第1章 横浜来訪者失踪事件 第2話
「…手前、何で結城の部下になったんだ?」
翠川は結城に云われた通りドストエフスキーを連れ、敵対組織の殲滅に赴いていた。
一応他に沢山の部下を連れてはいるが、正直そんなに要らないだろうと云うのが翠川の見解だ。
だが、忘れてはいけない。
結城の読みが正しければ、この組織は澁澤の息がかかっている。
そして結城の読みが外れたことは今まで一度もない。
「表社会を追われ、私達は居場所を無くしました。そしてこの地に辿り着き、私は此処で、死ぬつもりだったのです」
「!!…結城みてぇなこと云うんだな」
「蒼夜も云っていました。けれど、私と零くんは違うとも。私はは戦場での死を求めていた。そんな私に彼は云った」
──君の求めるものは、私が用意しよう。
──私の部下に、なり給え
「一瞬で惹き込まれました。この人の部下になりたい、この命はこの人の為に使いたいと思った。その為に、私は此処にいるのだと。」
「…成る程な。芥川と似たようなもんか。ったく、彼奴は誰彼構わず魅了しやがるな」
「あの少年もなのですか?」
「芥川は結城が幹部になったとき、貧民街から拾ってきやがったんだよ」
「彼はよくそういうことをするのですか?」
「否、俺が知る限りは芥川と手前だけだな。…彼奴は無能を嫌う。態々拾ったってことは、そういうことだ」
「そうですか」
ドストエフスキーの嬉しそうな表情に、翠川は舌打ちをこぼした。
結城は無能を嫌う。
そんな結城の自他共に認める相棒であることを、翠川は誇りに思っている。
だからそんな結城が翠川以外を隣に据えるのは、些か腹が立つのだ。
「却説、さっさと済ませるか。…せいぜい足を引っ張るなよ。」
「無論です。私は彼の期待に必ず応えるます」
翠川とドストエフスキーは敵陣へと乗り込んで行った。
****
「結城…。」
久瀬は結城の家に来ていた。
結城には関わるなと云われたが、ただ待っているなんて出来る訳がない。
結城が狙われていると知っていて、何もせずにいられる訳がない。
久瀬にとって結城は、世界の全てだ。
「留守、か…。」
結城は家にいなかった。
此処に来る前に本部にある執務室にも寄ったが、其処にも居なく誰もその姿を見ていないと云う。
厭な予感がした。
「…ん?此れは…。」
テーブルの上に、紙が散乱していた。
一枚手にとって見てみると、それは今回の件の調査報告書のようだった。
久瀬はそれらを束ね、最初から目を通していく。
「いつの間にこれだけ調べていたんだ、彼奴」
改めて結城の優秀さに感嘆する。
如何でも結城は、人の何手先も行く。
それらを読み相手の情報を頭に入れていく久瀬。
その途中、1枚だけ少し違う紙が混ざっていることに気がついた。
「此れは…」
折り畳まれていたそれを広げてみると、どうやら横浜の地図のようであった。
そしてある地点に、印がついている。
建物の名前が書いていないその場所は、確か今は廃虚と化していたと記憶している。
何だろうと思ったが、そこで久瀬は思い当たり急いで読んだ報告書を見直す。
その時、電話がなった。
「もしもし」
『久瀬か?翠川だ。敵の殲滅が終わったんだが、どうにも妙でな』
「妙、とは?」
『手応えが無さすぎんだよ。黒蜥蜴や芥川がやられるとはとても思えねぇ』
「結城が、間違えた…?否、それは」
『あぁ。それだけはねぇな。彼奴が読み間違えるなんてありえねぇ。実際、組織の人間じゃねぇやつも混じってはいたみたいだしな。つまりこれは陽動だったってことだろう。おい、手前今何処だ?』
「結城の家ですけど。」
『……結城と、連絡がとれねぇ』
「!!」
『手前、其処に何かあるか?』
「報告書と、地図が…。地図には印がついています。恐らく此れは」
『奴等のアジト、か…?ちっ、結城の奴、一人で行きやがったな』
「俺は今すぐ其処に向かいます!」
『俺達もすぐに向かう。場所はメールで送ってこい』
****
「私も随分と、舐められたものだねぇ?」
銃の弾倉を変えながら、結城はそう云った。
結城の周りは未だ兵達が囲っているが、最初にいた数の1/3程の兵は倒れている。
