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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
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はじまり 5

二人は荷物を纏めて古ぼけた民宿の玄関前に出て行く。空は既に晴れ渡り雲は遠くへと去って行った。東の空には赤い陽が昇っている。玄関前には民宿の者達が用意してくれた。鉄製で組み立てられた機械式の車があった。車は農作業用らしく後ろには荷を乗せる為の木で作られた荷台が付けられていた。


 二人は民宿で世話になった人達に別れを言うと、荷台へと乗り込む。二人が乗り込むと、車は発車を始め…長い畦道の上を走り続ける。道は今朝の大雨で地面が泥濘で、車体が酷く揺れていた。

 安定が悪く軽和は気分が酔いそうになった。そんな中…軽和は、ある事に気付き太新に話し掛ける。


 「先生、先程の異類人種の事ですが…、捕まえた者って、石を盗んだ者とは別人では無いですかね?自分は、石を盗んだ者の動きを考えると罠に掛った者は、少し動きが鈍かった様に感じられますが…」

 「ほお…お主も、そう思ったか。実は私も少し気になっていたのだ。能力が特化した者であれば、あの罠をたやすく抜ける事が出来たと思う。しかし、その罠に引っ掛かるのを考えると…石を持っていた者は、別の者に石を渡してその者が、民宿に現れたのだとも考えられる」

 「どうして、そう思っていた事を黙っていたのですか?」


 「そう言う考え方もあると言う事だな…もしかしたら石を盗んだ者であったかもしれないし…。正直、私一人の見解では何とも言えない。あの猫狸人種に直接聞かない限りは、真実は分からないものだよ」

 「そうなのですか…やはり逃がした事は失敗だったのでは?」

 「軽和よ…」

 「はい…?」

 「民宿でも言ったが、我々にとって大切な物は戻って来たのだ。異類人種に付いて調べるのは、その手の専門家達に任せれば良いのだ。あの者以外に別の誰かが居ようとも今の私達の妨げにならなければ構う事は無いのだ。それに…我々の目的は、あの異類人種を捕える事では無い」


 太新の意見に軽和は少し溜息を吐く。その後しばらく二人は会話をしなかった。

 軽和は、車に揺られながら何気なく周囲の風景を見ていた。ふと…その時、目の前に見える小高い丘の上に、二つの人影がある事に気付く。その人影を見付けた軽和は立ち上がり、車を運転している人に「ちょっと止めて下さい」と、大声で言う。


 車を運転している人は、急いで運転を止める。車が止まった事に気付いた太新は…


 「何事だ?」

 

 軽和に尋ねる。


 「あれを見て下さい」


 軽和が何かに気付き、腰を上げて小高い丘の上を指して言う。太新は目線を丘の上を丘の上へと向けた。そこには二つの人影が、こちらに向って歩いて来るが見えた。


 「おや…あれは…?」


 二つの人影達は太新と軽和に気付いたのか、跳ねる様な足取りで丘を降りて行く、まるで小石の上を飛び越える様な勢いで、二つの人影は太新達が乗っている車の近くへと来た。

 近くまで来ると、二つの人影の内、片方が見覚えのある姿に太新と軽和は気付く、それは、つい先程自分達が逃した獣人系の猫狸人種の娘だった。

 その娘の隣には、彼女よりも少し背丈の低い幼い男の子の姿があった。


 「先程は、世話になったな」


 娘は、嗄れた様な声で言う。


 「何しに来たのだ?」


 太新は、娘に向って言う。


 「こいつが…どうしても、お前達に言いたい事があると煩くて…」


 娘は隣にいた、幼い男の子を二人の前に着き出す。男の子は、娘と同じ姿の獣人系の猫狸人種だった。色違いの狐色の長い髪をして、頭部には、同じ色の大きな猫の様な耳が飛び出していた。狐色の長い尾が生えていた先端は白色だった。


 太新と軽和の前に押し出された男の子は、しばらく地面を見ているかの様に顔を俯いていたが、しばらくして二人の前に顔を上げる。見上げた顔からは、相手は十歳にも満たない子供だった。顔の男の子は、両目を大きく見開いて二人に話し掛ける。


 「お前達、その石を何処へ持って行くのだ?」


 とても幼い子供とは思え無い発言がいきなり飛び出して来た。

 太新は少し呆気に取られて、どう答えれば良いのか迷った。しばらく間を置いて、太新は男の子に向って話す。


 「私達は、これを必要とする者に、これから届けに行くのだよ」

 「それは、何者なのだ?せっかく僕が見付けたのに姉が奪ってしまって困っていたのだ。姉は、元あった場所に返すとか言って僕から持ち去った後…食い物を沢山持って帰って来たのは嬉しいが石がなくなっているのはゆるせなくて…僕は姉に、どんな奴が持って行ったのか聞いたのだ」


