緑谷島 9
流栄は、聡悸達のトビトカゲの側まで来て足や体を眺めて…爪を見た。
「相当走って来たね、しばらく休ませた方が良い。中央樹には何日位滞在する予定ですか?」
「条件が整い次第出発します」
孔喜が流栄に向かって言う。
「2~3日、お預かりしても良いでしょうか?」
流栄はトビトカゲの体を撫でながら言う。
「何故でしょうか?」
「この子達は大分疲れています。休ませてから出発させるのが良いですよ、そうで無いと事故にも繋がります」
孔喜は砂甜や聡悸を見た。
「そうですね…ここまで急いで来たし、この辺で少し滞在しましょう」
「では…僕と朗戒君で宿を探して来ます」
「え…何で、僕が?」
「君が、一番暇そうにしているじゃない。ほら…荷物持って」
「ええ…!」
二人は荷物を持って宿を探しに出掛ける。
「じゃあ…申し訳無いですけど、トビトカゲを頼みます」
「分かりました。責任を持って預かります」
孔喜と砂甜は流栄に礼を述べて借家を離れて行く。
借家を出て直ぐ近くに一本だけ幹の上にある一軒だけの家が見えた。
「曽信殿が教えてくれた通りだな…」
「そうですね…」
孔喜が家へと近付こうとすると、砂甜はその場で止まって動かず孔喜を見ていた。
「どうしたのだ?」
「私は案内の役で来たので…後は先生に任せます」
「そうか…」
「先生…」
「どうした?」
「ここの家には他とは違う空気が感じられます。お目当ての方は間違いなくここに居る筈ですよ」
「分かった…」
孔喜は笑みを浮かべながら砂甜を置いて家へと向かう。目の前の木の橋を歩き、細い道を進み家へと近付く。
家の前に着くと…孔喜は玄関の戸を軽く叩いた。
「はい…どちら様でしょうか?」
家の中から女性が現れた。女性は見慣れぬ姿の男性を見て不思議そうな表情をする。
「あの…何か、ご用で?」
「あ…初めまして、私は広望にある学舎永連の学園長を務めます、孔喜と言う者です」
「はい…その学園長が家に何の用ですか?」
「貴女様のご子息新良君に会いたいのですが…」
「あの子なら、今は狩りに出ています」
「新良がどうしたのー?」
家の奥から少女が二人出て来た。一人は十代過ぎで、もう一人はまだ幼い感じの子だった。
「何か分からないけど…こちらの人が会いたがっているわ…」
「永連て聞こえたけど…」
「そうよ…永連の学園長だって」
「新良は、そんなに頭良くないし勉学も悪いのに…何で永連の人が来るの?」
少女の言葉に孔喜は顔を上げて言う。
「我が学舎は、才能を重視しております。勉学が乏しくても、才能豊かなら入学させます、とりわけ新良君に着いては…私自身が特別に入学させたいと思っております」
「あの子を連れて行くと言うのですか?」
「はい」
「お断りします。我が家は主人を失って今は、生活が厳しいのです。彼を連れて行かれると、私達は生活が困難になります、失礼ですが…お引き取り下さい!」
「貴女達の事は存じています、しかし…我々としても彼が必要なのです!」
「他を当たって下さい、息子は絶対に貴方なんかに渡したりはしません」
新良の母聖美と孔喜が話しあっている中、家に一人の少年が現れた。
「ねえ…家の前の橋の所に変な人が立っていたよ。あれ…こちらの人は?」
孔喜は目の前に現れた猟師の服装をして獲物をぶら下げて現れた少年を見た。背丈は少し低く、目の色は茶色で、髪は黒くてクセッ毛のある少年だった。彼は孔喜を見て不思議そうな表情を浮かべていた。
「も…もしかして、新良君かね?」
「あ…はい、そうですが…」
孔喜は新良の前に頭を下げて言う。
「お願いがある。君に是非とも試させて頂きたいことがある、どうか協力をして欲しい!」
「はい、何でしょうか?」
「奥様、今から彼を試させて頂きます。彼が我々の探している人物で無ければ、直ぐに立ち去ります、それで宜しいでしょうか?」
「分かりました、で…何を試されるのですか?」
孔喜は鞄を持ち上げて、蓋を開き中にある石を皆の前に見せる。
「こちらにある石です。お母さん…まずは貴女が触って見てください」
「はい…?」
石は聖美が触っても何の変化も示されなかった。
「では…新良君に触って頂きます。彼が我々の探している人物でなければ…今と同じ様に何の変化も現れない筈です。では…新良君これを触って頂きたい」
「僕が…ですか?」
新良が石に触れた瞬間、石はピカッ!と、目映い輝きを放った。それは家の中を激しく照らした。まるで家の中に太陽が現れたか…と思う程に激しく光る。その光景は外で待っていた砂甜にもわかる位に目映かった。
