緑谷島 4
―翌朝…早朝
周囲はまだ、しん…と静まりかえっていた。遠くから小鳥達の朝の歌が聞こえてくる。朝早くに目を覚ました孔喜は寝室を抜け出し、表に出て外を見回す。目の前に広がる山々や周囲に広がる木々は、うっすらと朝霧に覆われていた。まるで上空から世を見下ろしている様な景観さを孔喜は感じた。
目の前の広大な自然を肌で感じている中、何処からか人の話し声が聞こえて来る事に孔喜は気付く。その話し声が、飼育場辺りから、聞こえて来る様であり孔喜は少し気になり始めて飼育場へと向かい始める。
飼育場を覗くと玄礼と若い男性の姿があった。若い男性は跪いて頭を下げて玄礼を見ていた。
「本当に申し訳ありません。何度も相手には説得したのです」
「言い訳は聞きたくない。聡悸よ…お主は他に乗り手となる人物には、結局見付けられなかったのか?」
「…はい…」
聡悸と呼ばれた男性は、少し間を置いて小声で答える。
相手の返事を聞くと、玄礼は深い溜め息を吐く。険しい表情で、玄礼は腕を組みその場から一歩も動かずに、考え深そうに立ちすくんでいた。
二人の話を物陰から聞いていた孔喜は、今…玄礼の側に行くのは場が悪いな…と、判断して飼育場から離れて建物の側へと戻る事に決める。建物の入口まで戻って行くと坂を誰かが上って来るのが見えた。
坂を上って来る人物は、自分の身の丈位あるかと思われる荷物を、担いで建物を目指して歩いて来た。孔喜は、その並外れた体力のある人物が何者なのかと思ったが、荷を担いでいる時に、わずかに見え隠れしている赤色の髪で、それが砂甜と言う異類人種である事に気付く。
彼は建物の入口付近まで来ると「よいしょ」と、一声掛けて担いでいた荷を下ろす。荷を下ろした砂甜は孔喜の姿に気付くなり…。
「おや…お早うございます」と、何気に挨拶をする。孔喜も「お早う」と、挨拶を返す。
しばらくして、ふと何かに気付いたかの様に孔喜を見て…
「あれ?先生…昨日のうちに出発を、なさらなかったのですか?」
その言葉に孔喜は、首を軽く横に振った。
「ああ…乗り手が不足していたらしく、昨日のうちの出発は無理だったのだよ…今も飼育場で店の主人が頭を抱えているようだがね…」
「そう、だったのですか…」
砂甜は表から飼育場へと向かって行く、孔喜も後を追うように付いて行く。裏側の飼育場では玄礼が、柵に背を掛けて相変わらず考え込んでいる様子であった。砂甜は、そんな玄礼の側へと行き「お早うございます」と、声を掛ける。
それに気付いた玄礼は「おお…砂甜君来ていたのかね、お早う」と、少し慌てた表情で答える。
彼の後方に孔喜の姿を見ると「じ…実は、今凄く忙しくて」と、口籠る様な言い方をする。
「乗り手が見付からない様でしたら…、自分が代理をしても良いですが…」
砂甜は、玄礼に向って話す。
突然の発言に、孔喜も驚いた表情を隠せなかった。
「そんな、君…トビトカゲに乗った事は、あるのかね?」
「はい、勿論あります。少なくとも下手な乗り手を選ぶよりは、自分は自信あります」
その表情から、かなり自信がある様に思えた。
「しかし…浜辺からの荷の運びは一体どうするのだね?」
「大丈夫です。仲間に応援を呼びます」
砂甜は、そう言うと指を口に当て、ピィーと口笛を吹く。すると上空を飛んでいた一羽の鳥が彼の肘へと舞い降りて来た。肘に止まった鳥に砂甜は何か不思議な言葉を口に話し掛けている。言い終わると、彼は鳥を上空へと飛ばせる。
「少し待っていて下さい、頼れる仲間がこちらへと来てくれますので、さて…仲間が来るまでの時間の間に出掛ける準備をしましょう。先生、お連れの方を呼び起こして来た方が宜しいのでは?」
孔喜は突然の協力者に、立ち止まったままで自分の事に気付かされる。
「ああ…そうだった。うっかりしていたよ」
と、急いで建物の中へ入って行く。
東から陽が昇る頃、一同は準備を整え終わっていた。建物の前には二頭のトビトカゲが並べられ二頭の背には、旅行用の荷が取り付けられていた。砂甜と、もう一名の男性が出発の準備を整えていた。朗戒は、寝起きの状態でトビトカゲに寄り掛かり欠伸をしていた。
玄礼は孔喜の話を聞いていた。
「とりあえず、しばらくの間は里塾と村の中心部の往復を利用する事になります。目的次第では深部周辺を、周る事になるかもしれませんのでその辺のご理解をお願いします」
「小さな島とはいえ…深部まで行くとなると、かなりの日数は要します。予定としてはどの位を目安にしますか?」
「そうですね…予定としては二週間の予定で、利用させていただきます。何らかの事態が発生しない限りは、その日程でお願いします」
「分かりました。では、その様に取り次いで置きます」
二人が話し終わる時、突然突風が吹き荒れて来た。表に居る人達は皆、何が起きたのかと驚きながら周囲を見回す。前方に広がる森の奥から、もの凄い勢いで男性が現れて来た。彼は空を飛ぶような俊敏さで砂甜の側へと降り立つ。
突然現れた男性は、灰色の短い髪をして、耳は長く飛び出て、耳先が尖っていた。少し険しそうな表情をしていた。背丈は砂甜よりも、少し大きかった。見た目からして男性は砂甜よりも少し若かった。男性は砂甜と何か話し合う。
「玄礼さん、彼がしばらくの間、私の代わりに浜辺からの荷の運びを任せてくれると言っています」
それを聞いた玄礼は見慣れない相手に対して「彼で大丈夫なのかね?」と、言い返す。
「体力の事なら心配はありません。彼の力は私より上ですから…。ただ…若いせいもあってか、まだ人語が、上手く話せない部分がありますので、その辺ちょっと学習が必要になりますが、まあ…その辺の事は多めに見て下さい」
「ふむ…分かった、君がそう言うのなら任せて見よう」
それを聞いた砂甜は若い男性に話し掛ける。話を聞いた男性は玄礼の側へと行き…
「ヨ…ヨロシク、オネガイシマス」
と、少しぎこちない言葉で話す。
「こちらこそ」
男性は玄礼を見て、手を差し伸べて握手を申し出て来た。玄礼は相手の申し出に答える様に、手を差し伸べて、握手をする。その時、男性の握力が強かったせいか、握った瞬間強く締め付けられる様な痛みが走った。
「いっ、痛い!こら、放せ!」
と、玄礼は大声で叫び出す。
陽が少し上り始めた頃、皆は、二頭のトビトカゲの前に揃っていた。トビトカゲは足を折って休ませていた。背中の上には大人が二人乗る程の大きな鞍が取り付けられ、その後方には大きな荷物が乗せられていた。




