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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
23/42

三年前 14

 「ちょっと、どうするの?」

 「理亜は、案内を頼むよ」

 「え、何?」


 やや戸惑いしながら理亜は新良に連れられて行く。二人は目の前の借家の中に沢山いるトビトカゲの場所へと来た。全てのトビトカゲが、まだ借家の中で繋がられている状態であった。理亜は、その場所に漂う空気と、雰囲気が受け入れられなくて顔をしかめてしまった。


 「私、こう言う所あまり好きじゃなくて…」

 「じゃあ…どうするの?」


 新良の言葉に、理亜は答えられなかった。


 二人が話し合っている時、借家の奥の茂みから一つの人影らしき者が現れた、その人影は新良の姿に気付くと陽気な声で話し掛けて来る。


 「よう…新良、お早う今日は随分と早起きだな。おや…?珍しいな理亜がここへ来るなんて」


 茂みから現れたのは流栄だった。


 「お早うございます」


 新良は、挨拶を交わす。


 理亜も「お早うございます」と、軽く挨拶をする。


 「どうしたのだ?お前等二人共こんな朝早くからこの様な場所へ来て、しかも二人共何か何時もと表情が違うぞ」


 その言葉に、新良は流栄に話し掛ける。


 「お願いです流栄さん、今すぐにトビトカゲを一頭僕達に貸して下さい」


 熱心な新良の言葉に、流栄は不思議そうな表情をした。


 「別に貸すのは構わないが…一体どうしたと言うのだお前達?」

 「今は、とにかく急いでいるので後で話します」

 「残念だけど、そう言う理由では君達に貸す事は出来ないよ。前にも言った様に我々は生き物を商売として扱っているのだ。新良君には祭りの時の恩があるけど、それでもこちら側からすると目的の理由が分からずにトビトカゲを貸して、それがそのまま戻って来ないとか言われると、とても困るのだよ」


 流栄の言葉に新良は言い返せなかった。新良は流栄にどのように言えば、わかってくれるのか悩んでいた。その時、理愛が新良の隣へと来て。


 「お願いです。動きの良いトビトカゲを貸して下さい。私達は、どうしても樹王へ行きたいのです」


 理亜が流栄に向って、はっきりと言った。

 それを見ていた新良は少し呆気に取られた、それまで何も話さなかった理亜が、流栄に向って自分達の目的の理由を発言した。流石の流栄も少し唖然とした様子だった。


 「まあ…はっきりと利用の目的を教えてくれたのは良いが…。まさか君達本気で樹王へ行くつもりなのか?それも子供達二人だけで…」

 「そのつもりです、今僕達の父達が、そこへと向かっているのです」


 新良が言った、二人の真面目な表情を見ていた流栄は、二人が言っている事は嘘では無いと感じた。


 「まあ、正直に利用目的を言ってくれたのだ貸す事にしよう。しかし、あの場所へは特別な結界が張られていて中へは簡単に入れないらしい。例えば、もし…仮に君達の父親が先に中に入って今度、次に君達が入ろうとする時は、もう一度、結界を解かなければならないらしい…。その辺はどうするつもりなのだ?しかも結界を解く者は、この島でも限られた一族にしかその言葉は分からないと聞くが…」


 「私が、結界解除の言葉を知っています」


 その言葉を聞いた、流栄は驚いた表情で理亜を見た。


 「私達の一族は、代々受け継がれて来た結界の番人であります」

 「そう言われれば、確かに以前から、この近くに結界の番人が住んでいると周囲から噂は囁かれていたけど。まさか…嬢ちゃんの家系だったとはね…。全く驚きだよ」


 流栄は、腕を組んで感心した表情で頷く。


 「流栄さん、条件は揃っています。トビトカゲを貸して下さい」

 新良は、慌てた表情で、言う。


 「そ…そうだな、ちょっと待っていろ。足の速いのを今連れて来る」


 流栄は急いで借家へと向かって行く。二人も後を追って借家の中へと行く。

 借家の中は薄明るい灯が照らされていた。三人が借家の中に入って行くと奥から四十代位の女性が姿を現した、その女性は新良と理亜を見ると「あら、お早う」と、笑顔で挨拶をする。


