第1章 横浜来訪者失踪事件 第6話
「臓器売買?」
「えぇ」
マフィア本部結城の執務室。
ドストエフスキーは書類を片手に結城に報告をしていた。
「最近になって急に増えたみたいですね」
「裏市場での臓器密売は、特に珍しいことではないよね。それが態々報告に上がってくるということは、バランスが崩れたのかい?」
「流石ですね。マフィアのシマで一気に流出したおかげで、混乱が生じているようです」
「成る程ねぇ。だからそれをどうにかしろと云うわけだ」
「えぇ、そういうことですね」
酷く面倒くさそうな顔をして、結城はドストエフスキーから書類を受け取った。
そしてそれに軽く目を通していると、結城は何かに気がついたような反応をした。
「零くん。如何かしたのですか?」
「否、ねぇドストエフスキー。君は最近横浜で起きている『横浜来訪者失踪事件』を知っているかい?」
「確か、単身で横浜を来訪した者が失踪しているという…」
「そう。恐らく、この臓器密売と関係があるね」
「失踪者はみな、売られているということですか」
「そういうことだね。…なら、先ずはそっちから中ってみようかな。密売人を捜すより、雇われ運搬者を捜す方が早い」
結城は立ち上がり、外套を羽織った。
「ちょっと出てくるよ」
「一人で?ぼくも一緒に」
「否、ドストエフスキーには情報収集を頼みたいかな。君の情報を私は信頼しているのだよ」
「そ、そうですか」
「うん。私は気になっているところがあるから其処に行くよ。大丈夫。何かあったら必ず連絡するから」
そう云って、結城はドストエフスキーを残して出ていった。
「……、しまった。一人で行かせてしまった。あれは反則です」
ドストエフスキーはそう呟き、端末を取り出した。
「もしもし、蒼夜?実は…」
****
「…此処だね」
結城が来たのは、とある廃病院。
元々結城は、失踪事件に目をつけていた。
今のところ失踪者は十四人。
短期間でこの人数は異常だ。
結城は何れマフィアもこの事件に関与することになるだろうと考えていた。
そしてそれは中っていた。
「…タクシーの運転手が失踪直前の二人を目撃しているが、それ以外に目撃情報もなく監視カメラにも誘拐される映像はない」
これは、可笑しいと結城は思った。
監視カメラに映っていないこと、ではなく、タクシーの運転手がだ。
たった二人なら、偶然で片付けられる。
が、違和感があった。
だから結城は、徹底的にこの運転手を調べていた。
すると、頻繁に此処の廃病院に訪れていることが分かったのだ。
「恐らく、だけど。運搬者はタクシーの運転手だ」
なら其方はとりあえず、置いておいていい。
マフィアにとって重要なのは、首謀者だ。
先ずは此の廃病院を調べようと結城は此処に来たのだ。
運転手を問い詰めるのは、その後でいい。
「却説、行きますか。」
結城は廃病院に足を踏み入れた。
「う~ん。雰囲気あるね~」
廃病院だから当然なのだが、其処は廃れている。
病院は人を救ける施設であるが、その実監禁に向いている施設でもある。
どの扉にも鍵がついていて、厳重だからだ。
だから結城は此処だと踏んだ。
「まぁこんな鍵、私にとってはないようなものなのだけれどね」
呟きながら、結城は周囲に注意を配りながら奥へと進んでいく。
もし、結城の考えが正しく此処に失踪者が集められているとしたら、場所は恐らく、地下。
霊安室だ。
「却説却説却~説、何処かなぁ?………ん?あれは…」
結城は前方に、誰かが居るのを発見した。
気配を消して、そっと近づいてみる。
どうやら失踪者でも密売人でもないようだ。
となると結城と同じように此処を調べに来たということだろう。
なら、怪しまれない為にも一緒に行動した方が得策かと思い、結城は声をかけた。
「やぁ」
*
武装探偵社の社員である桜庭は、廃病院に来ていた。
先日探偵社に或る依頼が来たためである。
内容は、夜毎繰り返される音と光の正体を解明することである。
特に何てことない依頼内容であるが、桜庭には問題があった。
(何故。何故この様な深夜に調査を行って了ったのか)
