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光源郷記  作者: じゅんとく
第2章
33/42

緑谷島 2

 坂道を上り終えた先に、わずかに広がる平地へと辿り着いた。平地から少し先へ進むと、その先には切り立った崖があり、崖の向こう側には広大な景色が広がって見えた。前方には、まるで巨大な生き物が、地の底から現れたかの様に見える大きな樹が山の遥か向こうまで連なって立ち聳えている。


 平地のすぐ側には、わずかな面積を上手く利用して木材で作られた建物があった。横長の建物の入口付近に砂甜の姿があった「どうぞ、こちらへ」と、孔喜を手招きするかの様に先へと進んで行く。


 孔喜は、砂甜を追うかの様に建物の中へと向かう。中へ入るとそこは訪れる人が休憩出来る様な構造に作られ…外から入ってすぐの場所が食堂になっていた。周囲を見渡すと、椅子と食台が幾つか並んでいた。


 食堂には小舟で一緒に島に来た人達の姿が数人あった。周囲には付近の人と思われる人達の姿もあった。食堂に集まっている人達の多くは、世間話をしている人達や本を読んでいる人、椅子を重ね合わせて、横になって寝ている人等が居た。


 食堂の奥には注文を受けて、調理をしている人の姿があった。


 「そちらの空いている椅子に、腰掛けて待っていて下さい」


 砂甜は孔喜に側にある椅子を指して言う。


 「何処かへ行くのかね?」

 「ここの主人を呼んできます。先程…自分が表の庭を見渡した時、トビトカゲの残っている姿が少なかったので、ここの主人に会って話をしてみようと思いまして…、ひょっとしたら村に着く時間の遅れが考えられますから…」


 「そうかね…何もそこまで、我々に気を使わなくても良いのだが…。せっかくだ私も会って話をして見たいと思うので、同行させてもらうよ」

 「分かりました…そのようにお考えなのであれば、一緒に行きましょう」


 砂甜は一礼をする、二人は奥にある部屋へと進んで行く。


 奥へと通じている通路は、少し薄暗く道幅も狭く、一人通れるのがやっとだった。少し進むと前方に明かりが見えて来た。二人は、その道を抜け出る。視界に眩い光が差し込み、目の前には、広い敷地が広がっていた。敷地にはトビトカゲが十数頭程放し飼いされていた。周囲は大きな柵が設けられていた。


 広い敷地の片隅にトビトカゲの体を洗っている、五十代過ぎの男性の姿があった。砂甜は、その男性の近くへと行き「こんにちは、玄礼さん」と、一声掛ける。


 玄礼と呼ばれた男性は、砂甜の方へと振り返り「おお、こんにちは砂甜君」と、挨拶する。


 「君がこの時間に来るとは珍しいな、何か用事でもあるのかね?」

 「お客様を連れて来ました」


 それを聞いた玄礼は、砂甜の後ろに居る年老いた男性を見て…


 「これは…これは、気が付かなくてすみません」


 と、孔喜の側へと歩み寄り一礼をする。

 玄礼が一礼をすると、孔喜も礼を交わす。

 孔喜は周囲を見渡して、玄礼に話し掛けた。


 「いきなりで申し訳ありませんが、こちらに居るトビトカゲは全て飼育用ですか?」

 「飼育というか…この周辺に居るトビトカゲの多くは、子供達が多いですね。体格の小さいトビトカゲは、まだ子供です。あと現役を去った物や、怪我をして治療している物。妊娠している物等、現場で活躍出来ない等のトビトカゲが多いです」


 「成程…」


 そう言って、孔喜は近くに居るトビトカゲを間近で見てトビトカゲの体を触る。


 「立派な足の筋肉であるな…、このトビトカゲ一頭で人は、何人位乗せられるのかな?」

 「基本的に大人は一人ですね。前に案内人が乗り後方にお客様を乗せます。その後ろの余った空間に荷を乗せます。この乗せ方は旅行用に扱っている全てのトビトカゲ飼育場に居る物皆同じです。ちなみに子供を乗せるのでしたら二人位は乗せてられます」


 「そうですか…」


 孔喜は返事をしながらトビトカゲを見ている。


 「失礼ですが、お客様はお一人ですか?」

 「いや、もう一名連れの者が来ていて…」


 言葉を言い終わらないうちに、敷地の柵の隙間を潜りぬけて背丈の低い小さな子供が駆け寄って来た。子供は息を切らしながら、父親の玄礼の側へと走って行く。子供は、髪は短めで、大きな目をしていた。子供の後を追うように小さなトビトカゲが一頭付いて来た。