「おおっー!」
「ちょ…ちょっと、何この石は?」
新良は慌てて石を鞄の上に置く。
孔喜も、これ程までの輝きとは知らなかった。影深からは「石を触れば…多分光る…」と、聞いていたので、蝋燭程度の明かりを予想していた…。結果、想定以上の輝きに孔喜自身…唖然とした表情を隠しきれず新良を見ていた。
「わあ…光る石だー」
麗友が興味持って石に触るが石は何の反応も示さなかった。
「あれぇ…何で光らないの…?」
「し…新良君…」
「はい?」
「君は、選ばれし者である。今…この石が光った事が…その証明、是非私と一緒に永連に来て欲しい」
「え…?」
孔喜が新良を見て話していると聖美が二人の前に現れて、孔喜を睨み付ける。
「失礼ですが、もう帰って下さい…こんな変な事で息子を惑わす事は辞めて貰えますか?」
聖美は鞄を孔喜に渡して、そのまま家から追い出す。
「ちょっと、お母さん…」
「心配しなくても大丈夫、あんな奴に貴方の将来を左右させたりはさせないわ」
孔喜は気落ちした表情で家を離れる。橋の前で待っている砂甜を見て、孔喜は首を横に振った。
「お目当ての方は…やはり駄目でしたか…」
「ああ…彼を連れ出すのは予想以上に困難だ…家族が我々との関係に水を差して来る。これでは…何を言っても無駄になる、何か別の方法を考えないとならない…」
孔喜は家を眺めながら呟いた。
「今日の所は引き揚げて、別の手段を考えましょう…」
砂甜が言うと仕方無く、その意見に従う事に決めた孔喜は中央樹の方へと歩き出す。
少し歩いていると「先生~」と、孔喜を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえて来た。周囲を見渡すと目の前の小さな民宿の様な場所に朗戒が立って、手を振っていた。
「おお…朗戒、そこに居たか…」
孔喜と砂甜は彼の元へと歩いて行く。ふと…朗戒の隣を見ると、見慣れない男性の姿があった。
「はて…こちらの方は?」
そう言うと、朗戒よりも若干背丈のある人物は、孔喜に向かって一礼する。
「初めまして学園長先生。自分は…こちらの民宿を営んでいる悝宇と言う者です」
「あ…どうも、初めまして」
悝宇と言う人物は、少し肌黒く、目が細く、クセッ毛の黒髪だった。見た目三十代過ぎの貫禄ある人物であった。
「先生は中々、良く出来た生徒をお持ちですね?」
「はい…?」
孔喜は少し自分の耳を疑った。
「本来なら…家の民宿は予約制で、入居は限定なんですが…朗戒君の話に自分は心打たれました。彼の様な人物であれば…何時でも気軽に利用させてやりたいと、そう思っております」
「そうですか…?」
孔喜は、朗戒が民宿の男性に何を言ったのか、少し気掛かりだったが…今回は彼のおかげで野宿せずに一夜を過ごせる事に感謝した。
「どうぞ中へ…」
悝宇が先に民宿の中に入って行く、それを見計らって孔喜は朗戒を引っ張り、自分の近くに寄せて話す。
「お前…あの人に何か言ったのか?」
「え…別に、何も言って無いけど…」
「それにしては、随分とお前を高く評価しているじゃないか?」
「ま…まあ、ちょっと…あの人を褒めたら、泊まって良いよって、言ってきてくれたんだよ」
「そう…なのか?」
「そうだよ」
孔喜は、彼と一緒に島に来て、ほぼ…足手まといの様だと思われていたが…意外な場面で彼の才能を知った。
「早く民宿へ入りましょう、聡悸君が中で待ってますよ」
民宿は、宿の主人悝宇が言ってた通り小さな宿であった。入り口にある広間は一般的な宿よりも小さく、二〇人程来たら座る場所は無くなりそうな感じだった。宿には食堂が見当たらなかった。広間で食事をする…と言う様な感じだった。
孔喜は、郎戒と一緒に階段を上がって二階へと向かう。二階には部屋が三つだけしか無く、その一つ…中央の部屋が利用出来る部屋で…彼等が部屋に入ると聡悸が部屋の中に居て孔喜達を待っていた。
「お帰りなさい先生…どうでしたか?」
その言葉に孔喜は首を横に降った。
「駄目でしたか…」
聡悸は残念そうな表情をする…。
「曽信さんが指摘された人物が、先生の探している方ではあったようですが…」
砂甜は、そう言いながら孔喜を見ると…孔喜は残念そうな表情をしている。
「まだ終わった訳では無いですよ、必ず別の方法で彼を引き寄せましょう」
砂甜が言うと、孔喜は笑顔で「そうだな…」と、答える。しかし…彼には手段が見当たらなかった…。