桜庭は、本人は断じて認めないが、幽霊等の類いが苦手である。
(怖くない。俺は震えてなどいないぞ。泣いてもいない。…くそっ、何故一人で来てしまったんだ)
今更嘆いたところで状況は変わらないのだが。
(灯りに頼りたい。が、もし誰か居た場合逃げられる恐れが…)
暗闇が何処までも続いている。
闇の中に何かがいるのではないかと思ってしまう。
闇影に眼が、虚空に吐息があるのではと勘繰ってしまう。
暗い。
暗い。
怯えながら、震えながら一歩一歩進む桜庭に、背後から声がかけられた。
「やぁ」
「~っ、『Doop poet』──懐中電灯ォォォ!!」
明るくなった。
****
「いやぁ、悪かったね。真逆其処まで驚くとは思っていなくて」
「いや…。此方こそ大声を出してしまって済まない」
桜庭が出した懐中電灯で照らされたのは、所々が包帯で巻かれ全身黒で統一された、おそろしく顔の整った男─結城─であった。
「落ち着いた?」
「あぁ…」
桜庭は深呼吸をして、改めて桜庭を視る。
男を視て、綺麗だと思ったのは初めてだった。
思わず桜庭は見惚れていた。
「おーい?大丈夫?」
「っ、済まない。何でもない。…ところで貴様、何故此処に?」
「ちょっと調べものがあってね」
「調べものだと?こんな廃病院に?」
「うん」
結城は詳細を話すか迷った。
が、此処で警戒されても面倒だと思い、素直に話すことにした。
勿論、凡てではないが。
「ねぇ、君は」
「俺は桜庭葵という」
「…桜庭くんは、最近横浜で起きている『横浜来訪者失踪事件』を知っているかい?」
「!!知っている、が…」
「なら話は疾いね。失踪者が此処に囚われているという情報があってね。それを確かめに来たのさ」
「何っ!?そんな情報、聞いたことないぞ」
「まぁ、詳しい目撃情報もないしね。ガセかもしれないけど、一応と思って」
「何故、貴様がそれを調べている?」
「…実は関係者でね」
「!!真逆、その中に知人が…?」
「まぁ、そんなとこかな。其れで、桜庭くんはどうして此処に?」
桜庭は暫し逡巡したあと、聞いておいて話さないのは悪いと思ったのか話始めた。
「俺は、最近此処で夜毎繰り返される音と光の正体を解明しにきた。仕事でな」
「仕事?」
「あぁ。…武装探偵社を知っているか?」
「!!うん、有名だからね」
「そうか。俺は其処の社員だ」
「へぇ!!凄いね」
(武装探偵社。軍や警察に頼れないような危険な依頼を専門とする組織、だったね。社員の者は異能力を持っているという。…成る程、音や光の正体は、恐らく失踪事件関係。どうやら目的が合致しそうだ)
「音や光の正体、ねぇ。其れって此処の近隣の人からの苦情とか?」
「否、依頼人は分からない。が、無視する訳にもいかないのでな」
「…そっか。」
(依頼人が分からないか。もしかしたらこの失踪事件に関わらせる為に態と…?でも、其れにどんな意味が…。思っていたよりも、厄介な案件のようだね)
「俺は先に進むが、貴様はどうする?」
「そうだね。私も同行していいかい?」
「あぁ。構わない」
桜庭は安堵した。
正直、こんな暗闇の中をこれ以上一人で歩きたくはなかった。
それに。
桜庭はチラリと結城を視る。
(本当に綺麗な顔をしているな)
桜庭の手帳には、理想の女性像が記されている。
だがそれが頭から飛んでしまうくらい、結城が気になっていた。
「…名前」
「え?」
「貴様の名前、まだ聞いてなかったな」
「ああ」
桜庭に微笑みかけた。
その笑みに、桜庭は再び見惚れる。
「私の名前は結城だよ」
そこで、続くように悲鳴が上がった。
「助けてえええぇぇぇ~!!!!」
****
「大丈夫ですか?」
「はい。助けていただいて、ありがとうございます」
悲鳴の主は、美人な女性であった。
まるで水槽のような場所に下着姿で囚われていた。
今は結城の外套を羽織っている。
女性は佐々城知子と名乗った。
「駅で急に気を失ってしまいまして、気がついたら彼処に…」
失踪事件の十五人目の被害者だと、桜庭は思った。
(ということは、結城の情報は正しかったということか…?)
