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光源郷記  作者: じゅんとく
第2章
36/42

緑谷島 5

 陽が少し上り始めた頃、皆は二頭のトビトカゲの前に揃っていた。トビトカゲは足を折って休ませていた。背中の上には大人が二人乗る程の大きな鞍が取り付けられ、その後方には大きな荷物が乗せられていた。


 玄礼は孔喜に向って、念の為再度確認を行っていた。確認し終わると孔喜と朗戒の両者の腰に、先端に金属製の錠が付いた太い紐を巻かせる。


 「これって何ですか?」


 朗戒が、準備を整えてくれる男性に向って問い掛ける。


 「落下防止の為の、命綱です」


 男性は、何のためらいも無く答える。


 それを聞いた朗戒は孔喜に向って…


 「先生、こんな危険な乗り物止めましょうよ、何かあったら、どうするのですか?」


 と、慌てた素振りで言う。


 「ここまで準備を進めておいて、今さら『やっぱり止めます…』とは行かないであろう」


 そう言いながら既に孔喜は自分が乗る、トビトカゲの側へと行く彼の片手には、黒い革製の鞄が握られていた。それを見ていた聡悸と言う男性が「それも、後ろへ積みましょうか?」と、一声訪ねて来ると。


 「いや…結構。これは自分が持っています」


 と、孔喜は答える。


 相手の反応を見て、聡悸はそれ以上何も言わなかった。


 孔喜はトビトカゲの側で待っていると、自分の反対側では朗戒がトビトカゲに乗るのを激しく拒んでいた。砂甜と玄礼が、嫌がる彼を取り押さえて男性がトビトカゲの鞍に錠を取り付けさせた。「これで、もう嫌でも逃げられないぞ」と、玄礼が言う。


 「そんな…」


 と、朗戒は涙を流しながら言う。

 泣いている朗戒の元に瑠葉が来た。


 「お兄ちゃん、もしかして…こわいの?瑠葉は、はじめて乗った時へいきだったよ。トカゲさんにしっかりつかまっていれば、だいじょうぶだよ」


 「朗戒よ小さな子に慰められていて恥ずかしくは無いか?」


 準備を待っていた孔喜が、離れた場所から話し掛ける。


 「だって、怖いのは怖いのだから、それは仕方無い事でしょ」


 と、少し涙目で答える。


 砂甜と聡悸の準備が整うと、二人はそれぞれ自分達が乗るトビトカゲに向う、孔喜は聡悸の後ろの鞍に跨る。朗戒は砂甜の後ろの鞍に跨った。それぞれ準備が整うと、二人の乗り手は手綱を握り締めてトビトカゲを起き上がらせる。


 勢い良く起き上がるトビトカゲを体感した孔喜は驚いた。


 「ほお、これは凄まじいな…」


 聡悸が孔喜を見て話し掛ける。


 「今から出発すれば、途中休憩を入れても、昼までには中央の村まで行けます」


 聡悸は孔喜に向って言う。


 「そうか…よろしく頼むよ」

 「では、出発します」


 聡悸は合図をする。二頭のトビトカゲは、乗り手の指示に従い広い庭を、ゆっくりと進み始めて行く、少し前進すると前方に広大な風景が見渡せる崖に立ち止まる。


 「無理ですよ、これ以上先へは進めない引き返しましょう」


 朗戒は、皆に向って言う。


 「大丈夫ですよ。トビトカゲにとって、この位の崖なんて平気ですから…。それよりも、お客さん、走っている最中は出来るだけ口を閉じていてください。舌を噛むかもしれませんから…」


 と、聡悸は朗戒に向って言う。


 「では、行きましょうか」


 砂甜の一言で二頭のトビトカゲは勢い良く、崖を飛び降りて行く。激しく勢いのある風を彼等は体で感じ取った。

 二頭のトビトカゲは勢いのまま崖を飛び降りて行く。垂直に落下したトビトカゲはいきいきお勢い良く途中の岩山に足を突かせて、体の態勢を整えながら反動を利用して、更に崖下を目指して落下を繰り返して行く。

 激しい風を体に感じながらトビトカゲに乗っている四人は、目の前に広がる巨大な森林の木々の中に吸い込まれて行く様な不思議な感じがした。


 広大な森林の中へと進み込むと、視界は既に陽は真上に来ている筈なのに辺りは薄暗く、空気は冷えていた。薄気味悪い森の中を、トビトカゲは、速度を落とす事無く突き進んで行く。巨大な木々の枝から枝へ…、時には大きな岩を飛び越えて、二頭のトビトカゲは乗り手と乗客を降り落とす事無く、目的地を目指して進んで行く。


 広大な森の中、乗客達を乗せて走り続ける、トビトカゲ達は深い森林の中を走り続けていた。


 乗り手にトビトカゲの手綱を任せて孔喜は後ろの座席から前方を見ていた。激しく勢いのある脚力で、森林の中を突き進む感じは、とてもこの世の物とは思えない気がした。自分達は動物の背に跨っているものの、風に逆らって森林の中を駆けて行くのを体で感じ取っていた。