急所を、貫かれて。
「確かに私の体術は、マフィアの中でもいいとこ中の下といったところだろう。けれど、だからといって私に戦う術がないと思ったのかい?此れでも、マフィアの幹部なのだよ?」
「ふふ、ふふふ。素晴らしいです。実にいい!益々貴方が欲しくなりました」
「…諦めが悪いねぇ」
「それは貴方の方では?いくら貴方が素晴らしくとも、この人数差ですよ?ぼくは貴方を傷つけたいわけではない。大人しくしてほしいのですが」
「冗談でしょう?」
じりじりと距離を詰めてくる兵達。
結城は再び銃を構えた。
「結城っ!!屈めっ!!」
聞こえてきた声に、結城は身を屈める。
すると頭上に何かが投げられ、閃光が走った。
閃光弾だ。
兵達はそれをまともにくらい、目が眩む。
その隙に久瀬は結城を連れ、物陰にかくれた。
「結城っ、無事か!?」
「…やぁ、蒼夜。この通り、残念ながら無事だね」
「そうか。…良かった」
ざっと確認し、本当に無事だということが分かり安堵の息を吐く久瀬。
然し其処で、結城に関わるなと云われていたことを思いだし、それを破って此処に来てしまったことに対して弁明をしようとした。
「すまん、結城。だが、」
「蒼夜。琉夏から連絡はあったかい?」
だがそれは結城に遮られた。
てっきり小言を貰うものだと思っていた久瀬は驚いたが、とりあえず結城の質問に答えた。
「あぁ。殲滅は終わったと。此処に来る前に連絡があったが」
「そう。…なら、もうすぐかな」
「結城…?何を」
久瀬が聞きたそうにしているのを黙殺し、結城は今手にしている銃とは別に、もう一丁とり出して弾倉の確認をしていた。
結城が銃を遣えることは勿論知っているが二丁見るのは初めてだった。
慣れた手つきをしているので、本来は久瀬と同じ様に二丁拳銃の遣い手なのかもしれない。
だが、その腕前がどの程度のものなのか分からないし、この人数差。
久瀬は心配になった。
いざとなったら、自分が手を染めることになるだろうと決意する。
その決意は、無駄になるのだが。
「蒼夜。君はドストエフスキーと一緒に入口を固めてくれ。奴等が逃げ出さないようにね。それから」
「結城?」
「なるべく入口から動かないでくれ。巻き添えになってしまうかもしれないのでね」
「どういうことだ…?」
「結城っ!!」
入口から音がしたと思ったら、名を呼びながら翠川とドストエフスキーが入ってきた。
その音を合図にしたかのように結城は物陰から飛び出し、兵達の中央へと走る。
「琉夏っっ!!作戦暗号コード、『櫺子の外に雨』!!」
「!!了解っっ!!」
急な要請にも拘わらず、全てを理解したかのように翠川は飛び出し兵達に突っ込んで行った。
そして結城の周りの兵達を、体術又は異能力で次々と空中に投げていく。
結城は中央から、投げ飛ばされた兵達に銃を向け的確に急所だけを撃ち抜いていた。
「此れは…」
「ドストエフスキー」
「蒼夜…」
久瀬は結城が飛び出した時、云われていた通り入口へと向かった。
茫然と結城と翠川を見ているドストエフスキーに声をかける。
「俺達は入口を固めろと結城に云われた。敵が逃げ出さないようにと。けどまぁ、…恐らく出番はないだろうな」
久瀬は中央を見た。
結城を中心に、円を描くように空中に兵が舞い、撃ち抜かれていく。
まるで雨が降るように血が舞っているが、渦中にいる結城と翠川は返り血一つ浴びずに次々と殺していっている。
入口を固めるようにと云っていたがそれは恐らく保険に過ぎない。
結城が云いたかったのは、巻き込まれないようにしろということだろう。
邪魔にならないよう、離れていろと。
此度、この状況は全て結城の計画通り。
「蒼夜…。あの二人は一体」
「…『双黒』」
「『双黒』?」
「マフィアが誇る、黒社会最悪のコンビ。敵異能組織をたった一夜で滅ぼしたと聞いている」
「たった一夜、で?異能組織を?」
「あぁ。双黒の戦いを見るのは、俺も初めてだが…。これは」
「……もし、私達がマフィアを狙ったときにこの二人にこられていたら、殲滅されていただろうな。…実力が圧倒的だ」
