他校の文化祭
「いやぁ…助かったよ若林。おかげで今日特売の肉がいっぱい手に入ったよ」
「いいよべつに、いつものことじゃない。それよりさ、今日は何にするつもりなの?」
「うーん…亮から焼肉がいいって言われてるからそっち用の買ってきたんだけど…若林は他に何か食べたいものとかあんの?」
俺はそう言うと、持っていた食材を自転車カゴに乗せた。
若林はいつものようにその荷物の一部を持つと、自転車を押している俺の横に並んだ。
「いや、特にないかな…はじめの料理はみんな美味しいからね!なんでもいいよ」
「なんでもって…その回答が1番困るんだが…」
俺達がくだらない話をしながら歩いていると、いつのまにか家の前まで着いてしまった。
俺は自転車を止め、カゴから食材を取り出して若林と共に玄関まで向かった。
若林は俺から荷物をかっさらうと、「先に置いとくね」と言ってさっさと中に入ってしまった。まぁいつものことなんだけど。
「ん?なんだこれ…」
俺は玄関に入る前、いつものように郵便物を確認していると、ふと、ポストに入っていた俺宛ての封筒に、俺は妙な違和感を覚えた。
「差出人が書いてない…まぁ後で確認すれば良いか」
俺は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、封筒をしまって家の中へと入った。
翌朝。6人分の弁当を作り終えた俺は、珍しく空いた時間で昨日の封筒を開けた。
封筒の中には、『今週末にうちの高校で文化祭があるから来て!』と書かれた1枚の手紙と、『鈴木由良』と記名された近所では有名な女子高の文化祭への招待状が1枚入っていた。
封筒に名義が無かったのはこういうことか…鈴木のやつ直接ポストに投函してきたらしい。
「今週末か…日曜なら大丈夫かな?」
俺はカレンダーに印を付けると、未だに寝ている若林を起こしにいった。
ーーー
あっという間に1週間は終わりを告げ、日曜日になっていた。
明と椿ちゃんは今日デートでいないらしいし、亮は親父とじいちゃん家にいる。俺は仕事明けで疲れ果てている母さんに軽い朝食を作ると、幾らかの荷物を持って鈴木の在学する女子高へと向かっていた。
まぁ男1人で女子高に行くのは気恥ずかしい気もするが、誘われた手前行かない方が失礼だろう。
「ここか…」
女子高に着くと、正門前に華やかに飾り付けられた文化祭のゲートがそびえていた。まぁ、うちの高校とはまるで違う規模なんだけど。
俺はゲートを潜り、招待状を見せて受付を済ませると、いよいよその中へと入っていった。
ここは完全招待制らしく、辺りには保護者を除いて他校の生徒らしき姿は見当たらなかった。あと、ついでに男も。
…これは無闇に声を出さない方がいいかもしれないな。幸い俺の見た目はアイツらに最初女子と間違えられるくらいだし、この髪型(三つ編み)だからなんとかなるだろう。うん、なんか自分で考えて悲しくなってきた…
俺がそんなことを考えながらベンチに座っていると、不意に、背後からポンポンと肩を叩かれた。
「五十嵐、おはよ。来てくれたんだね」
「おう、おはよ。まぁ招待状貰っといてこないのは酷いかなと思ってね…てかお前今日は眼鏡かけてないのな」
「私はいつもはかけてないよ。かけるのは外に出る時と登下校の時だけ」
「いや、ほとんどじゃねぇか!」
「ふふっ…前にストーカーみたいな人がいたからね。あの時も五十嵐に助けてもらったけど。それより今日のことってあの害虫共には伝えたの?」
「メスどもって…いや、若林達には伝えてないよ。カレンダーに書き込んだし伝える必要もないかなって思って」
そんな俺の言葉に、鈴木はふーんと意味ありげな声を漏らすと、俺の腕を掴んで立ち上がるよう促した。
「五十嵐!今日は私と一緒に回ろ!そのためにシフトも全部外してもらったから」
