緑谷島 6
「我々は…狙われています」
聡悸は深刻そうな表情で言う。
「今の火で獣に気付かれました。一刻も早く、この場から立ち去らないと大変危険です」
緊迫した空気の中、孔喜は声を潜めながら言う。
「どう言う事なのだ?話の内容が見えて来ないのだが…」
「この森には獣が住んでいるのです、とてつもなく大きな奴等です。急いで逃げないと凄く危険ですよ」
砂甜が言い終える直後に、何処からともなく「ウオオー…」と、大きな呻き声が聞こえて来た。
「急いで逃げますよ、皆さん逃げる準備をして下さい」
砂甜はピーと指を鳴らして鳥を呼び、上空を飛んでいた鳥を近付けさせて手の上に招き寄せると、何か話して直ぐに何処かへと飛ばす。
「準備は出来ましたか?」
砂甜はトビトカゲの鞍に跨がり命綱の鍵を掛ける、それを確認した皆は一斉にその場を飛び出す。
彼等が逃げ出すと同時に周囲に隠れ潜んでいた獣達の群れが一斉に飛び出して来た。
それを後ろから見ていた朗戒は「ひええ〜!」と、涙声で叫ぶ。
追いかけ狭って来る獣達は皆、人の身の丈を越える大きな生き物達であった。もし…仮に今、鞍から落ちて彼等に捕まれば生きたまま奴等のエサになる事は間違い無さそうであった…。
獣の群れは原生林をなぎ倒しながら突進して来る。
「急いで!早くしないと、オイラはアイツ達の腹の中に入っちゃうよ〜」
「目を閉じて下さい!そして祈るのです、自分は安全だと」
「自分は安全…。自分は安全…。彼等のお腹の中でも安全?ダメだ、悪い方に考えてしまう…」
勢い良く走るトビトカゲ達が、森を抜けて僅かに草木が生い茂る場所に出た時に前方から見慣れ無い獣に跨った男性の姿に気付く。
彼は勢い良く孔喜達の方へと走って来る。
「急いで川辺へ!」
大声で砂甜に言うと…自分は森の方へと向かい、手にしていた木の杖を地面に突き刺して「カアッ!」と、大声で念じる。
すると目の前に見えない結界が張られる。
それと同時に獣達がズンッ、ズンッ!と音を立てて結界にぶつかり、自分達の進行が妨げられた…と、大声で唸り声を上げる。
「これで良し、これ以上は奴等も追っては来ない」
男性は、安心して孔喜達の方へと向かう。
「助かりました李幻先生」
李幻と呼ばれた男性は砂甜よりも体が少し小さく、孔喜達と同じ身の丈の男性で角耳が目立っていた。
「アレに追われてしまうとは災難だったね君達」
李幻は笑いながら言う。
「ねえ…もう大丈夫なの?」
朗戒は震えながら言う。
「そのうち諦めて去って行くでしょう。まず結界を打ち破る事は無いです、この辺一帯は他の者達の結界も有るから安全です」
そう言って後ろを見ると獣達が諦めず、こちらを見ている姿があった。
騒ぎが落ち着くと李幻は砂甜に近付き、彼等の言語で何か会話する、会話が終わると李幻は孔喜の方を見ながら皆に向かって話す。
「まあ…とりあえず里へ行きましょうか、我々の里は近くなので…」
李幻は孔喜達を誘って里へと案内する。
一行は命を救われた李幻の誘いで下部にある小さな集落へと向かう事にした。彼と会った場所から、それ程距離も離れていない場所に目的地があり、李幻が戻ると大勢の異類人種達が出迎えて来た。更に見慣れ無い客人達が現れると、興味深々で大勢の者達が現れて来る。
集落に入る前に李幻が一行を立ち止めさせた。
「皆さん、ちょっと村に入る前に並んでください」
トビトカゲに乗っていた孔喜達は降りて李幻の指示に従い、一列に並んだ。
次の瞬間、李幻が呪文を唱え眩い光が彼の両手から発せられた。皆は立ち眩みする様な感覚に襲われたが…しばらくして、元の状態に戻った。
「これで良し、では…行きましょうか」
何事も無かったかの様に李幻は、皆を先導させて集落の中に進む。
「今のは…何だったのだ?」
孔喜は砂甜に訪ねる。
「ここは私達の里です。人間達が普通に里に入ったら私達の村人との会話は出来無いです。その為…あらかじめ里に入る前に意識の疎通が出来る呪文を掛けてから里に通す様にしてるのです。ただ…滅多に村に人間達を客人として迎える事はありませんが…。余程の要人で無い限りは…」