 新良と理亜も「お早う」と、挨拶を交わす。


 「令菜、挨拶はともかく、鞍と手綱等何時も使う物の準備をしといてくれ」

 「あら、どうしたの今日は、もう狩猟に出掛ける方が、お目見えなの?」


 令菜は問い掛ける。


 「狩猟の方が、まだ良い方だが…」

 と、流栄は呟く。


 不思議な表情で令菜は借家を出て、頼まれた物を用意しに出掛ける。流栄は「ちょっとここで、待っていてくれ」と言って、一人奥へと入って行く。


 その場に残された二人は、近くに居るまだ起きたばかりのトビトカゲを見ていた。新良はトビトカゲを見慣れていた為平気で顔等を触る、しかし隣で、それを見ていた理亜は少し薄気味悪そうな表情を浮かべていた。


 「理亜も、触ってみたら?」

 と、新良は言う。


 「わ…私は、止めておくわ…」

 「噛みついたりしないよ」


 そう言われて理亜は、そう…と、手を伸ばして自分の目の前に居るトビトカゲを触る、自分の手より大きい顔に手を触れ、うっすらと生えている体毛の感触が伝わり手をさらに触れさせると硬い皮膚の感触が感じられた。


 「何か…凄いわね…」


 理亜は新良を見て言う。緊張しながらも、その表情は嬉しそうだった。


 理亜が顔を横に向けている時、トビトカゲが口を開けて理亜の手をパクッと口の中に入れた。それを見た理亜は「ヒャアー!」と、大声で叫びトビトカゲから慌てて手を引き抜く。


 「大丈夫?」


 と、新良は側に寄って声を掛ける。


 「びっくりした…、手が無くなるかと思った…」


 自分の手が、まだ繋がっているのを見て安心した理亜は腰を落とした。


 「でも、今の顔は面白かった」


 と、新良は、からかう様に言う。

 それを見た理亜は、


 「失礼しちゃうわね、人が本気で驚いたのを見て、からかうなんて」

 と、顔を横に向けて言う。


 二人が言い合っている時、奥の方から流栄がトビトカゲを連れて出て来た。そのトビトカゲを見て新良は「もしかして、風輝ですか?」と、嬉そうに言う。


 「そうだ、いろいろ選んで見たが、君の相性に一番なのはこいつかと思って連れて来た」


 新良は、風輝の側へ行き顔を撫ぜる。


 「変に気性の荒い物だと、着くまでに逆に時間が掛るかもしれない、君が乗り手で一番相性の良い物なら多分こいつかな…と、思って連れて来てみたのだ」


 「嬉しいです、また風輝に乗れて」


 「そうか、そう言ってもらえるとこっち側としても嬉しい限りだ。とりあえず表に出て出発の準備を、整えよう」


 流栄は、そう言って借家を出ようとする。その時、理亜が無言のまま流栄より先に早歩きで表に出て行く、それを見た流栄は新良に声を掛ける。


 「どうしたのだね、あの子は?何か怒っている様だが…」

 「ちょっと、嫌な事があっただけですよ」


 表に出ると、令菜が準備に必要な物を一通り揃えていた。準備に必要な物を流栄は、トビトカゲに取り付ける、手慣れた作業で取り付けを行う。流栄の作業を見ている二人に令菜が近付き、「これを取り付けてね」と、太い紐に先端に金属製の太い錠を手渡される。新良は馴れた手つきで、それを腰に巻き付ける。初めて見る理亜はそれが何なのか分からず「これは、何ですか?」と、尋ねる。


