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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
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白陽国 2

 ギイー…バタン


 部屋の扉が開く音がして女性と影深は、扉へと視線を向ける。部屋の入口には六十代位の年老いた男性の姿があった。男性は黄色い肌で、顔にシワがあり、鼻が高く、目は細い、頭の髪は白髪で長い眉も白くて長く背丈が高い。二人の視線に気付いた男性はバタンと音を立てて扉を閉める。


 女性は年老いた男性を見るや、すぐに掃除の手を止めて


 「お早うございます、学園長先生」


 と、お辞儀をしながら朝の挨拶をする。


 影深も後ろへと振り向き


 「お早うございます。孔喜こうき殿」


 頭を下げて軽く挨拶をする。


 孔喜と呼ばれた男性は、にこやかな顔で、


 「ああ…、お早う」


 と、二人に挨拶をする、孔喜は自分の机の後ろ側にある硝子窓に立つ影深の側へ行き


 「久しぶりであるな影深殿、何時来てくれるのかと待っていたのだぞ…。つい先程遠出をしている太新君から、学舎の事務に連絡が来て例の石が見付かったとの吉報が届いた。全て君のおかげだよ影深殿」


 孔喜は嬉しそうな声で言う。それに対して影深は表情を変える事無く、


 「そうですか…」


 一言言葉を交わしただけであった。


 「その太新君からの連絡に面白い情報が舞い込んで来ての…向こうでちょっとした出来事があったらしく優れた能力の異類人種獣人系の者と遭遇したらしい…相手の者と接した時に、その者は例の石から温かな物を感じた…と、言っておったらしいよ。太新君は凄い発見だと言って喜んでいたよ」

 「ふむ…まあ、彼等は直感で、その石が持つ能力を感じ取っただけに過ぎません。もし仮に…その獣人系の者が、何らかの形で太新から奪い取ったとしても石から放たれる力には対応出来ず、返してしまおうと思ってしまうはずです」

 「成程…つまり、その石が持つ力と言うのは、それ程までに大きい物であると…言うことなのか」


 「そうです、石自体はそのままでは特に、何の意味もありませんし石としての価値等もありません。大きな役割を担うべき存在が必要不可欠です。その者が現われてこそ石は本来の力を、発揮するのです。それにはまず…その役割を行うべき存在をこの場所に連れて来なければいけません…」

 「そうであるな…」


 孔喜はそう答えて影深の隣に立ち硝子窓から門の方へと視線を向ける、門のところにいる二つの人影は、しばらく立ち止まっていたが、ようやく動き始めた。門から少し先には半円系の大きな橋があった。二つの人影はゆっくりとした歩みで橋の方へと歩いて行く。


 「全ては、彼等次第と言う訳だな…」

 「はい」

 「彼等は…今度は大丈夫なのであろうかな…影深殿、お主はどう思われる?」

 「さあ…どうでしょうね…」


 影深は、首を傾げて答える。

 影深と孔喜の二人はそれ以上その話をしなかった。少し間を開けて孔喜は別の話を持ち掛ける。


 「そう言えば今朝方、邸宅を出る時に政府の政府機関からの電報が届いて昨夜、また異類人種等による暴動が町で起きたとの事だ」

 「そうですか…こうも連日暴動や騒ぎが絶え間なく続くとなると国が異類人種達への規制を、より一層厳しく取り上げてきますね。私も今朝方、上空から町を見回ってきましたが見えない所で、少しずつ騒ぎは激化しているようですね」


 「何とか…これ以上騒ぎを増やさない様にせねば、他の地域に住む者達から見ても一番の問題視とされているのが、この清豊半島せいほうはんとう周辺だと周りから思われてしまう事が我々にとっては辛いことだな」

 「何とかしなければなりませんね」


 影深は、溜息交じりに答える。孔喜も…しばらく考え込んでいたが。やがて自分の机へと移動して椅子に腰を下ろす。

 影深は孔喜が移動するのを見ていた。しばらくして視線を再び窓の外へと向ける。外を見ていると、石畳の道を移動して行く小さな人影の姿があった。影深は小さな人影にすぐに気付いた。その小さな人影は、二つの人影の後を追いかけるように走っていた。


