクッキーだよチョコクッキー。これで一個も貰えないなんてこともないだろ?」
俺がそう言うと、吉田はしばらく間を開けて首を横に振った。
「違うぞはじめ。はじめは男だし、我は義理でもいいから女子からチョコレートが欲しいのだ」
「…」
女子から、ねぇ…俺は毎年最低でも由良から貰うし(親経由ではあったが)それのせいでこれといった特別感とかはないんだが…
「まぁそのクッキー、椿ちゃんも一緒に作ったんだけどな」
「えっ?は?一よ!それを先に言ってくれよ!」
すまん吉田…俺は一緒に作ったとしか言ってないからな。最初から最後まで椿ちゃんが作ったやつは全部明の元だ。まぁ余った生地とかで作ったやつなら紛れ込んでは居ると思うが…そこに入ってるのはほぼ100%俺ひとりで作ったやつだ。
そんなことも知らずに、吉田は先程とは打って変わったテンションで椅子から立ち上がると、鼻唄混じりに荷物をまとめはじめた。
…椿ちゃんには悪いが吉田がかわいそうだし黙っといやるか。
俺達が部室に着くと、何やら揉めているのか中からガタガタと音が聞こえてきた。
俺と吉田はお互いの顔を見合わせると、小さく頷いてからノブに手をかけた。
「私の方が喜んでくれるに決まってるよ!」
「な…!あたしに決まってるじゃん!」
「あ、あの…2人共…そろそろやめたほうが…」
『先輩は黙ってて!』
「はいぃ…」
開けた扉の向こうには何故かいがみ合っている霞と春、それと2人を前に萎縮している雪先輩の姿があった。…なにこれカオス。
とりあえず俺は状況を把握しようと幸い扉付近にいた雪先輩に話しかけることにした。
「先輩…雪先輩」
「…ん?…ん!?な、なに一君?」
「これって一体何で争ってるんです?」
俺がそう聞くと、雪先輩は一瞬視線を2人の方に戻したのち、俺に耳打ちをした。
「…どっちのチョコを貰った時に一君が喜んでくれるかって争ってます…」
「…は?なんだそれ…」
いやマジでなんの争いだよ…
「俺、チョコとか貰ったら普通に喜ぶと思うけどな…どっちがいいとか誰からだとか関係無しに」
俺がボソりとそう呟くと、聞こえていたのか雪先輩はピクッと反応すると目を輝かせながらこちらを見てきた。
「一君。で、では…私のチョコも貰ってくれますか?お菓子作りは初めてなので味は保証できませんが…」
雪先輩はそう言うと、何やら可愛くラッピングされた袋を空いていた俺の右手に持たせてみせた。
「え?これ貰っていいんですか?」
「はい…不恰好ですが…」
「ありがとう先輩!あ、これ、俺からの贈り物です。どうぞ」
雪先輩は鞄から取り出したクッキーの袋を見ると、顔を真っ赤にしたままピタリと動きを止めてしまった。
「あの、先輩?もしかしてアレルギーか何か…」
「あ、いえ、そんなことはありません!あ、ありがとうございますぅ!」
雪先輩は早口でそう捲し立てると、ひったくるように袋を奪って部室から飛び出した。
「あ、いっちゃん!」
「えっ!?は、はじめ!?いつからここに…」
雪先輩が出ていったのに気付いたのか、俺の存在を認識した霞と春は慌てふためきながら争いをやめた。
「おう。お前らがなんか言い合ってるところから見てたけど…」
「じゃあ丁度いいじゃん!いっちゃん、早速なんだけどこれあげる!」
「えっ、あ、うん。ありがと春」
春は俺の言葉が終わるなり無駄に高いテンションでそう言うと、流れるような動作で鞄に入っていた袋を先輩から貰った袋を持っている俺の右手の上に乗せた。
「義理じゃないからね!」
「おう!…えっ?」
春が何か言ったので俺は反射的にそう返すも、俺はしばらく間を開けてからその言葉に耳を疑った。
…春のやつ、今義理じゃないって言ったか?…いや、きっとこれは義理でもなんでもないってことなんだろう。うん。俗に言う友チョコというやつだ。きっとそう…なはず。
「はじめ?おーい、はじめぇ?」
「…っは!?な、なんだ霞」
我ながら頭の中お花畑かよ…自意識過剰か。
俺は顔を覗き込んできている霞の声に現実に戻されると、邪念を払うように首を横に振った。
「ど、どうしたの?急に頭なんか振って…」
「い、いや、なんでもない。うん」
「そう?…ならいいんだけど。はいこれ、バレンタインチョコ」
「えっ…あ、ありがとう」
俺は左手に持っていた荷物を下ろすと、空いた左手で綺麗にラッピングされたその袋を受け取った。
「なぁ!我の分は!?我の分は!?」
「は?」
「なに言ってんの吉田君…いっちゃん以外にあげるチョコなんてあるわけないじゃん」
