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光源郷記  作者: じゅんとく
第2章
32/42

緑谷島 1

 二年半前…明天暦三二七年六月頃 〜緑谷島


 午後の眩しい日差しが照りつける砂浜、止まない波の音、周囲を海に囲まれた孤島の陸の上には、天を突き刺す様に伸びている、巨大な木々が立ち構えていた。その日、島から少し離れた海辺に一隻の大きな船が停泊していた。


 周辺に港は無く。船の停泊は少し目立つ様な感じであった。大きな船から、一隻の小舟が下ろされ前方に見える島へと向って行く。


 島の直ぐ側の砂浜には、一人の背丈の大きい男性らしき姿があった。


 小舟が浜に近付くと男性らしき人が、海辺に出て小舟の側へと近付き逞しい体で小舟を浜辺の上へと、引き寄せる。男性らしき人は、背丈は大きく、長い髪をしていて、髪の色は赤かった。長い赤い髪から、わずかに尖った耳先が見えた。


 小舟に乗っていた数人の人達は、荷を両手に抱え込み小舟を降りると、海辺から急いで砂浜を駆け上がって行く。


 数人の人達は皆、波打ち際から少し遠ざかると、安心したかの様な表情で互いの顔を見合せて「やっと着いたな」などと言いながら笑い合う。

 浜辺に居た背丈の大きい人は、数人の人達を見て「ようこそ緑谷島へ」と、一言声を掛ける。


 数人の人達の中で一人、少し年老いた感じの男性が浜辺を見渡す。老人は長い白髪で、顔にシワがあった。彼は赤い髪の男性を見て言う。


 「君…ここから村の中心部までは、どの位の距離があるのかね?」


 その問いに対して赤い髪の男性は…


 「そうですね…この浜辺から、そのまま下の森の中を潜って歩いて行くと…大人の足で、三日位で村の中央へと着けます。今からなら夕刻までには、すぐ近くの集落場へと辿り着けます」


 と、赤い髪の男性は皆の前で説明を行う。


 その言葉を聞いて、一緒に居た人達の中で紺色の制服に身を包んだ若い男性が、飛び起きるかの様に、年老いた男性に向って…


 「え、そんなにかかるの!そんな事僕は聞いていないよ」

 と、若い男性は叫ぶように言う。


 「うるさいなお主は…。彼は今さっき歩いて行く…と、答えたであろう。つまり他にも交通手段は、あると言う事であろう」


 その言葉に赤い髪の男性は笑顔で頷きながら答える。


 「お見事、正解です。この先の丘の上に旅行用に育てられているトビトカゲの貸出し出来る場所があります。そこでトビトカゲを使えば、大した時間を使わず目的地へといけます。詳しい説明等は管理している方と会って聞いて下さい」


 老人は浜辺に置いてある、自分達の荷物のある場所へと向かう、周囲を見渡すと一緒に浜辺に来た他の人達の姿は既に無かった。彼は旅の友である若者の側へと行く「ほら…行くぞ」と、声を掛ける。若者は首を横に振って、腰を下ろしたまま動きそうに無かった。


 「先生ばかり、荷物が少なくてずるいですよ」

 「何を言っておる。お主の持っている、荷物は全て私物ばかりであろう」


 二人の会話を聞いていた赤い髪の男性は側へと近付き二人に声を掛ける。


 「もし…宜しければ私が建物まで荷物を持って行きますが…。いかがでしょうか?」

 「え、そうなの?悪いでしょう、そんな事頼んでしまっては」


 と、言いながらも、若者は赤い髪の男性の側に荷物をまとめて置く。


 「こら、何をしておる。こちらの方はまだ他にも仕事とかが、あるかもしれないのだぞ失礼では無いか」


 老人は、若者に向かって言う。


 「構いません。今日は、この後夕刻まで時間は在りますので、荷を運ぶ程度の手伝い位なら出来ます」


 赤い髪の男性は、三つ程ある荷物を軽々と持ち上げて老人の方を見て


「良かったら、貴方の荷物を、一緒に持って行きますよ」


 その言葉に老人は、「いや、私の方は、大丈夫だ」と、答える。老人は右手に持った皮製の黒い鞄を大事そうに抱え込み、左肩に大きな荷物を担ぐ。


 「そうですか…では、丘の上まで行きましょうか」


 赤い髪の男性は、二人を案内するかの様に歩き始める。


 「さあ、行くぞう!先生も早く来てよう」


 若い男性は二人を見ずに、勢い良く丘の斜面を駆け上って行く。


 丘を上って行く二人は、しばらく会話も無く歩いていた。周囲は、なだらかな斜面が長く続いていた。辺りは、巨大とも言える樹林が、行く手を遮るかの様に生い茂っていた。丘の斜面を上って行く人達は見えてくる木々を、右へ左へと木々の間を縫うかの様に、歩き続けなければならなかった。


