白陽国 1
~ 白陽国 早朝
その日の朝、外は小粒程の霧雨がサアサア…と、降り続いていた。霧雨は朝の陽光が顔を見せ始めると次第に何処かへと消えてしまう。上空には薄紫から青色へと空の色が移り変わり始めて行く。
東の空から、ゆっくりと陽の光が照らし始めて行く頃。青空が広がる上空を、大きく翼を広げて優雅に飛んで行く一羽の怪鳥の姿があった。人の身の丈を超える程の大きさがある怪鳥の背には、一人の人影が乗っている姿があった。
岩場が連なる谷間の間を怪鳥は飛んで行く、岩場の谷間を抜け出ると前方に大きな都が眼下に広がって見えた。都の先、南側を見渡すと長く伸び出た陸地が南東西を海に囲まれていた。北側には広大な平野が続き、その遥か先の北には、大きな山脈の山々の峰が連なって聳え立っていた。
怪鳥は乗り手の指示で、都周辺の上空付近少し高度を降ろして低空飛行をする。隣接し合って連なっている建物群周辺間近その上空を怪鳥は飛行して行く。しばらく飛行していると前方に古惚けた大きな時計台が見て来た。
時計台は赤茶色の煉瓦で造られていた。全体的に円形に建てられていた。怪鳥がその近くを飛行すると、時計台で働いている人が窓から顔を出して大きく手を振った。怪鳥に乗っていた者も軽く手を振る。時計台の周囲にはそれを取り囲む様に大きな広場があった。時計台のある場所を西の方角へと、少し飛行すると前方に広い敷地に囲まれた大きな建物が見えて来た。古い造りを感じさせる建物の上空へと来ると、怪鳥の飛行は弱まり中央の赤い屋根の付近まで来ると飛行を止めて赤い屋根の上に降り立つ。
怪鳥に乗っていた者は、赤い屋根の上にある広場へと降りると怪鳥を飛び立たせて何処かへと飛び去った怪鳥を乗り手の者は見届ける、広場に一人残った者は背丈が高く、長い灰色髪をしていた。長い灰色髪からは、尖った耳先が出ていた。顔は細くて長く、目の細い男性的な顔立ちだった。肌の色は、異様な灰色の肌であった。その者は、黒く長い衣装に身を包んでいた。
黒い衣装に身を包んだ者が、しばらくその場に居ると後ろから奇妙な足取りで一人の人影が現れた。その者は、黒い衣装に身を包んだ者を見ると、大声で呼びつける
「よーお、影深ではないか」
少し酔った口調で言う。
影深と、言われた者は後ろに居る者の側へと向かう。その者は年老いた男性だった、耳先が尖っていた。
「朝の空中散歩は、楽しいかい?」
と、言うと年老いた男性は酒瓶を口にする。
「貴方は朝から、酒を飲んでいられるのですか?」
「そうだよ、いけないか」
「学舎内での飲酒は控えなさい。零風殿」
「何だよ偉そうに…ここはお前の施設では無かろうが。ここで何をしようとわしの勝手だろう。それとも…このわしの命を奪い取るとでも言うのか?」
「場合によっては…」
影深は穏やかでありながら鋭く光る紫色の目で、零風と呼ぶ老人を見る。零風は影深に睨まれると、しばらく何も言えず震えた口調で
「分かったよ。場所を決めて、飲むようにするよ」
と、小声で言うとおろそかな足取りで広場から離れて行く。
影深は零風の姿が見えなくなると、フッと空気を裂くような音と共に、その場から消えた
朝の日の光は、ある大きな部屋の中の東側の大きな硝子窓からも光が差し込んできた。
その日の早朝、部屋の中は人の姿は無く、しん…と静まり返っていた。部屋の中は広々としていて大人が二十人以上入っても、まだ余裕がありそうな位の広さであった。
その大きな部屋の中、西側にある木製の扉がギイーと、少し鈍い音を立て開き扉の影から、一人、若い女性が、部屋の中へ入ってきた。その女性は背丈は低く小柄であった。肌は白く髪は黒くて長く目は大きく鼻は小さい、少し前歯が出ていた。掃除用具を両手に担ぎ部屋の中へ入ると、「お早うございます」と、部屋に入って言う。
女性は辺りを見渡す部屋には自分以外他には誰もいない事に気付く。部屋に入ると扉はバタンと音を立てて自然に閉まる。女性は室内を見渡す。天井の高さは自分の身の丈より遥かに高く背伸びをしても、とても届きそうにない程の高さであった。部屋の中は東側と北側に大きな硝子窓があり、そこから外の風景が見渡せた。南側の壁から女性の立っている西側の壁の側まで大きな本棚が幾つも立ち並びその本棚の中には難しそうな書物が何百冊も並んでいた。
女性は入口にある本棚を見た、本棚は埃が中に入らないように硝子製の扉がしてある、その扉を開けて一冊の手前の本を手にして中を見開く、そこには小さな字で書かれた難しい文章が沢山書かれていて見ているだけで気が遠くなりそうであった。女性はすぐに本を元の位置に戻した。
部屋の中央には来客用の木製で造られた、幅の大きな食台が置かれていて、その四方を取り囲むように羽毛で造られた安楽椅子があった。部屋の東側の硝子窓の手前には木製の大きな机と椅子が置かれていた。
女性は、掃除用具を置き部屋の隅から掃除を始める。一人鼻歌をしながら掃除をしていると部屋の中を一瞬、空気がフッと軽い音がした。それと同時に室内をカツカツと足音を立てて歩く音が響き渡った。
室内に突然現れた、その者は掃除をしている女性の側を通過する時に女性に一言、「お早う」と、声を掛ける。
突然後ろから声がしたため女性は「ヒイッ!」と、声を出して振り返る、その時足が躓いて転倒してしまった。
「い…いきなり現れないで下さい影深様!」
「失敬」
影深は一言そう言っただけで、女性の方を振り向きもせず、そのまま東側の硝子窓へ行き、じっと外の景色を眺める。
硝子窓から外を見ると辺りを一望出来た。遠くを見ると大きな山々の峰が連なって見える。視線を近くへと向けると町が見渡せた、町は木々の深緑さと建物の屋根の黒色が折り重なっていて長閑な風景を形作っていた。
影深はその視線の先を硝子窓から直ぐ下へと向けた。視界のその先には石畳で造られた幅の広い通り道が見えた。道の両脇には一定の幅を置いて木々が植えつけられていた。
木々は雨上がりで朝の光に照らされて光を帯びているかの様に眩いものであった。
石畳の道には人の姿は無かった。影深は無言のままその場所から身動き一つせず、立っていた。
掃除をしている女性はチラッと時折影深を横目で見たりしていた。
影深は両腕を組んで一人何か考え込んでいた。少し時間が過ぎた時石畳の道に人影が一つ見えた。
その人影は長い石畳の道を東へと向かって走って行く影深はその人影を目で追いその視線の先を見た。
人影の進む先には大きな門が見えて来た。門の両側には大きな塀が連なっているのが見えた。門の中央にはもう一つ人影らしき者がそこにはあった。
二つの人影は門のところで重なりあうしばらくの間何か話をし合っている様子でその場を動かなかった。
「……」
影深はその二つの人影を無言の眼差しでじっと見続けていた。




