夢…?
「…ん?ここは一体…」
気づけば俺はどこまでも続くような広大な草原のど真ん中に立っていた。
どうしてこんなところにいるのか…もちろん思い出せるわけもなく、こんな非現実的なことはそもそも夢以外にはあり得ない。ただ、俺の身体は自由に動かせるからこれが明晰夢というやつだろう。
こうなった以上、現実の俺が起きるのを気長に待つのがいい。
俺はしばらくの間ぼーっとしながら自由に動く両手を握ったり開いたりを繰り返していると、不意にこの空間に別の気配を感じた。
『やぁ』
その気配の正体は俺に近づくと、寝そべっている俺の顔を覗き込んできた。
俺の右目と同じ赤い瞳に赤みがかった長い茶髪…初対面でありながらどこか懐かしさのようなものを覚える女だった。まぁ俺の夢だしそんな感覚自体は割と普通に起こりうるとは思うが。
「…誰だ。お前」
自分の夢であるとわかっていても、その言葉はついたように口から出た。女はそんな俺を見てクスっと笑うと、俺の隣にゆっくりと腰を落とした。
『ふふっ…私はユイ。いや、こっちの世界では五十嵐結衣かな。ま、あなたの従姉妹だよ』
は…?従姉妹?何言ってんだこの女…親父も母さんも一人っ子だぞ…
『ま、いきなり夢の中に現れたわけだしね。驚くのもわかるさ。…でも、今から私が言うことだけは忘れないでね』
ユイと名乗った女はそう言うと、どこか真剣な様子でこちらを見つめてきた。
俺は思わず上半身を起こすと、それに応えるように見つめ返した。
『12年後、私は姪を連れて貴方の元を訪れる。それで、貴方に姪を預かって欲しいの。私の弟と、早乙女幸助の為に』
「…は?」
12年後?姪?早乙女先輩?一体どういう事だ…?
『それじゃあまた、未来で会いましょう』
「あ、おい!まだ俺は何も分かってねぇ!」
そんな俺の声は届かず、女がニコッと笑うと俺達の立っていた空間はまるで光に包まれるように消えていった。
ーーー
「…じめ!はじめ!起きて!特売セール終わっちゃうよ!」
「…ん…ん?特売!?」
俺が目を開けると、こちらを覗き込む霞の姿がいきなり目に飛び込んできた。
「もう…一体どんな夢見てたのはじめ?すごくニヤけてたけど…」
「は?マジで?」
俺、そんな顔してたのか…いや、確かにあの女の人はデカかったけども。うん。霞も負けないくらいあるしなぁ…
「いっちゃん、さっきからどこ見てんの?」
不意に聞こえたその声に、俺は思わず身体をビクッと振るわせると、慌てて身体を起こした。
「は、春…?あの、コレはだな…」
「やっぱりおっきな方が良いの?あたしみたいなのじゃだめなの…?」
「あ、いや…別に嫌ってわけじゃ…って!何言わせんだよ!」
いや、自爆したのは俺なんだけども。
俺が叫ぶようにそう言うと、春は何が嬉しかったのか身体をくねらせていた。…これは、正解ってことでいいんだよな…?
俺は寝転がっていたソファーから降りると、既に2人が帰りの支度をしていてくれたらしく荷物はまとまっていた。
「よし、早く店に行かなきゃ!鍵は…後で吉田に渡しとけばいいか」
「うん、早く行こう?義母さんには伝えたけど今日は私達も泊まるから。荷物は任せて!」
霞にそんな声を聞き、俺が部室を出ようと扉を開けると、丁度今来たのか響ちゃんが部室の前に立っていた。
「あ、響ちゃん…あの、悪いんだけど鍵お願いしていい?俺ら先に帰んないといけないから…」
「鍵ですか?それくらいお安い御用です。その代わり、この部室で兄さんのことを好きにしても良いってことですよね…?」
「あ、うん。ちゃんと戸締りしてくれればね」
「任されました!」
そう言って満遍の笑みを浮かべる響ちゃん。
嗚呼…哀れな吉田。お前のことは忘れないぜ。
俺達は部室を響ちゃんに任せると、早足で学校を後にした。