 周辺には野鳥の鳴き声と、何処から聞こえてくるのか分からないが野生動物の鳴く声が響いていた。


 険しい坂道を上り続けている三人達は、しばらくの間無言で歩き続けていた。赤い髪の男性と距離の近い老人は、それまで長い事無言であったが、二人の沈黙を破ったのは赤い髪の男性だった。先頭を歩き続けていた彼は自分のすぐ後ろを歩く老人を見て…


 「驚きましたね。荷を背負いながらも私の後を付いて来られるとは…。日頃から体を鍛えているのですか?」

 「そうでも無いが、仕事柄あちこちへと行く事が多くて…」

 「そうですか…」


 赤い髪の男性は、笑みを浮かべる。


 「時に、お主…」

 「何でしょうか?」

 「先程から気になってはいたのだが…お主は見た目からして、鉄皮人種の混血かと思うが、いかなる系列の者なのか?」


 その言葉に赤い髪の男性は、少し立ち止まった。老人は気まずい質問をしたかと、思われたが少し間を置いて、赤い髪の男性は振り返って老人に向って言う。


 「素晴らしいですね。私を見て、すぐに鉄皮人種の混血だと、すぐに分かった方は貴方が初めてです。正直驚きました」


 「左様か、少し嬉しいかな…。私も不思議に思っていたのだよ。鉄皮人種は本来、人語を話さないのが特徴的なのだが…。お主は浜辺へと、わし等が来た時から皆の前で普通に会話をしているので、最初は、どの種族か見分けが付かなかったのだよ。しかし…その並外れた体力を見て、多分鉄皮人種だと感じたのだよ」


 と、孔喜は話し掛ける。


 「その通りです。私は鉄皮人種の父と、妖幻人種の母との間に生まれた混血の子であります。両親は、この島には住んではいません。自分は若い頃に両親と別れて、この島に来たのです。ちなみに私の本来の主要系列は、緑人系の繋がりが濃いので、緑人系と言われます。ですが…人型系妖幻人種の能力も多少得ています。異類人種法ではあまり好ましくありませんが…」


 「ふむ…。確かに浄園諸国全土指定の異類人種法では、複数もしくは多様性に富んでいる者に対して、どれか一貫するよう定められているからの…」

 「異類人種に付いて詳しいのですね」

 「まあ…仕事柄、色々と知る必要があっての…」


 赤い髪の男性は笑みを浮かべて、老人を見る。しばらく間を置いて赤い髪の男性は、老人に向って口を開く。


 「貴方と会話をしていると面白いですね。せっかく、この機会にお会い出来たのに見知らぬ人だった…のでは、あまりに勿体ない気がします。せめて名前を聞かせて頂けませんか?自分は砂甜と言います」

 「私は孔喜と言う。清豊半島にある学舎の学園長をしている者だ、よろしく」


 孔喜は、一礼する。


 「成程…。どうりで、いろいろと詳しい訳ですね。ところで…あちらに居る方は?」


 砂甜は立ち止まって後方へと目を向ける、それにつられて孔喜も後方へと目を向ける。自分達より遥か後ろには、木の枝を杖代わりにして斜面を登っている若者の姿があった。


 「彼は朗戒と言う者だ。一応、私の助手として来ているのだが…」


 孔喜は溜息交じりに言う。

 わずかな時間の間に、気が付くと。砂甜、孔喜の二人の立ち位置は朗戒より遥か前方の場所へと進んでいた。


 「先生~…少し休みましょうよ…」


 と、朗戒と言う名の若者は力無い声で言う。


 「何を言っておるのだ、お主は…。唯一手ぶらで歩いているであろう。早く来い」


 孔喜は、怒鳴る様な言い方をする。


 「そんな事を言っても…。こんなに長く歩くとは思っていなくて…」


 朗戒は、ふらつく様な足取りで坂道を歩き続ける。


 砂甜は、荷を担いだまま歩き続ける。孔喜も、彼を追うように坂を上り続けた。


 遠くで朗戒の力無い声で「先生~…」と、叫ぶ声が聞こえてくる。


 二人は朗戒の力無い言葉に耳を傾けず、坂道を上り続けた。しばらくして砂甜は何かに気付いたかの様に足を止める。少し後ろを歩いていた孔喜は、どうしたのか?と、彼を見る。


 砂甜は孔喜を見て坂の上を指して「あちらに見えるのが、トビトカゲを飼育している建物です」と、笑みを浮かべて言う。坂の上には、横長の小さな建物が見えて来た。


 「成程…」


 孔喜は頷きながら答える。


 「あの建物の中には、休憩場所や食事が出来る場所も用意してあります。彼にも良いかと思われます」と


 砂甜は遥か後方に見える、朗戒を見て言う。


 「まあな…。とりあえず我々だけでも、あの場所へ向かおう。わしも少し疲れたのでな」

 「はい」


 そう言うと、二人は坂を上り進んで行く。


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