だからこそ、ドストエフスキーの時森は翠川を遠ざけていたのだがそれを知っているのは結城だけである。
結城合間に素早く急所を狙っている。
翠川も結城に合わせるように、狙いやすいように空中に飛ばし続けている。
言葉も無いのに、息の合ったコンビネーション。
これが出来るのは結城と翠川しかいない。
「不思議です」
「…そうだな」
此れだけ残酷な光景なのに、まるで芸術を見ている心持になる。
二人の周りを覆うように降る血の雨。
だがけして、二人は浴びない。
まるで二人にだけ囲いがあるように。
「琉夏!!へばんないでよ!!」
「うっせぇっ!!それは此方の科白だっての!!」
太鼓叩いて 笛吹いて
遊んでゐれば 雨が降る
櫺子の外に 雨が降る────
「却説」
「後は手前だけだ」
あっという間に片がつき、結城と翠川は並んで澁澤を睨み付ける。
「ふふ、お見事です。『双黒』。調べてはいましたが、これ程までとは」
「…観念したかい?此のまま大人しく捕まるか、殺されるか選んでくれない?」
「残念ですが、どちらも御免こうむります。結城くん。貴方、ぼくが此処に兵を配置していると読んでいましたね?」
「…痕跡を見つけた時、可笑しいと思ったのだよ。私なら、残さない。ということは態とそれを残した可能性がある。私が痕跡に気がつき此処を探しあて、次に狙われると予測される琉夏の方に人を割き、一人で来ることを見越して、君は此処に兵を集めたのだろう?私ならそうする・・・・・・・からね」
「成る程全て読まれていたわけですね。其処まで分かっていて一人できたのは何故ですか?」
「琉夏の方に兵が送り込まれる可能性も、僅かだがないわけではなかった。なら、最短で片付けられる人員を送り片付けてもらうのが最適。…そして、琉夏が来るまでの時間稼ぎだけど」
ちらりと結城は久瀬に視線をやった。
「?」
「私一人でも何とかなったとは思うけど、私が敵のことを知らせておきながらあえて遠ざければ、蒼夜なら私の家に行くと思っていたよ。其処でこの場所に気がつき、駆けつけてくるとね」
「流石ですね。今日のところは退かせていただきましょう。……ですが結城くん。忘れないで下さい。貴方を理解できるのは、ぼくだけだということを」
そう云うなり、澁澤は床を強めに踏みつけた。
すると澁澤の居たところが開き、下へと姿を消した。
隠し扉である。
「…抜け目がないね」
「手前の云う通りだったな」
「え?」
「彼奴、澁澤。…手前にそっくりだ。何がって聞かれると答えに困るが」
「…あぁ、うん。全く厭になるよね。自分と対峙しているようだよ」
「ま、手前の方が上手だったようだけどな」
「だと、いいんだけど」
「結城?」
「否、何でもないよ。却説、帰ろうか」
****
「結城。全て計算だったんだな」
帰り道、久瀬は最後尾を歩く結城に声をかけた。
「まぁね。澁澤は私と同じ、策を巡らせるタイプの人間だから裏をかけるかどうかは五分五分だったけれど」
「然し、成功させた。流零くんです」
「ったく、人をいいように遣いやがってよぉ」
「良いじゃないか。見事だったよ?やっぱり私の相棒は琉夏だね」
「…当然だろうが」
「結城。此れからどうするんだ?」
「そうだね。とりあえず首領に報告してからかな。目的を知ることは出来なかったけれど、彼方の組織が負った損失は大きい筈だ。ならすぐに仕掛けてくることはないだろう。退けられただけでも良かっ」
其処で、久瀬の異能力が発動した。
久瀬が見たものは、恐らく・・・。
話の途中、
──結城が、拐われる光景
発動が止まるなり、久瀬は急いで振り返った。
翠川とドストエフスキーもそんな久瀬の様子に気がつき、振り返る。
だが、遅かった。
「結城…?」
其処に、結城の姿は、なかった。
厭な予感がしていた。
「何処だ?おい、結城っ!!返事をしてくれ!!」
目を離したら、いなくなってしまうような…
「結城ーーーっっっ!!!!」
****
「云いましたよね?力ずくでも来ていただきます、と」
そう云う澁澤の視線の先には、気を失い無防備な姿を晒す、結城零。
澁澤はうっそりと笑みを浮かべた。
「checkmate。」