 (やはり、犯人は、別人だったか…)


 隣で軽和は思った。


 「君の言う発言は、どう言う意味なのかね?」


 太新は、弟を見て言う。


 「人間達の住む場所から、感じた事の無い温かみを見付けて僕が、その石を持ち主の所へと持って行こうと思ったのだ」

 「つまり…君が、あの時石を盗んだ者のかね?」

 「盗んではいない。ただ…人間達が持つ物では無い、そう思って自分が持って行ったのだ」


 男の子の発言を聞いた軽和は、異類人種の娘を見た。弟の身勝手な発言から察すると彼女の取った行為は実は善意だったのだと気付かされる。罠に簡単にはまってしまい、その後男性達から暴行を受けた事、それを考えると申し訳ない事をさせてしまったと思わされる。

 あまりもの単調な発言に、太新は少し頭を悩ませていた。


 「君は、どうしたいのかね?我々は、このまま国へと、これから帰国せねばならないのだよ。君は、それを差し止めるつもりなのかね?」


 軽和が、男の子に向って言う。


 「国とは、何処の国の事を言うのだ?」

 「浄園諸国にある、白陽国と呼ばれる国だよ」

 「それは一体どう言う国なのだ?何処にある?」

 「この国から、船で約一週間位、掛る場所だよ」

 「随分と遠いな…。何故、その様な場所に、石を持って行く必要があるのだ?」

 「『大いなる約束の為に…』、我々は皆、その一つの目的の為に動いているのだよ」


 太新が、男の子に向って言う。その言葉を聞いた男の子は、頭部にある大きな猫の様な耳を掻く。


 「その計画を立てた者は一体何者だ?」

 「創霊系ソウレイケイ冷封人種レイホウジンシュ影深エイシン様だ」


 その言葉を聞いた娘は身震いをしながら、


 「偉大な方が、後ろに御付きだったとは…」


 と、声を潜めて言う。


 「偉い者なのか?」


 男の子は、姉に向って言う。


 「いずれ、お前にも分かる時が来る筈だ。私達は、この人達の進行の邪魔立てをしてはならぬ」

 「お嬢さんの方は、影深様を知っていたのだね」

 「噂は、何度か耳にした事はある。実際に会った事は無いが…」

 「凄い者なのか?」


 男の子は、姉に尋ねる。


 「創霊系と呼ばれる方達は皆、凄い者達だ」


 その言葉に男の子は、しばらく沈黙をする。


 「さあ…森へ帰ろう。彼等の邪魔をしてはならぬ」


 姉は、弟の手を引っ張り太新達から遠ざけようとする。しかし男の子は、その場所から離れようとはしなかった。


 「錬堺レンカイよ、言う事を聞きなさい」


 錬堺と言われた男の子は、しばらく俯いていたが、やがて顔を上げて皆の前で言う。


 「僕は、この人達と一緒に、その…何とかと言う国へ行く」


 その唐突な発言に、一同は唖然とした表情をした。

 太新は、突然の言葉に驚いたが、すぐに笑顔で、


 「なかなか根性の座った少年だ。本気で、そう思うのならこちらへ来なさい」


 と、手を差し伸べる。


 「先生、良いのですか?見ず知らずの者を連れて行くなんて…」

 「彼は、自分から、行きたいと申し出たのだ。あえて我々が差し止める理由は、なかろう…。それに、お主にも言った筈だ。これから様々な出来事が起きるかもしれない…と、今回の事は全て一つの石が引き寄せた出来事なのだ。我々は皆、引き寄せられたのだよ。彼は、この石が待つ行く先を知りたいのだよ。違うかね錬堺君?」


 錬堺は、黙って頷く。


 「錬堺。お前…、本気なのか?」


 姉が尋ねる。錬堺は、姉にも向って、同じ様に頷く。それを見た娘は、黙って手を放す。


 「分かった。私は、もう何も言わない。後は自分で判断して行動しろ」

 「姉さん、悪いね…」


 錬堺は自分の姉に一言声を掛けるとヒュッと音を立てて消えた。太新と軽和は突然目の前から子供が消えた事に驚いた。次の瞬間、自分達が座っている間に錬堺が現れて、さらに二人は驚いた。


 「凄い速さだな、君は…」


 軽和は、驚きながら言う。


 「さあ…その、何とかと言う国へ行こう」


 それを聞いた太新は車を運転している者に出発するよう声を掛ける。三人の客人を乗せた車は再び走り始める。

 猫狸人種の娘は、弟を乗せて遠ざかって行く車を、見えなくなるまで、ずっと見続けていた。

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