 「おや、どうかしたのか瑠葉るは血相を変えて…」

 「父ちゃん、あっちで人が倒れていたよ」


 と、瑠葉と言う子は建物の外を指して言う。

 その言葉に孔喜と砂甜は顔を見合わせる。


 「それは大変だな急いで助けに行かねば…瑠葉、母ちゃんを呼んで来てくれないか?」

 

 と、玄礼は慌てた様子で言う。


 「うん、分かった」


 と…言って、瑠葉と言う名の子は走って行く。孔喜は子供が去って行く後ろ姿を見ていた。


 「失礼ですが、ちょっと持ち場を離れる事になったので、話はまた後ほどと言う事でもよろしいですか?」


 と、玄礼が言うと…。孔喜は手を差し伸べて玄礼に話し掛ける。


 「多分、貴方のお子さんが見たと言う人物は、私の知り合いかもしれません…」


 その言葉に玄礼は、不思議そうな表情を浮かべる。


 「それは、どう言う事でしょうか?」

 「まあ…何と言うか…。その…ここに来る前に、ばてたのだと思われます」


 その言葉を聞いて玄礼は少し考え込み、孔喜を見た。


 「貴方のお知り合いか、どうかは分かりませんが…とりあえず私はその場所まで行ってきます」


 玄礼が敷地を出て行こうとした時、砂甜が近付く。


 「宜しければ、私も同行します」

 「君も来てくれるのか、嬉しいよ」


 と、玄礼は答える。


 「私も、同行します」


 孔喜も砂甜に続いて言う。


 「分かりました。では行…きましょう」


 話が決まると三人は敷地を出て、建物の中を通って外へと向かう。空はまだ午後の日差しが照りつけていた。


 建物から出て、すぐ坂を下った辺りを見ると瑠葉と言う子が言っていた通り、人が倒れている姿が見えた。それを見た孔喜は、その者が着ている衣服を見てすぐに何者なのか検討が付いた。


 玄礼が「大変だ、すぐに助けねば!」と、数歩進んだ時だった。


 「ちょっと、待って下さい」


 孔喜が横から呼び止める。


 「どうしたのですか?」


 玄礼は、振り返る、あまりに落ち着いた態度の孔喜を見て、不思議な表情を隠せなかった。

 ゆっくりとした歩みで、孔喜は、倒れている男性らしき人の側まで近付き…


 「こらッ朗戒よ、何時までその場所で寝ているつもりなのだ?」


 孔喜の言葉を聞いた朗戒は、嬉しそうな表情で顔を上げて「先生~、来てくれたのですね」と、笑みを浮かべながら言う。


 「お主の行動は分かっておる。そうしていれば誰かが助けに来てくれると言う魂胆であろう」

 「そんな…酷いな…こっちは本当に歩けないのに…」


 二人の会話をしている中、玄礼が側へ近寄って来た。


 「あの…そちらの方は、大丈夫なのでしょうか?」

 「まあ…歩けない様であるが…、一応元気はあるらしい」

 「そうですか…」


 玄礼は、戸惑いながら答える。彼等が話し合っている最中、後方から瑠葉と大人の女性が急いで近付いて来るのが見えた。女性は右手に治療用の荷物を抱えて走って来た。


 「貴方、怪我人は…そちらの人?」


 女性は慌てた口調で尋ねる。


 「その様だったが、そんなに深刻になる程の事でも無い様だ…」


 玄礼は、妻に向って言う。


 「そう…だったの…」


 妻は少し安心したかの様に落ち着いた表情を見せる。


 「申し訳ない、この様な輩で…」


 孔喜は周囲の人達に向って頭を下げる。


 「いや、怪我がなくて何よりです」


 砂甜は朗戒の側へと近付き「立てますか?」と、声を掛ける。


 「疲れていて、これ以上は無理だよ」

 「では…私が背負って行きましょう。私の背中に乗って下さい」


 砂甜は朗戒に自分の背中を向けて朗戒を背負い始める。


 「何かとすまないね…」


 孔喜は、朗戒の側へと近付き彼の片方の耳を引っ張る、


 「痛いよ、先生」


 嫌がる朗戒に対して、孔喜は囁くような声で…


 「お主…少しは、自分の恥とかをわきまえろよ」

 「とりあえず皆さん私の店へ行きましょうか。そこで食事を用意致しますので寛いで行って下さい」


 一同は再び坂を上り始めて行く。


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