砂甜は、そう言いながら孔喜を見る。
「そ…そうか…」
少し照れながら孔喜は答えた。
巨大な樹の根元付近に建てられた民家が建ち並び、夕暮れ時でもあり、不思議な発光で集落の灯を照らしている。様々な姿の異類人種達が集落に集まって食事をしたり、用事をしたりして集落を行き来する姿があちこちで見られた。
「宜しければ孔喜殿…我等の族長とお会いになって頂けますか?」
「そうですな、助けて貰った恩もあるし、お礼を申し上げなければならないですな…」
ふと…その時、孔喜は囁かな疑問を感じた。
「私は…まだ自己紹介をしていなかった筈だが…何故、名前を知っているのですか?」
その言葉に李幻は微笑みながら言う。
「貴方は有名人ですよ、少なくとも我々の間では貴方の事を知らない方はいないしょう…」
妙な気分のまま孔喜は李幻に連れられて、里にある中央の大きな屋敷の様な建物へと連れて行かれる。少し風変わりな公会堂の様な場所に行くと李幻が一礼して建物の中へと入る。孔喜も一礼して建物の中に入ると、そこは大きな広間になっていて、周囲には長いヒゲを生やした異類人種の長とも思える人物達が顔を揃えて座っていた。皆…全員角耳で、背の大きな者からかなり小さな者まで…数名いた。
「族長様達…孔喜様をお連れ致しました」
李幻は一礼して言うと、そのまま孔喜の後ろまで下がる。
「初めまして孔喜殿」
そう口を開いたのは、広間の上座に座って中央に居る人物であった。他と比べると、若干年齢を感じさせるが…それでもしっかりしていそうな雰囲気を漂わせる。
「初めまして」
孔喜は数歩前に進み、族長に向かって深く礼を交わして相手を見て感じた。少し長く延びヒゲを生やし、キリッとした風格を見せ付けている。
(成る程…族長として、周りを纏め上げられるのも出来るな…)
「貴方とは前から一度、お会いしたいと思っておりました」
「お招き有り難うございます」
「学舎永連の学園長を務めながら、その一方で異類人種達との関係をも保つ方…永連でも過去に類を見ない功績を抱きながらも、我等との関係を深める真意を尋ねたいのであるが…聞かせて頂けるかな?」
「はい…私の真意はただ一つ、広世に失われた光を取り戻す事、その一点に着きます」
「それは…?」
「創霊系浄創人種の復活です」
その言葉に周囲にどよめきが走った。
「あの方を復活させるなんて…」
「可能であろうか…?」
「無謀な計画と…周囲の者達には笑われております…しかし、こんな私に冷封人種の影深様も協力して頂き、色々と準備を整えて行って来ました。心ある者達の協力を集めて『大いなる約束の為に』を…合い言葉に私達は動いております」
「そうであったか…」
族長は、目を閉じて頷く。
「もし…ご迷惑でなければ、鞄の中にある物を我等に見せて頂けますか?」
「かしこまりました」
孔喜は鞄の鍵を開けて…フタを開き大事に保管してある石を族長達の前に見せる。
「オオ!これが、かつて…あの方が誕生した時に使われた…と言われる石なんですね…」
「はい、かつて広世に存在していた…と言われる、幻獣系皇竜人種が誕生する時に使われた石と同じ素材の石です。数千年に一度見つかる貴重な石です」
周囲は驚きとざわめきに溢れた。族長達とは別の場所に居る人物が孔喜に話し掛ける。
「この石を持って島に訪れた理由は何ですか?」
「はい、この皇竜人種の能力を引き継いで誕生した人物が、いわゆる生まれ変わりの者が、この島に居ると思われるので…探しに来ました」
「成る程…しかし、我等異類人種は、不思議な関係を感じ取る事が可能であり、少なくとも…貴方が探している人物に適応する様な輩はいないと思えるが…」
「残念ながら…その能力を持っているのは、人間の子なのです」
「何と…人間の子に!」
「何故人間の子なのだ?」
周囲は驚いた口調が響き渡る。
「成る程…人間の子なのか…」
周囲が驚き喚く中、一人穏やかな口調で答える人物が居た。




