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光源郷記  作者: じゅんとく
第2章
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緑谷島 10

 その日の晩…民宿が夕食を用意してくれて、皆は食事を呼ばれる事にした。食事は宿の主人の家族達(主人夫妻と子供二人)と、孔喜達の計八名での食事だった。

 子供達は幼い事もあってか…広間で無邪気に戯れていた。

 主人は珍しい来客者ともあって、酒を用意して孔喜達を迎えて互いに杯を交わしながら話を盛り上げていた。


 「成る程ね…今の時期に彼を家から出すのは…難しいとは思えるね。樹王の件があったから…」


 悝宇が険しい表情で言う。


 「何とか…彼を招きたいのだが…」

 「そうですね…自分の考えとしては、ここは一旦引き上げて…別の時期に、もう一度島に来て挨拶する…と、言うのはどうでしょうか?時間が掛かるかもしれませんが…無駄に日を掛けて行うよりは多少の効果はあると思いますが…」

 「成る程…ね」


 孔喜自身、その選択もありとは考えていた。しかし…それは最後の手段であって、なるべくそれ以外の方法を探していた。


 食事を終えた孔喜は、一人外に出て夜風に当たった。夜の中央樹の街並は、天然の明かりを灯び、独特の夜景を照らしていた。夜間の外出には、足元を照らす明かりを持ちながらの外出をしていた。常に自然と共存している緑谷島の人々の生活を目の当たりにして来た孔喜は、色々と学ばされる物があると…関心していた。ふと…後ろを見ると砂甜が側に来て居た。


 「相当悩んで居ますね…」

 「ああ…ここまで来て引き返すとなると…全ての計画を、また一から練り直す事になりかねない。目的の人物に会えても、それを招き入れないのは…大きな誤算とも言える」

 「そうですか…」


 砂甜は孔喜と一緒に外の景色を眺めながら話し出す。


 「実は…自分は島に来るまでは、かなりの問題児だったのですよ…」

 「ほお、それは意外だな…」


 今の穏やかな性格の砂甜には、とても想像出来ない一場面を知り驚いた。


 「この島に来るまでは、周囲に迷惑を掛けたり…他人を平気で傷つけたりしてたのですよ。親も頭を悩ませる程の自分でしたが…そんな自分に色々教えてくれたのが李幻先生でした…彼が僕を島に連れて来たのです。最初の頃は、自分は先生の言う事等全く耳を傾けずに自分勝手で居ました。けれど…そんな僕に先生は真っ直ぐに色々と指導を行っていました。李幻先生の指導は厳しくて、何時も真剣な表情で僕を見ていました。正直、こんな奴とは別れてやる…そう思って、ある日…僕は無断で宿を出て勝手に森の中に入ったのです。森の中は先日先生達も知ったように、獣達の住処で僕は獣に襲われて崖から転落して、大怪我を負い生死の境を彷徨って居ました。その時先生が僕を必死で探して見付け出してくれました。意識が戻り気が付くと病室の上で気が付いたのです。その時先生は僕を見て泣いて何度も『良かった…』と、言ってました。その時知ったのです…この人は誰よりも僕の事を真剣に思ってくれているのだな…と、僕はそれ以降…李幻先生の指示を聞く様にしたのです。口では伝えられない想いも、常に相手に接して行けば…きっと向こうも分かってくれる…。と、僕は思いますね。きっと新良君を必要としているのは先生だけでは無い筈、多分…彼も気付いてくれるかも知れませんよ。何てね…」