 目の前を横切る巨大な木々の枝が動いているかの様に見えていた。川辺の上を飛行している鳥の群れを見た時、鳥の群れが川辺の上で静止している様に錯覚してしまう気がした。孔喜は改めて今…自分達は時間に逆らって動いているのだと言う、その行為に気付かされる。


 (便利な乗り物…か)


 広望でも日常は機械式の自動車を足変わりにして、普段から学舎の送迎用に使用してはいるが、カタカタと音が煩く、大した速度では走っていない。走行中は振動のせいで書き物がしづらく本も読みづらい事を思い出される。便利ではあるが何か物足りない物を感じさせられる。


 (あれは、あれで良いのかも…)


 と、孔喜は自分に言い聞かせる。


 数時間後…しばらく森林の中を飛び続けていたトビトカゲ達を、彼等は小川付近で休ませる。二頭のトビトカゲ達は小川の水を飲み、疲れた身体を休ませる。


 乗客として長い時間鞍に跨っていた孔喜と朗戒は、乗り慣れていないせいか少し腰に痛みを感じていた。


 「如何ですか…始めてトビトカゲに乗っての旅の気分は?」


 砂甜は、冷めたお茶を器に注ぎながら孔喜に尋ねる。


 「予想以上に体力が伴う旅であるな」


 孔喜は、苦笑しながら答える。


 「始めての方としては、立派な意見ですね」


 聡悸は、真顔で言う。


 「そうかな…」と、答える。

 「少なくとも、初心の方で長距離乗ると多くの方は彼の様になりますが…」


 と、聡悸が呟く。孔喜は…ふと視線を横に向ける。


 一同が寄り添って座っている場所より少し離れた位置に、朗戒が一人放心状態で寝転がって呆然と空を見つめていた。


 孔喜は腰を上げて朗戒の側まで行く。「ほら…飲め」と、持っていた。お茶の入った器を朗戒に手渡す。


 「ああ…、どうも」


 孔喜の姿に気付いた朗戒は、お茶を受け取り少し啜る様に飲み始める。


 朗戒の姿を見て孔喜は、活躍出来無い助手に深い溜息を吐く。孔喜が顔を俯かせて考え込んでいる時に砂甜と聡悸の二人が目の前に来た。


 「休んでいる処、申し訳ありません」


 砂甜が孔喜に話し掛ける。


 「どうしたのだね?」

 「じつは…先程から周囲で何か気配を感じていまして、私と聡悸君と一緒に、ちょっと周辺を見回して来ますが宜しいですか?」


 その問いに孔喜は迷う事無く「ああ…、構わないよ」と、答える。


 「分かりました。では…しばらくの間、その場を動かないで下さい。あと…周囲に感づかれる様な目立つ行為は、なさらい様に気を付けて下さい」


 そう言って砂甜と聡悸の二人は、木々が生い茂る森の中へと進んで行く。


 二人が森の中へと行ってから、しばらく時間が経過した。周囲はしんと静まり返り野生の生き物の鳴き声が聞こえてくる。静かな時間の中、放心状態だった朗戒がようやく調子が戻って来たのか起き上がり出す。


 「先生、腹減りませんか?」

 「お主…そう言う時は、ちゃんと身体が動くのだな」

 「こんな乗り物に乗っているのだから、体力が必要でしょ」


 そう言って荷物の中から食糧を取り出す。乾燥した果物を見付けると、すぐに口にくわえる。他に生肉を見付けて袋を取り出し孔喜の側まで戻ってくる。


 「火を焚きましょうか?」

 「こら、今は止めておいた方が良いぞ」


 と、孔喜は答える。


 「大丈夫ですよ」


 何を根拠に言っているのか孔喜は理解出来なかった。止める間も無く朗戒は木の枝を集め、孔喜の近くで火を起こし始める。


 砂甜の注意を聞いていた孔喜は、朗戒の行動に呆れかえって見ていた。生ものを焼き始めると灰色の煙が立ち上り始めた。


 「良い具合に焼けていますよ~」


 その時、茂みの中から素早い勢いで砂甜が飛び出して来た。彼はすぐに焚き火を足で消す。その時、朗戒が持っていた食べ物が地面に落ちて土が付いた。


 突然の出来事に朗戒は、砂甜に向かって


 「ちょっと何をするのだよ、せっかく美味しそうに焼けていたのに」


 砂甜は朗戒を見るなり「声を出さないで」と、手を差し伸べて言う。砂甜の後を追うかの様に、聡悸も茂みの中から現れる。

 「どうしたのだ?」


 孔喜は不思議そうな表情で二人に言う。


 「我々は…狙われています」


 聡悸は深刻そうな表情で言う。


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