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光源郷記  作者: じゅんとく
第2章
34/42

緑谷島 3

 坂の上に戻った彼等は建物の中にある食堂へと入って行く、砂甜に背負われた朗戒は、食堂にある椅子の上に下ろされる。皆は食台の上に用意された食事を食べ始める。


 食事が終えて空腹が満たされると、皆は穏やかな表情へと移り変わる。食後のお茶をすすりながら、孔喜は外を見る。午後の眩しい日差しが建物の中へと入ってくる。


 孔喜が寛いでいると砂甜が側へ来る。


 「孔喜殿、自分は夕刻の便が来る頃なので浜辺に戻ります」

 

 と、一言伝える。


 「そうか…何かと世話になったな。有難う」


 ふと、後ろを振り返り朗戒を見ると、彼は椅子を並べて横になって鼾を掻きながら眠っていた。二人は表へと出て行く。


 「最も礼を言うべき者が、あれでは…」


 孔喜の呆れた表情を見て、砂甜は微笑みを浮かべて何も言わなかった。


 「では…良い旅をして行って下さい」


 砂甜は、そう伝えて素早い足取りで建物から遠ざかって行く。孔喜はその光景を眺め続けていた。砂甜が出て行った後、玄礼が側へと寄り話し掛けて来た。


 「失礼ですが、お客さんは、どの位の期間トビトカゲをご利用する予定ですか?」


 その質問に孔喜は、少し腕を組みながら考え込み


 「もしかしたら、長期的になるかもしれない…」

 「そうですか…そうなると二頭は必ず必要ですね」

 「なるほど…」


 「乗り手も二人は必要ですな。しかし…誠に申し訳ないですが、今現在乗り手もトビトカゲも頭数が不足していまして、待つ事になりますが…それでも宜しいですか?我々としても、すぐに貴方達に協力してやりたいのですが…仕事柄先客順にしたり、運搬物を届けたりしなくていけないので、こればかりは、どうしようも無い事です、出来るだけ早くお客様に提供出来る様心掛けていますので、ご理解願います」


 「構いません」と、孔喜は答える。


 少し時間が出来たと思うと、孔喜は荷物の中から紙と筆を取り出して、食台の上で書き物を始める。書き物を行っている間に次第に陽は暮れ始めて行く。しばらく書き物を行っていると瑠葉と言う小さな女の子が、子供のトビトカゲを抱きながら、孔喜の近くへと来て不思議そうな表情で孔喜の行っている姿を見ていた。


 「ねえ、なにをしているの?」


 瑠葉は興味深そうに尋ねる。


 瑠葉の言葉に気付いた孔喜は、笑みを浮かべて、


 「これは、小父さんの仕事だよ」

 「かわった、おしごとだね」

 

 と、瑠葉は言う。


 「まあね…」


 そう答えて孔喜は再び、紙に向って筆を走らせる。その時、ふと…ある事に気付いた孔喜は皮製の黒い鞄を取り出す。


 「ねえ…お嬢ちゃん、ちょっとこっち来てくれないか?」


 瑠葉を手招きする。


 「なあに?」


 側に来た瑠葉を見て孔喜は、皮製の黒い鞄を開いた。中には一つの灰色の石があった。まるで何かの爪の様な形にも見えた石を、孔喜は幼い子供に見せた。


 「これを触って見てくれないかな?」


 そう言われて瑠葉は石を手に取る。孔喜は、じっと息を呑んで見ていたが、しばらくして「有難う」と、溜め息交じりに答えて瑠葉から石を返してもらい、石を皮製の鞄の中へと大事にしまう。


 瑠葉は、不思議な表情を浮かべて見ていた。

 孔喜は再び紙に向って筆を走らせ始める。夕日が近付く頃、外で何か話し声が聞こえて来た。玄礼が誰かと話しをしている様子であった。


 「何だって!」


 玄礼の驚いた様な、声が建物の中まで聞こえて来た。


 やがて玄礼が若い男性と一緒に建物の中へと入って来て「参ったな…」と、呟いていた。


 玄礼の表情は強張っていた。食台の椅子へと腰を下ろすと「何とかならないのか?」と、若い男性に向って聞く。


 「以前乗り手をしていた方を、尋ねて見るしか無いですね」

 「では、すぐに声を掛けに行ってくれ。こっちだって時間が限られているのだ」

 「分かりました」


 そう言って若い男性は、すぐに建物を後にする。若い男性が出て行ったのを確認すると、玄礼は、頭を抱え込んでいた。まるで一人で絶望の淵をさ迷っているかの様にも思えた。食台の上で書き物をしている孔喜は、物事の経緯は分からないものの状況から判断して、あまり良くない展開だと感じ取れた。