後ろからその様子を見ていた吉田が主張するも、2人はまるでゴミでも見るかのような目でそう言い放った。
「…はじめ。我、もう帰っていい?」
「あ、うん…じゃあまた明日…」
「また明日…」
ど、ドンマイ吉田…
吉田は暗い表情でそう言うと、とぼとぼと帰っていった…
いや、たしかにこれは俺が吉田の立場だったら同じ反応するわ。うん。
寂しげに映る吉田の背中を前に、俺は29日の吉田の誕生日にはこんなこと思い出させないほど楽しいパーティーをやってやろうと心に誓った。
…それで、だ。
「2人共、今のは言い過ぎじゃないか?せめてもっと言い方とかさ、あんな吉田見てらんないよ」
「ごめん。つい反射的に…」
「あたしもついいつもの癖で…」
…吉田のやつ、いつもどんな扱いされてんだよ…いや、案外俺も似たようなものなのかもしれないけどさ。
俺はそう言って小さくなっている2人を前に小さく溜息を吐くと、持っている3つの袋を鞄にしまった。
「ま、俺に謝ることじゃないしな。明日にでも謝っとけ。あとこれ、俺からのバレンタインチョコね」
俺は2人にクッキーの袋を渡すと、俯いている2人の頭の上に反射的に手をポンと乗せた。いや、落ち込んでる亮達にはいつもやってるしな。特に他意はない。…って誰にツッコんでんだ俺…
「吉田も明日にはケロッとしてるだろ。…まぁ吉田本人より響ちゃんにしばかれそうだけど。一応義理でもいいからチョコか何か渡しといてやれ。アイツ、きっと喜ぶと思うぞ」
俺の発言に2人は怪訝な顔をすると、少し間を開けてから頷いた。(翌日2人は吉田にチロルチョコを1個ずつ渡したらしい)
ーーー
「義兄さん義兄さん」
「ん?どした?」
俺が夕食の支度をしていると、不意に椿ちゃんが声をかけてきた。
「あの義兄さんの部屋にある大きな箱ってなんですか…?なんかさっきからガタガタ言ってて怖いんですけど…」
「あー…あの箱ね。きっと母さんが知ってると思うよ。…俺もなんとなく予想はついてるけど」
「そうですか?」
「うん」
俺の部屋に置いてあったあの人が1人すっぽり入るサイズの箱に関して、俺も朝には無かったということしか知らない。まぁ俺が帰った時はまだ珍しく休みの母さんしか家にいなかったからな。…逆に言えば母さんは全部知ってるってことになる。
「あ、そうそう。明は何してんの?亮がゲームしてんのはこっから見えんだけど…」
「手錠」
「あ、オッケー。じゃあご飯できたから呼んできて、母さんと一緒に。今日は明のリクエストで唐揚げにしたから」
俺がそう言うと、椿ちゃんは風のように台所を出ていった。
明のやつ…また手錠つけられてんのか。大方理由はクラスの女子が配ってた義理チョコを貰ったといった感じかな。
俺は盛り付け終わった7人分の皿をテーブルの上に並べると、エプロンを脱いで自室へと向かった。
「…さて、いい加減に出てこいよっ!」
俺は部屋にある箱の蓋を勢いよく開けると、中から裸にリボンという過激な姿をした由良が勢いよく俺に飛びついてきた。
「五十嵐!ハッピーバレンタイン!プレゼントは…わ・た・し♡」
うん。予想通りだったわ。
俺は耳元でそう言う由良の頭に軽くチョップを入れると、色々と当たっているその身体を引き剥がした。
「由良…」
「ん?どうしたの五十嵐?」
キョトンとする由良。俺はスゥ…ッと息を吸うと、これでもかというくらいに大声をあげた。
「お前はまず服くらい着ろォォォォ!」
一途な愛を永遠に。
みなさんこんにちは。赤槻春来です。
2月編、いかがでしょうか?
今年は世の中がこんな状態なので私もチョコを渡したりとかできないんですが…来年にはできるようになるといいですね。
前半の夢には本編よりユイ姉が登場!これがこの先、一にどんな影響を与えていくか…
バレンタイン編では、例の如くチョコを貰えない吉田快兎。我ながらみんなからの扱いがひどい(笑)。そして明と椿ちゃんの手錠のくだり…
尚、本編ではあまり触れなかったけど吉田快兎の誕生日は2月29日です。(4年に1回しか誕生日が来ない)
さてさて次回は3月編!高1といった大きな括りももう終わりを告げはじめ…さらには『あるもの』を見つけてしまった一は…お楽しみに!
感想や意見、アドバイスなどありましたら感想欄やツイッターのほうに書き込んでくれると幸いです。
またのんびりと更新していく予定なので気長に待っていただければ幸いです。
それでは皆さん、またどこかであいましょう。
バイバイ!