緑谷島 8
ー 翌朝
旅支度を進める一行は、異類人種の里の人達から水や食料を分けて頂いた。
「すみません…一夜の宿を貸して頂いた上に、食料までお分けして貰うとは…」
それを聞いた女性の異類人種は笑いながら答える。
「構いませんよ、貴方達は浄創様を復活させようとしているのでしょう、あの方を復活させる為なら、この程度の協力では物足りない程です。何よりも…この島に皇竜人種様の生まれ変わりがいて、一緒に住んでいた…それだけでも私達は名誉だと感じています」
「そう言って頂けると嬉しいですね」
孔喜は微笑みながら答える。
ふと…孔喜は視線を横に向けると、砂甜が現れるのに気付く。その側では昨夜怒って砂甜に平手打ちをした彼女が、嬉しそうに彼の腕を掴みながら一緒に歩いていた。
「じゃあ…僕は、彼等と一緒に行くから待っていてね」
「分かったわ、帰って来たら式を挙げるのよ、良いわね?」
「うん、約束する」
そう言って砂甜は孔喜達の場所へと向かう。
「随分仲が良くなったな」
「ええ、一緒になろう…て言ったら許してくれました」
「そうか…」
孔喜は砂甜を見て微笑んだ。
出発時、聡悸が李幻に目的地の場所を聞いているが…どうも場所が今ひとつ分からない様な感じでいた。
「現在地って…この地図上では、どの辺になるのですか?」
「この辺だけどね…」
李幻が指で示したが…聡悸には、その位置が分からない…。
「どの辺まで進めば、表通りに出られますか?」
「普通に歩けば…半時くらいかな…君達の乗り物なら、そんなに時間は掛からないよ」
そう…話している中、砂甜が二人の前に現れる。
「宜しければ表通りまでは、自分が先導しましょう」
「そうして頂くと助かります。下部からだと今ひとつ地形が判らなくて…」
聡悸の言葉に砂甜は軽く笑みを浮かべる。
「では…準備をして出発しましょう」
砂甜が言うと、皆は出発の為の準備を行う。準備が済むと全員それぞれのトビトカゲの鞍に跨がり、休んでいたトビトカゲを起き上がらせる。
「気を付けてね」
里に見送りに現れた異類人種の人達が手を振る。孔喜や朗戒は皆に手を振った。ふと…孔喜が周囲に目を向けると族長達も見送りに来ていた。
「ほお…、族長まで見送りに来るとはな…」
「それだけ、貴方に皆が期待をしているのですよ」
砂甜はトビトカゲの手綱を握りながら前方を見て言う。
「昨日見たいな獣は、もう…出て来ないよね?」
朗戒が震える声で聡悸に言う。
「どうでしょうね、この島には、まだ古代の生物がウヨウヨしている見たいですよ」
「ヒイィー…やめてくれ、おいら本気で怖いんだ…」
砂甜は周囲を見渡して、準備が良いと判断すると聡悸を見て出発の合図をする。
「行きますよ!」
「了解!」
二頭のトビトカゲは勢い良く走り出した。
走り出して直ぐに里は見えなくなった。風を切る早さで、トビトカゲは下部の森の中を駆け抜けて行く。前方に見える木々を抜けて、深緑の道なき道を進んで行く。
里に居る時は朝の陽光の日差しがあったが…下部の中では日の光が無く、まるで闇の中に居るような雰囲気があった。
「この先…上へと向かいます!」
砂甜は、大声で朗戒に言う。
「了解!」
素早い動きの中、朗戒は大声で答えた。
目の前の木々をトビトカゲが爪を立てて登って行く。
木々を伝って登って行く途中…真横に大きな野獣が木の上に居て、トビトカゲに気付くと、ガオオォーッと、大きな雄叫びを上げた。
「大丈夫です、威嚇しただけですから」
砂甜は皆に向かって言う。
砂甜の言葉通り野獣は追って来る様な気配を見せなかった。
木を登って行き、枝から枝へと二頭のトビトカゲは飛び移る。やがて彼等の前方に人が作ったと思われる木の道が現れて、トビトカゲは、その場所に出る。巨大な樹と樹の間に作られた道の上に着くと、皆は一安心する。その場所で一旦休憩を取る事にした。