 頭を悩ませていた玄礼は、ようやく決心が着いたのか、孔喜の居る場所へと来る。その表情は、何処か暗そうな雰囲気が漂っていた。


 「お客さん、大変申し訳ありませんが…。トビトカゲを利用なされるのを明朝まで待って頂く事にしてもらえませんか?家で雇っている乗り手の一人が怪我をしてしまい。今…動く事の出来ない状況なのです」


 話を聞いた孔喜は、白髪の髪を少し掻きながら


 「まあ…怪我などで動けないのは、仕方の無い事ですな…。分かりました明日まで待ちましょう」


 「有難うございます!今夜は、この建物の二階にある宿を利用して下さい。奥に二階へと上がる階段があります。上ってすぐの部屋をご利用下さい」


 玄礼は、嬉しそうに言う。


 話が決まると玄礼は、すぐに外へと出て行く。その後ろ姿を見ていた孔喜は、それまで行っていた書き物の手を止めて、腕を組み一人で考え事を始める。


 この島に来た時、予定の日数を超える事は覚悟はしていた。しかし…島に来て、すぐに予定外の事で自分達の行動を足止めをされてしった事に、孔喜は少し苛立ちを感じ始めていた。


 やがて、それまで寝ていた朗戒が起きる。腕を伸ばしながら体を起こすと


 「ふああ…良く寝たなあ。ああ…腹減った…」


 と、呟きながら大きく伸びをする。


 朗戒は周囲を見回し孔喜を見て「あれ?先生、出発は、まだなのですか?」と、一言声を掛ける。


 「明朝まで待つ事になった…。今夜は、ここで一晩過ごす事になる」


 と、孔喜は不機嫌そうな声で答える。


 「そうですか、それはまた厄介な事になりましたね」


 と、朗戒は答える。その表情からは困った雰囲気が漂わず、むしろ…それを楽しんでいる様にも思えた。


 それを見ていた孔喜は、不審そうな眼つきで朗戒に話し掛ける。


 「お主、平然と構えておるが…この状況の中、何か別の事を企んでいる訳ではなかろうな?」

 「そんなこと無いですよ。ここの食事が美味しくて。また食事が出来て嬉しいなんて…そんな事全く思っていないです」


 朗戒は、うっかり自分の本音を口にしてしまった事に気付き、孔喜を見ると、もの凄い形相で朗戒を見ていた。


 「朗戒!お前、そこにある荷物を全て二階へ持って行け!」


 孔喜は大声で怒鳴り散らす。


 「はい!」


 朗戒は慌てて返事をして急いで荷物を二階へと運び始める。


 その日の晩、孔喜と朗戒は皆と一緒に食事を取る事になった。食堂には玄礼の母子と付近に住む人達。そして…孔喜達と同じ様に、その日足止めされた人達の姿が数人見られた。


 夕食を終えると孔喜は外の空気を吸いに表に出る。空は薄暗く遠くで獣の鳴き声が響いて来る。孔喜が一人でいると後ろから誰かが近付いてきて声を掛ける。


 「夜の外出は危険ですよ」


 振り返ると、すぐ側で玄礼が立っていた。


 「気分が落ち着いたら中に入るよ」


 孔喜の表情を見て、玄礼は、笑みを浮かべて側へ近付き話し掛ける。


 「先生の専門分野は地理ですか歴史考古学ですか?」

 「専門分野等はありません。まあ…指しあたって言うなら語学が得意ですかね…。本を読むのが好きで、これまでに十万冊以上の本を読みました」


 「成程…」


 玄礼は、頷きながら答える。


 「どおりで言葉使いが上手だと思いました。それにしても、方の様な方が、この島に来られた要因と言うのは、何か目的があっての事でしょう?島で何か探索でもなさるのですか?」


 「探索と言うよりも…。人探しと言った方が正しいかもしれません…。ある人物からの情報で、その対象となる人物がこの島に居ると知って来たのです。ただ…詳しい事までは知らされていません…。ですので…我々は、その者がどの様な人物で何処に住んでいられるかは具体的には知りません。一つ分かっているのは、その者が…この島に住む者で年齢は十代位の者と言う事位です」


 「少々厄介ですね。もう少し具体的に知っていれば、探しやすかったかもしれませんのに…。もし…仮に探している人物に出会えたとして…その時は相手の方を連れて行かれるのですか?」


 「勿論、相手の両親の了解を得た形で、その方を連れて行きます」

 「そうですか…探している人物と早く出会えると良いですね。明日、朝早くには私の部下が誰か乗り手を連れて来るかもしれませんので今宵は早めに休んで下さい」


 玄礼は笑みを浮かべながら言うと、そのまま建物の中へと入って行く。


 孔喜は一人その場に残ってしばらく夜空を見上げていた。上空には無数の星達が煌めいていた。


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