白陽国 3
~大型自動車に乗った女性と少年は後ろの座席に座る事にした、二人は座席の空いている場所に自分達の荷物を置き、二人は並んで腰を下ろす。少年は車内を見渡す自動車の中には自分達以外、年老いた老婆と自動車を運転している人だけであった。
自動車は途中ガタガタと音を立てて大きく揺れながら走って行く。女性は背丈はあまり高くは無く、長く茶色の髪をしていて顔は、目は丸く鼻が少し高く白く肌理の細かい肌をしていた。女性は自分の隣に座って、外の景色を眺めている十代を過ぎたばかりの少年を見た。少年は背丈は大きく少し痩せていた。黄色い肌で目が大きく、目の色は茶色であった。髪は黒くてクセッ毛であった。女性は少年を見て声を掛ける。
「新良君」
新良と呼ばれた少年は振り返り女性を見て、
「何でしょうか?李有先生」
「先程、あの娘からは何を受け取ったの?まあ…別に無理に答える必要は無いけどね…」
李有と呼ばれた女性は言う、二人は自動車に乗ってから何も会話をしていなかったので彼女は新良に話しかけたのであった。
新良は茶色の上着から白い布に包まれた袋を取り出した。「これです」と言って袋の中には青色に輝く宝石で作られた首飾りであった。
美しい白銀の細かく繊細な模様が宝石の周囲の淵を覆い、その先端部分に取り付けられた銀色に輝く細い鎖が繋がれて、高価な品質感を漂わせていた。
「祈りを込めて置いたので水のある場所で、困った時に使えば効果は抜群だと言っていました」
それを聞いた李有は笑みを浮かべながら、
「大事に、閉まっておきなさい」
「はい」
新良は返事をして宝石を袋に包み込み上着の中へとしまう。
李有は新良を見て何気に会話をし続ける。
「ところで貴方は、もう何歳になったの?」
「十七歳です」
「もう、その位になるの」
「はい」
「早いわね…」
李有は呟き会話を続ける。
「学舎は楽しい?」
話し掛けられた新良は、李有を見て
「ええ…、楽しいです」
笑顔で答える。それを聞いた李有は笑顔で
「そう…それは良かったわ」
その後…二人は、とくに会話もなく自動車に揺られながら新良は無言のまま外の景色を見ていた。李有は眼鏡を掛けて分厚い本を読んでいた。
自動車は時折、停車場で待っている乗客を乗せて進み出す。ある停留所へ来た時、体格の大きい男性達三人が大声で話しながら入って来た。それまで静かだった車内の空気は一変した。新良の隣に座っている李有は、表情を強張らせて彼等を見ていた。昼頃になると自動車は、道沿いに建てられた古惚けた休憩所に止まった。自動車に乗っていた人達は皆、休憩所にある食堂で食事を取る事になった。
新良は食事を選んで李有が座っている食台の席へと行く。ふと…新良は朝方一緒だった老婆が自動車を運転している人に何か話をしているのを見つけた。老婆は、そのまま荷物を持って何処かへと歩いて行くのを見つけた。
新良は李有の向い側に腰を下して、食事をする。李有は既に食事を済ませていた。荷物の中から地図を取り出して見開いている。
「ふむ…」
李有は地図を見開き隣には幾つかの筆記用具が並べられていた。いろいろと考え事をしている様子であった。新良は向かい側の席で食事をしながら李有の表情を見ていた。
「何か考え事でも…?」
「ちょっとね…、今日到着予定の町、奥流に行ってから船に乗り換えて西の港町、河豊に着くまでに少し日数が掛かるみたいね…」
「どの位ですか?」
「明日船に乗ったとして、3~4日程度かしら…」
と、李有は呟く。
「少し日数が掛かりますね」
二人が話している中、後ろで大声で笑い合う男性達の声が聞こえた。李有と新良は声のする方を見ると先程自動車に乗って来た三人組だった。彼等は休憩所で酒を飲みながら大声で話し合っていた。
李有と新良は無言で彼等を見ていた。二人の側を一人の若い女性達が通り、
「ちょっと、何なのかしら…彼等は…」
「本当、煩くて困るわ…さっきも、お婆さんが運転手の方に相談したらしいけど相談に応じてくれなくて別の自動車に乗ると言って、行ってしまったのよね」
女性達の話声を聞いていた新良は席を立とうとした。それを見た李有は、すぐに新良の右腕を掴み掛ける。その時、食台の上にあった筆記用具が幾つか落ちた。
「待ちなさい。何を考えているの」