「いや、シフト外すって…仕事はちゃんとしろよ…」
そんな言葉に耳を向けず、鈴木は俺の腕を組むと、嬉しそうに笑ってみせた。
…コイツほんと可愛いなもう。幼馴染じゃなかったら告白して振られてるなきっと…
眼鏡をしていない鈴木は、前に会った時のような暗い見た目とは程遠く、すごく美人で可愛い。まぁ中学時代その容態のせいで勘違い男とかストーカー被害にあったりはしたらしいんだけども。(母さんがそう言ってた)
俺がそんなことを考えていると、鈴木は何か思い付いたのか徐にに持っていたスマホを取り出した。
「五十嵐、こっち向いて!ハイ、ピース」
俺は反射的にピースをすると、鈴木は俺にくっついてパシャリとシャッターを切った。
「んふふ…五十嵐とのツーショット写真〜」
鈴木は嬉しそうにスマホを弄ると、再び俺の腕を組んできた。
「さ、一緒に回ろ!」
「お、おう…」
この体勢は少し気恥ずかしいが…まぁ鈴木が楽しそうだしいいか。
俺達2人は屋台(?)をいくつか回り、その手にフランクフルトやら綿飴やら食べ物を抱えていると、不意にポケットに入っていた俺のスマホが振動した。
俺の両手は塞がっていたので、鈴木にとってもらうことにした。
「…あの、鈴木。ちょっと俺のズボンの右ポケットからスマホとってくれない?」
「…!わかった。ちょっと動かないでね」
鈴木は器用に俺の身体に触れないようにスマホをとると、映し出された画面を見るなりノータイムでそれを切った。
「あ、おい!なんで切るんだよ!?」
「いやぁ…非通知からだったからつい」
「あ、なんだ非通知か…母さんからかと思ったから、なんかごめん」
「いやいや、気にしないでいいよ。あ、ちょっとコレ貸して?」
「いや、別にいいけど…」
鈴木はそれを聞くと、楽しそうに何やら弄り始めた。
まぁロックはかかってるしなんか調べものでもしてんのか?
「はい、ありがと五十嵐」
「なんか調べものか?自分の使えばよかったのに…」
「あはは。たしかにそうだね」
俺はスマホをポケットに入れてもらうと、再び2人で校舎内を回り始めた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるというが、今日はまさしくそうであった。まぁいつも楽しくない訳じゃないんだけど。
俺は終始鈴木に連れられる感じで回っていたが、ここを男1人で回るよりは断然気が楽だった。回ってる最中は鈴木の友人達から冷やかされたりはしたのだが。
「…そろそろ文化祭も終わりだね」
「あぁ…」
俺達は一通り回り終えたあと、最初に合流したベンチに腰掛けていた。
「…ねぇ五十嵐、なんで私がいつまでもこの名前で呼んでるか知ってる?」
「え?」
しばらくの沈黙の後、不意に発した鈴木の一言に、俺は思わずそんな反応をしてしまった。
「五十嵐はさ、私と2つの時からずっと一緒だったじゃん。それで、学校は一緒じゃなかったけど私が何か困った時は絶対助けてくれたよね」
「…あ、あぁ…そういえばそうだったな。でも、それと五十嵐って呼び方になんの関係があるんだ?小さい頃は普通に『はじめ』って呼んでくれてたのに」
俺がそう言うと、鈴木はやっぱりかとでも言うような表情をした。
「まぁ理由としては『私しか知らない貴方』って感じかな。さっきの反応を見る限り知らないみたいだし」
「俺のことなのに俺が知らないこと?どういうことだ?」
「いや、そのまんまだよ。今はもう私と義母さんと、義父さんくらいしか知らないこと。いつかは五十嵐も知ることになりそうだけど」
鈴木は沈みかけた太陽に照らされながらそう言うと、再び笑顔になってこちらを向いた。
「五十嵐はすぐ人を口説くから…くれぐれも殺されたりしないでね。あと2年待っててくれたら迎えに行くから」