探偵社に依頼が来るような廃病院に、失踪事件の被害者が居た。
この符合が気にかかる。
ふと、桜庭は結城を見た。
結城は何か考えているようだ。
「結城?」
「…否、佐々城さんの格好がエロいなぁと」
「は」
一瞬、結城が何を云ったのか分からなかった。
理解したあと、桜庭は結城の首筋の方がエロいと思ったが、そうじゃないと首を振り突っ込んだ。
「真面目にっ!!」
「あの!!」
「はい?」
「此処に居るのは私だけではありません!!」
「「!!」」
「確かに声が聞こえたのです」
「桜庭くん」
「ああ」
桜庭と結城は、佐々城を連れさらに奥へと進むことにした。
周りを警戒しながら。
「!!」
「これは!!」
二人は、囲われている人達を見つけた。
人数は六人。
「おいっ!!」
桜庭が声をかけたことで気がついたのか、中の人達が助けを求める声を上げた。
「助けてくれっ!!」
「気がついたら此処に居てっ!!」
結城が何かに気がついたように近づいていく。
「此れは、鍵かな?電子端末式の施錠だね。…『開け胡麻』!『稲光と雷鳴』!『恥の多い生涯を送っております』!…駄目だ。開かないね。」
「おい、最後のは何だ」
「となると、壊すしかないね。んー、恐らく此処を…」
「駄目です!!其処に近づいては!!」
「!?」
何かに反応したように、囲いの中に霧のようなものが立ち込める。
瓦斯だ。
「おい!!」
「毒瓦斯だ!!駄目だよ桜庭くん!!離れて!!」
「離れてください!!」
結城が桜庭を羽交い締めにし、後ろへと引き摺っていく。
(厭だ。これは間違っている!!)
桜庭は無我夢中で何かを叫んでいた。
覚えていない。
気がついたら、結城によって部屋の外に出されていた。
…囚われていた六人は、全員死亡した。
****
「…取り合えず、佐々城女史は探偵社で預かることにする」
「そう。…桜庭くん、大丈夫かい?」
「……ああ。そういえば礼がまだだったな。貴様が居なければ、俺も毒瓦斯にやられていた」
「そんなのいいよ」
探偵社の前で言葉を交わす結城と桜庭。
あの後、廃病院を後にした二人は佐々城を連れ探偵社に来た。
医務室に佐々城を寝かせ、帰るという結城を見送るために桜庭は外に出ていた。
「済まなかったね。私がもう少し注意を払っていれば、あんなことにはならなかったかもしれない」
「結城…」
(折角の貴重な証人を死なせてしまうなんてね。後はあの女史だが、…彼女は正直、怪しいな)
結城の内心を知らない桜庭は、結城が自分を責めていると思い慰めようと無意識の内に手を伸ばしていた。
その手が結城の頬に触れそうになった。
が、それが触れることはなかった。
「結城」
「え、蒼夜…?」
いつの間にか結城の背後に来ていた久瀬が、結城の腰に手を回し引き寄せていた。
「心配した」
「う、後免」
「何故一人で行動した?」
「だって、ドストエフスキーには調べてほしいことがあったし、琉夏は別の仕事があったから」
「なら、俺に云えばいいだろう?」
「蒼夜だって、忙しいだろう?」
「お前が一言云ってさえくれれば、それくらい何とでもする。……頼むから、少しは俺を頼ってくれ」
「……うん。後免。ありがとう」
呆然と二人のやり取りを見ていた桜庭だが、我に帰り、触れることの叶わなかった手を下ろした。
「ゆう…、っ!?」
「……」
桜庭は結城に声を掛けようとした。
だが、それは未だ結城の腰を抱いている久瀬に視線だけで制された。
どことなく鋭いそれは、結城に近づくなと云っているようだった。
気圧された桜庭がそのまま黙っていると、気がついた結城が声をかけた。
「桜庭くん?」
「あ、あぁ、何でもない」
「?そう。…じゃあ私、帰るね」
「分かった。……結城」
「何?」
「その、…何時でも探偵社に来い」
「え?」
「失踪事件のことを調べているのだろう?何か、教えられることがあるかもしれないからな」
「桜庭くん…。うん、ありがとう」
「結城。帰るぞ」
久瀬が結城を促す。
結城はそれに頷き、踵をかえした。
「またね、桜庭くん」
また、会えるだろうか。
会いたいと思いながら、桜庭は結城を見送った。
****
「結城」
「何だい?」
「俺はお前の家に住むことにした」
「は」
「もう家も引き払ってきたからな。此れからよろしく頼む。(これ以上悪い虫をつけるわけにはいかない)」
「え。………えっ!?」