 「あの者…」


 影深は外の様子を見て一人呟く。


 「どうしたのだね?」


 孔喜は振り返り尋ねた。


 「いえ…、何でもありません…」


 影深は答えてそのままじっと小さな人影を見続けていた。


 小さな人影は半円系の橋の上にいる二つの人影に追い付き橋の上で彼等は話をしている様子であった。

 しばらくの間、外の様子を見ていた影深は、後ろへと振り返ると、


 「では、今日はこれで失礼します」


 孔喜に一礼してその場を離れて行く。書類に目を通していた孔喜は影深を見て


 「おや…もう、帰るのかね、また近いうちに来てくれよ」


 影深は、そのまま部屋を歩いて行き掃除が終わり掛けた女性の側まで来ると立ち止まり女性を見て話し掛ける。


 「君、名前は…確か明羅だっけか…?」


 影深に名前を尋ねられた女性は、


 「明華めいかです。以前も同じ質問しましたよね?」

 「そうだったかな?どうも忘れてしまう事があってな。すまない…」


 と、答えて再び歩き出す。


 少し進むとフッと空気を裂く様な音と共に影深の姿は室内から消えた。

 その様子を見ていた明華は、疲れた様な溜息を吐き後ろで書類の手入をしている孔喜を見て話し掛ける。


 「あの方の突然の訪問…何とかなりませんか?いきなり現れたり消えたりして、こっちは驚いてばかりで困ります」


 その言葉に孔喜は「気にするな」と、一言だけ答える。


 「……」


 明華は何かを言おうと思ったが口には出せず、そのまま掃除が終わると…


 「失礼しました」


 一礼をして部屋を出て行こうとした時孔喜が


 「あ、君…ちょっと」

 手招きして呼びとめる。


 「はい…、何か用でしょうか?」

 「すまないが、紅茶を入れて来てくれないか」

 「かしこまりました」


 明華は、一礼して部屋を出て行く。部屋に一人残った孔喜は机の上にある書類の手入れの作業を続けていた。


 部屋から姿を消した影深は、つい先程まで自分が眺めていた石畳の道の上を歩いて行た。

 前方にある門の向こう側に小さな人影の姿が見える。


 小さな人影は距離が近付くに連れて、その姿がはっきりと見えて来た。その姿は、まだ年端もいかない十代を過ぎたばかりの女の子の姿であった。


 背丈が低く、ほっそりとした体で痩せていて肌の色は白く、目が大きく目の色は藍色であった。髪の色は紫に近い色で髪は長くしなやかであった。

 その女の子は少し嬉しそうに小走りをして影深のいる方へと進んで行く。走っている時髪が風になびいていた。髪の下に見え隠れしている女の子の耳先は尖っていた。


 女の子は前方にある大きな赤茶色の屋根の古風の建物を眺めて微笑んでいた。ふと、視線を建物から目の前に向けると自分の少し目先の前方に影深の姿がある事に気付いて、ハッと驚いて突然走るのを止めて立ち止まり、女の子の顔から笑顔が消え…まるで影深を警戒しているかの様だった。女の子は顔を俯かせて歩いて行く、その表情は険しかった。

 影深は、そんな事など気にせず道を歩いて行く女の子の側まで行くと立ち止まり、


 「余計な事はするな」


 女の子に一言そう言うと影深は、そのまま振り向きもせずに歩きだす。女の子は影深の後ろ姿を見るとビッと舌を出した。女の子は振り返ると建物へと向かって逃げ去る様に走り出して行く。

 影深は門を出て半円形の橋の中央まで歩いて行く。橋の手すりには鮮やかな色彩が描かれていた。橋の下を見ると穏やかに流れている川があった。橋の中央部辺りまで来ると、わずかな視線の先に二人の人影が見えた。影深は、その人影達に近付く様子も見せず、その場所からじっと…二人の人影を見ていた。


 二人の人影のうち、一人は、三十代位の女性の姿であった。頭の髪が長く、茶色で、黒色の上着を、身に着けていた。もう一人はまだ若い少年の姿であった。髪は黒色で紺色の上着を着ていた。


 二人は石畳の階段を下りて行き、その先にある広い通り道へと差し掛かっていた。二人の目の前には鉄で組み立てられた自動車が何台もガラガラと音を立てて走り抜けていた。二人は、そんな自動車が行き来しながら走っている中を潜り抜けて行く近くに大勢の人が乗れる黒色の大型自動車が止まっていた。二人はその大型自動車へと乗り込んで行く。


 停車中の大型自動車の周りには人の姿は無かった二人が乗って、しばらく間を置いてから大型自動車は大きな音を立てて走り出す。橋の上で二人の姿を見ていた影深は二人の姿が、完全に見えなくなると後ろへと振り返り橋を下りて行こうとする。


 影深が、歩き出そうとした時大きな塀の南側の通り道から一人の女性の姿がみえた。その女性は、影深に気付くと


「お早う」


 陽気な声で影深に朝の挨拶をして橋の上へと駆け寄って来た。


 「おはよう、水美(すいみ)先生」


 女性は、見た目は二十代過ぎであった。姿は体は細く肌の色は白く背丈は高く、顔は痩せていて、鼻が少し高い、髪が長く、濃い紫色の髪の色をしていた。髪からわずかに、尖った耳先が見えた。目はやや細めで藍色の目をしていた。


 息を切らしながら橋の上まで来た女性は右肩に荷物の入った紐付き鞄を掛けていた。影深と同じ場所まで来ると目の前の広い通りを見る。


 「あの子達、出発したのね…」

 「そうだな…」

 「今度は、上手く見付けられるのかしら?」

 「さあね…」

 「貴方も楽しみではないの?」

 「私にはどうでも良いことだ…」


 影深は女性の方を振り向きもせず、そのまま橋を下りて行く。女性は影深の後ろ姿を見ていた。女性の表情には、少し笑みが浮かんでいた。


 時計台が朝七時の鐘を鳴らし始める女性はそれに気付くと…


 「いけない就業時間が来ちゃう!」


 と、気付き再び走り出す。門を潜り抜けて女性は古風の建物を目指して走って行く。石畳の道には多くの学生等の姿があった。女性は会う学生等に


 「お早う」


 と、声を掛けながら建物の中へと向って走って行く。

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