 砂甜は愛想笑いしながら言う。


 「そうなる事を祈ろう…」


 孔喜はそう言って、少し夜風に肌寒さを感じた。


 「今宵は冷えるな…宿に戻って暖かい飲み物を頂こうか…」

 「そうですね…」


 二人は、宿の中へと戻って行く。



 ー 翌朝


 早朝、まだ朝の早い時間…悝宇が足音を立てながら大急ぎで階段を上って来て、孔喜達が寝泊まりしている部屋の戸を強く叩く。


 「せ…先生ー、起きて下さい!」


 部屋の外で、ドンドンと、叩く音に孔喜は目を覚まし、眠い目を擦りながら部屋を開ける。


 「どうしたのだ、こんな朝早くに」

 「か…彼が来たのですよ!」

 「誰なのだ…?」

 「し…新良君ですよ!」

 「なんだ…そうなのか…」


 欠伸しながら答えた孔喜はハッと気付き「何だとー!」と、大声で言う。


 「い…今、彼は表に居ます」


 それを聞いた孔喜が急いで民宿の外に向かうと、間違いなく昨日会った少年が目の前に立っていた。


 「おお、新良君…おはよう」

 「おはようございます」


 彼は一礼しながら挨拶を交わす。


 「よく私達の場所が分かったな…」

 「流栄さんから聞きました。手続きの関係で、こちらの民宿を利用していると言って居たので…」

 「なるほど…で、今日は何しに来てくれたのだ?」

 「はい、昨日の話…先生に返事をしたくて来ました」

 「ほお…そうか、して君の答えは?」

 「永連に行きたいと思います」

 「なるほど、嬉しい言葉ではあるが、しかし…君の母親は、それは望んでいないかもしれない…」

 「自分から母親を説得します」


 意外な発言に孔喜は驚いた、昨日の出来事から一変、一体何が彼を動かしたのか…孔喜はその心境を知りたくなった。

 広間に彼を招き、悝宇は妻に頼んで暖かい飲み物を三つ用意させた。孔喜と向かい合わせに新良は椅子に座り孔喜を見ていた。


 「昨日は…君の母親に追い出されたのだが…何故君が、ここへ来たのか教えてくれるかな?」

 「夢を見ました…」

 「ほお…それは?」

 「自分は夢の中で父と一緒に狩りをしていたのです。そして父が僕を抱いて、こう言ったのです。『自分は他に選ぶ事が出来なかったから、猟師になったんだ。お前は…お前の信じた道を進むと良い。お前を探して必要としている者が居たら、それに応えてあげるのだ…』と、僕に言って来たのです。だから…僕は先生に会いに来ました」


 夢の中の出来事とはいえ…彼の亡き父が言った言葉は正に孔喜に対しての意味でもあり、いずれは失われた光を取り戻す事にも繋がる。夢の中に現れた彼の父親に孔喜は感謝したくなった。


 「君の真意を見せて頂き感謝する。では…今から母親に一緒に挨拶しに行こう」

 「はい」


 そう言って孔喜は部屋に戻り衣服を着替えて、新良と一緒に家に向かう。昨日母親に追い出されたばかりの家に向かった二人…家に入ると聖美がソワソワした表情で、家の中にいた。


 「あれ…お母さん、どうしたの?」

 「あ…新良、何処へ行ってたのよ…探したわよ」


 ふと…視線を隣に向けると孔喜の姿を見て、聖美は新良を見つめる。


 「あの人を連れて来たのね?」

 「うん、僕の決心は着いたんだ」

 「そう…実はね、お母さんも…お前に言いたい事があったのよ」

 「え…何?」

 「夢の中で、お父さんが出て来てね…私にこう言ったのよ『お前は、我が子が大きく羽ばたこうとしているのに、どうしてそれをさせないのだ…新良は、これから大きくなっていくのだぞ…』ってね。私…お父さんに怒られちゃったわ」

 「僕も夢の中で、お父さんを見たんだ。一緒だね」

 「そうね…」


 母、聖美は孔喜の側へと行く。


 「昨日は失礼な行為を見せて申し訳ありませんでした」


 聖美は昨日とは違った振る舞いで、孔喜に対して深く礼を申し上げた。


 「こちらこそ、いきなりで申し訳なかったです…して、息子さんの入学に関しては?」

 「はい、是非ともお願い申し上げたく思います」

 「かしこまりました。では…その様に手続きをさせて頂きます…」


 孔喜は深く頭を下げて聖美に言う。新良が永連の入学を了解した事に驚いた理亜は、新良に向かって言う。


 「何で永連に行くなんて決めたのよ、少しは家の事も考えなさいよ!」

 「ごめん…どうしても、行かなければならないみたいで…」

 「それで…何時戻ってくるのよ?」

 「それはちょっと、分からないな…」

 「帰る日が決まったら、ちゃんと連絡するのよ」

 「分かったよ」


 理亜は涙を堪えながら新良を見つめていた。


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