「ちょっと、彼等と話し合おうと思いまして…」
と、答えるが李有は新良を見て、
「貴方は、彼等と関わる必要など無いのよ」
険しい表情で新良に言う。
それを聞いた新良は、しぶしぶ席に座り込む。それを見た李有は筆記用具を拾い集める。二人は、しばらく無言のまま居た。少し間を置き新良が席を立つ、それを見た李有が話し掛ける。
「何処へ行くの?」
「食器を片付けてきます」
と、新良は、自分の分と李有の食器類を持って席を立つ。
「そう…、ありがとう」
李有の言葉に新良は、軽く返事をする。休憩所の中にある食堂へと食器を持って行き片付けを終えて出て来たところで先程から騒いでいる連中達の一人で体格の大きい男性が近くで見知らぬ人に向って怒鳴っている場所を見付ける。
「おい、貴様…今、俺の文句言ったであろう?」
周囲に居る人達は皆、見ぬふりをして通り過ぎて行く。新良は二人の近くを通り鼻で笑いながら、
「情けない」
軽く一言声を掛ける。
それを聞いた男性は新良の言葉を聞き逃さなかった。
「そこの小憎、待て!」
すぐに新良の肩を掴んだ。
「貴様、今、笑いながら俺の事を侮辱したであろう」
「情けない…と、言っただけですが…」
新良は、普通に答えた。
男性は相手を睨みつける。着ている衣服の胸に付いている紋章を見て、男性は相手が学舎の生徒だと気付く。
「ふん、学舎の生徒かよ。生意気な…お前みたいな小僧は、お家に帰って学問の勉強でもしていろ」
相手から酒の匂いが漂って来た。新良は気分が悪くなりそうだった。
「俺が今から現実社会が、どう言う物なのか教えてやろうか?」
と、男性は大きな左腕で新良の胸元を掴み右腕を高く上げる、右腕の拳を丸めるが…新良は、うろたえる様子を見せず自分を掴んでいる相手の左腕に対して小さな右腕を伸ばして掴む。
「まあ…そんなに怒らなくても」
新良は掴んでいた男性の左腕を強く握りしめる。すると男性は
「ギャアアッー!」
大きな悲鳴を出しながら体を大きく反転させ地面に倒れる。男性の叫び声を聞いて多くの人達が集まって来た。誰が見ても、明らかに身の丈が異なる二人の間で、巨漢の男性が小柄な少年を前に、もがき苦しんでいる光景が起きていた。一体何が起こっているのか?その異様な光景に周囲の人達の目は驚かされて見ていた。
「新良君!」
李有の呼び止める声がして新良は、すぐに男性の腕を放して、
「失礼しました」
と、一言伝えてその場を去り李有の居る席へと新良は戻る。李有は新良の顔を見て小声で
「この辺で、むやみに自分の能力を見せ付けてはなりません。貴方には行うべき大切な目的があるのでしょう…『大いなる約束の為に…』それを台無しにしてはなりません!」
「はい、すみません」
新良は李有に向かって深く礼をする。
倒れた男性の近くに仲間達が駆け寄り、彼の様子を見た。
「おい、大丈夫か?」
「一体何があったんだ?」
不安そうな視線を向けられ男性は起き上がる。
「分からん、ただ…この世の者とは思えない力で腕を掴まれたんだ」
「何を言っている、相手は少年じゃないか…」
「その少年の力が、とてつもない力で俺の腕を握り締めたんだよ、これが証拠だ!」
男性は衣服の左腕の袖を捲り上げる。すると…彼の腕は赤く腫れていた。それを見た彼の仲間達は声を失った。
「あ…あの少年は一体何者なんだ?」
彼等は顔を蒼白しながら新良を見た。
しばらくして、自動車の出発時刻になり皆は再び自動車へと乗り込む。
騒動の後なのか車内は静かな空気に包まれていた。騒いでいた男性達は三人共静かに座っていた。
休憩所から再び出発をし始めた自動車は、広い広原の通り道を走り出す。
どこまでも続く広原を、新良は自動車の窓から眺めていた。
広原を眺めながら…ふと、新良は何時から自分の日々が変わりはじめたのだろう?と…思い始めた。
隣を見ると李有は先程読み掛けていた、分厚い本の続きを読み開いている。二人は先程の騒ぎのあと全く会話をしていなかった。
(あの頃は、まだ平凡な日々を送っていたな…)
新良は自分の指を折りながら数を数えて、
(緑谷島を出てから…は二年半になるのか…。そうすると…あの出来事からは、もう…三年もの月日が経つのか…)
窓から流れ行く景色を見ながら、新良は少し昔を思い出し始める…。