休憩中…聡悸は周囲を見渡す。僅かながら周囲の視界も見えて、現在地が何となく分かるようになって来た。
「ふ…む、大体地形が分かってきたよ…」
聡悸が何となく呟くと、孔喜が近くに来て言う。
「現在は、どの辺かな?」
「目的地まで、直ぐ近くですよ…それよりも、あれを見て下さい」
聡悸が指した方を見ると、山の上に突きだした大きな黒い屋根が見える。
「あれは一体…?」
「樹王の樹ですよ…この位置からも確認出来るほど大きな樹です」
聡悸が少し声を潜めて言う。
「危険な場所なのか?」
「とても危険です、特に樹の側まで行って、生存して帰って来た者は少ない程です」
昨日の晩…砂甜から聞いた話を思い出した。
「しかし…守り神であるのに、危険な場所とは何とも皮肉な話だな…」
「安易に立ち寄らなければ安全です…。しかし、ひとたび樹王の怒りに触れると非常に危険であります」
「諸刃の剣と言う…場所なのだな」
孔喜は溜息交じりに居う。
「そろそろ出発にしませんか?」
砂甜が二人の側に来て言う。
「そうであるな…樹王の事よりも我々には、すべき事の方が重要だしな…」
皆は出発の準備を行い、再びトビトカゲを走らせる。下部の頃とは違い、作られた道は走り易く、これまで以上に早く進めた。
途中…人とすれ違ったり、民家の前を走ったりした。島に着いた時の浜辺から…下部などの光景を目にした孔喜は、中央に向かうに連れて大分、森の中が賑やかになっている事に気付く。通り道にも明かりが灯されていて、活気を感じさせる雰囲気が伝わって来る。
更に森の中を進むと、別のトビトカゲを操る人を見付けたりした。深い森の中を抜けて出ると、こうも多くの人達と出くわすのか…と、孔喜は思った。
本来なら浜辺から半日あれば中央樹まで着けると聞いていたが…予想以上に時間を費やす旅になり、ようやく目的の場所まで少しの距離となった。
聡悸が森の中を先導して進んでいる時だった。後方で孔喜と砂甜を乗せているトビトカゲが急に立ち止まった。
「ウワッ!」
突然二人は驚き叫んだ。彼等の声に気付いた聡悸がトビトカゲを止めさせて、二人を乗せたトビトカゲの場所に戻る。
「疲れが出て来ている見たいですね」
聡悸が話していると、トビトカゲが調子を取り戻し動き始める。
「予定よりも長い距離を走ったので、少し疲労を感じ始めた見たいです。ここから先はゆっくり進みましょう。目的地も遠くないので…」
聡悸はそう言うと、それまで勢い良く走っていたのを辞めて、木の道をゆっくりと歩く感じで進み出す。…ある地点まで来ると聡悸は周囲を気にし出し、砂甜を呼び止めた。
「砂甜、この辺で止まって!」
「近くまで来たのか?」
「はい。ただ…この辺は流栄がトビトカゲを飼育している場所で…」
聡悸が言葉を続けようとした時、目の前に少年が現れて、目を大きく見開いて大声で言う。
「コラーッ!お前ら、この辺はオイラ達の縄張りだぞー、勝手に入るな!」
嗄れた声で言いながら少年はトビトカゲに向かって近付いて来る。
「ご…ごめん利空、悪気は無いんだ」
「なんだ聡悸か…ん、客を乗せているの?」
「そ…そうなんだ、新良君に会いに来たのだけど…」
「何で新良に会うんだ?」
「ちょっと、色々と事情があってね」
「良く分からないな…。それにしても、お前達のトビトカゲ随分疲れているな、ウチの借家で少し休ませると良いぞ。家は直ぐ近くだし…」
そう言って利空は近くの借家を案内させる。
「親父…玄礼さんのトビトカゲ少し休ませて貰って良いかな?」
「ん…何で玄礼さんのトビトカゲが来るのだ?」
そう言うと、目の前に二頭のトビトカゲが現れて、さらに聡悸の姿も見付ける。
「おやおや…これは、島の観光巡りですか?」
「まあ…ちょっと、それに近いですね…」
聡悸は愛想笑いする。