「おい、その言い方はなんか誤解を生みそうだぞ…ってか俺は口説いてねぇ!」
「ふふっ…五十嵐らしいね。でも、私は本気だから。覚悟してね」
鈴木は何か意味ありげにそう言うと、ニッコリと笑った。
こういうこと言うから誤解されてストーカーとかに合うんだろうな…
俺がそんなことを考えていると、文化祭終了が近づいてきたのか残り10分と放送が流れ始めた。
「あ…もうこんな時間か…」
「今日は楽しかったよ鈴木。誘ってくれてありがとな」
「…久々に2人だったのに最後まで『鈴木』呼びは酷いよ。私には名前で呼ぶように言っておいてさ」
「いや、その…五十嵐はそもそも俺の名前じゃないし…それとこれとは別かなぁ…なんt…」
「はじめ、いい加減乙女心ってのを理解してよ。まぁ完璧に理解されても困るんだけど…これでいい?私ははじめって呼んだよ?」
「う…わかったよ。呼べばいいんだろう?由良」
「うん!これからはまたちゃんと由良って呼んでね!私は、また五十嵐って呼ぶと思うけど」
「おい、せめて一にしてくれよ…別にいいけどさ、なんで五十嵐なんだよ…」
「絶対に一なんて呼んであげないんだから!五十嵐は五十嵐。これは今も昔も変わらない、ね?」
そうやってウインクしてくる由良に、俺は思わず苦笑すると、ベンチを立ち上がって帰る支度をした。
俺達はそのまま正門を出ると、不意に由良はその足を止めた。
「五十嵐…いや、はじめ!さっきの私が五十嵐って呼ぶ理由ね。少しだけヒントあげる」
「ヒント?」
「うん、ヒント。五十嵐のその赤い右目、病気とかじゃないからわざわざ日の光から避けなくて大丈夫だよ。それと、背中が白いのもその長い髪のせいだから」
「…は?いや、それのどこが呼び方に対するヒントなの?ってか病気じゃないってなんで…」
「はい、ヒントはここまで。詳しいことは義母さん達が多分知ってると思うけど…どんな理由であれ私は五十嵐の味方だからね!」
由良は俺の唇に指を当てながらそう言うと、「バイバイ」と機嫌よく手を振って校内に戻っていった。
…由良のやつ右目はともかくなんで背中のこと知ってんの?
俺は文化祭の終わりを告げるチャイムの音を聞くと、家に向かって歩き出した。
「あ、その前に夕飯の具材買っていかないと」
ーーー
「ただい…ま!?」
食材を買い終え、家に着いた俺が玄関を開けると、泣きはらしたのか顔を真っ赤にした若林が虚な目でちょこんと体育座りをしていた。ってか心なしかやつれてる気がするけど。
俺はとりあえず荷物を置くと、その顔を覗き込んだ。
「わ、若林…?おーい…」
「…は、はじめ…?」
若林がその瞳で俺を捕らえると、ゆっくりとそこに光が戻った。
「おう、ただいま。どうしたんだ一体?」
俺がそう言うと、若林はいきなり俺に飛びついてきた。
勢いが余ったのか、俺は押し倒されるように倒れると、若林の口が俺の口に直撃した。
どうやら歯が当たったみたいで口の中に血が縮んでいるのがわかる。痛い…
「はじめぇ…」
「若林、とりあえず落ち着こ、な?」
こんな状態でも若林の柔らかい身体に反応しそうになるが、俺はゆっくりと若林を起こして立ち上がった。
いや、こうなるのは仕方ないよね?だって俺、高校生男子だもん…まぁ鋼の理性(笑)で抑えたけど。(決してへたれというわけではない)
しばらくすると、落ち着いたのか泣き止んだ若林をソファーに座らせると俺は隣に座った。
「もう大丈夫か?」
「うん…」
そう言って俯く若林は、どこか悲しむような怒るような雰囲気を放っていた。
「一体何があったんだ?俺は今日外出してたんだけど…家に来るなら連絡の一本くらいくれればいいのに」
俺がそう言うと、若林はパクリと眉を動かした。
…あれ?もしかして俺、またなんかまずいこと言ったっぽい?
「はじめぇ?なんで私を着信拒否にしておいてそんなこと言うの?ねぇ!誰?今日デートしてたんでしょ?送ってきたあの写真の汚物は誰なの!?ねぇ!」
「えっ…着信拒否?デート?一体何g…」
若林の言葉に、俺は一瞬理解出来ずに言い返そうとしたが…よく思い返したら心当たりがあるぞ…デート?だったのか?あれは。
「えっと…若林?ちょっと落ち着いて話を聞いてくれ…」
「何?はじめはその汚物を庇うっていうの!?私が知らないような汚物の何がいいの!?ねぇ!」
「いや、庇うって…別にそんなつもりじゃn…」
「とぼけないでよ!あんな美人とのツーショット写真まで送りつけて!」
「…ん?ツーショット?」
たしかに由良とのツーショット写真はとったけど…それを送りつけた覚えなんてないし…さらに言えば俺は今日、一切スマホを立ち上げてない。つまり…
「はじめは私のものなのに…私のもの…ワタシノナノニ…ワt…」
「若林、一旦落ち着け。ちゃんと説明するから」
何やらブツブツ言い始めた若林を、俺は亮達を落ち着かせた時のように抱きしめると、その頭をポンポンと叩いた。
俺は自分のスマホを取り出すと、その電源を入れた。
まぁ案の定というか…若林の連絡先が綺麗にブロック、削除されていた。まぁ犯人になりそうな人は1人しか該当しないんだが。
「若林。ちょっとスマホを貸してくれないか?」
「うん…」
俺は若林からスマホを受け取ると、その連絡先一覧を確認した。
「はじめぇ…なんでデートなんて…やっぱり美人だから?ねぇ…」
「落ち着けって言っただろ?それにお前も十分美人だよ」
「び、美人!?」
「あぁ…」
若林のスマホには確かに俺から『今日はデート』だの『もうお前に興味ない』『さようなら』だのまるで付き合ってた男が浮気しながら別れを告げるようなラインが送られていた。おまけに俺と由良のツーショット写真とブロックまでされてるし。
由良ぁ…なんてことしてくれたんだ…
「あのな、言っておくが俺は別にお前のこと興味ないなんて思ってないしさようならなんて微塵も考えてないから。まぁデートかって言われると微妙なんだけどさ」
「…どういうこと?」
若林はようやく顔を上げると上目遣いでこちらを見た。
「由r…鈴木に文化祭来るよう誘われたんだよ。招待状くれたから行ったんだが、それで校内を一緒に回ってたってだけ」
「…ほんとに?」
「そうだよ。カレンダーにもそう書いてたはずなんだけど…ってかこんなことで嘘つく必要は無いしね」
嘘をつくのは心のどこかでやましい気持ちがあったってことだしね。別にやましいことが何もないなら堂々としていればいい。いつか早乙女先輩がそう言っていた。
「…わかった」
「よかった。わかってくれたか…」
「でも、さっき『由良』って言いかけたよね?」
「えっと、それは…うん。たしかに言いかけたわ」
「正直、あの勘違い地味眼鏡があの美人なんて信じられないんだけど…」
「いや、本人で合ってるよ。眼鏡かけてたのはトラブルに巻き込まれないためだし」
ついでに言えば勧めたのは俺だったりする。
「そう…じゃあはじめ、これからは私のことも『霞』って名前で呼んで」
「え、なんでだよ?」
「何?あの汚物には名前で呼ぶくせに私には呼べないってこと?」
「いや、そんなわけじゃ…」
「じゃあこれからは名前で呼んでね?」
「ハイ…」
なんでかはわからんが今の若林に逆らったらダメな気がして…俺が静かに肯定すると、若林は満足そうに頷いた。
「わk…」
「ん?」
「霞、あの、俺これから夕飯作りたいんだけど…離してくれない?」
俺がそう言うと、若林…霞はあからさまに不満気な表情をすると、渋々といった様子で俺から離れた。
俺は立ち上がると、いつものように夕飯の支度を始めた。
…いつか、俺は由良の言っていたあの言葉の意味を知ることになるのだろうか。
一途な愛を永遠に。
皆さんこんにちは、赤槻春来です。
10月編、いかがでしょうか?はじめちゃんの秘密ってなんなんだろうね。
いや、修羅場にするつもりはなかったんです。でも、書いてたら楽しくなってしまって…はい、私、修羅場とかドロドロしたの大好きなんです。ごめんなさい。
前半の新入部員編ですが、まさかの吉田快兎の妹(義理)が登場!ハブられ気味の吉田にも遂に春が…!
後半は幼馴染の由良との文化祭(という建前のデート)でした!鈴木由良、策士だ…(だいたい私のせい)
次回は11月編!亮と椿ちゃんの誕生日があったり…井上春のと仲が縮まったり…そんな予定です!
本編であるバトエンも是非見に来てくださいね!
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またのんびりと更新していく予定なので気長に待っていただければ幸いです。
それでは皆さん、またどこかであいましょう。
ちゃお〜!