 「落下防止の命綱よ」


 令菜は言う。「貸して、巻き付けてあげる」と、令菜は理亜の腰に巻き付ける。


 しばらくして、準備が整い終わると流栄は額の汗を拭きながら、「さあ、行って来い」と、新良に言う。


 座って待機している風輝に新良は鞍に跨り、錠を掛ける。新良の後ろの鞍に横になって腰を下ろして座る理亜も、すぐ手前の鞍に錠を掛ける。


 「しっかり掴まっていてね」


 新良は後ろで掴まっている理亜に言う。


 理亜は「う…、うん」と、不安そうな返事をする。


 理亜の返事を聞くと新良は、手綱を引き風輝を立たせる。勢い良く立ち上がった風輝の振動に理亜は両手を伸ばし、新良の背中からわき腹へと組む様な形で強く掴む。


 「ところで、樹王へはどう行けば良いの?」

 「中央樹の方向へと向かって。その先は合図しながら進めば何とかたどり着ける筈だから…」

 「分かった」


 新良は流栄達に向って「有難う、行ってきます」と、挨拶を送る。後ろに座っている理亜も手を振る。


 「気を付けて」


 流栄と令菜は、手を振って見送る。


 二人に挨拶を送ると新良は手綱を引き風輝を走らせる、勢い良く走り始めた風輝は早い速度で借家のある場所を越えて木の道を抜け出て一気に崖下へと飛び降りる。手前の岩場に両足を掴むと、その反動を利用して岩場を飛び越えて行く。


 トビトカゲの風輝は岩の崖から大きく宙へと飛び上がって行く。風を切る様な速さで木の枝へと飛び移り、さらに前方の木の枝へと飛び移って行く。素早い動きで風輝は、すぐに密林の中へと入って行く。


 広大な密林の中、新良と理亜の眼下には、自分達が何時も歩き慣れている木の道が見えた。自分達も本来なら今日は、この木の道を歩いている筈であった。少し不思議な気持ちで通り過ぎる道を見下ろして見ていた。木の道には朝早くから、既に数人の人達が行き来している姿が見えた。


 風の勢いに逆らうように飛び続けている風輝の鞍に乗っている理愛は後ろに座っていながらも、激しい速さと風の勢いに耐える事に必死であった。周りの景色など、とても見ていられる余裕など無かった。


 二人を乗せた風輝は、人の足ではかなり時間の掛る場所を、わずかな時間で飛び越えて行く。あと少しで中央樹の広間に着く所で理亜が新良に「少し休みたい」と、声を掛ける。


 しかし普通の声では聞こえにくく、余程の大声でなければ分かりにくかった。その為、理亜は新良の後頭部を軽く小突き気付かせる。


 「痛い、何をするのだよ」

 「ちょっと、休憩」


 それを聞いて新良は、近くの広間を見付けて、その場所へと風輝を進める。木の枝を飛び越えていた風輝は広間の近くへと降りて行く。


 風輝が広間の中央へと来ると、新良は風輝の足を止めさせて休ませる。トビトカゲが休んだ状態になって、ようやく安定した場所に降りられる理亜は命綱の錠を鞍から外して風輝から下りようとした。その時…体が思うように動けず転ぶ様な感じで落ちた。


 「大丈夫?」


 新良が側に行き声を掛ける。


 「体が震えていて…」


 理亜は、それまでずっと掴んでいた両手が震えているのを見て言う。


 「最初は皆、そうなるって流栄さん言っていたよ。僕も同じだった」


 わずかな時間ながら、力強く組んでいた両腕も少し痺れが来ていた。


 慣れない乗物に始めて乗った理亜は座った状態で、足を伸ばして周りの景色を見ていた。その理亜に、新良は水の入った筒を手渡す。「有難う」と、一言、礼を言って理亜は水筒を受け取る。


 「中央樹まで、もう少しだね」


 新良は、理亜の隣に座って言う。


 「そうね…」

 「そこから、樹王までの道程は長いの?」

 「長い…と言うよりも…。どちらかと言うと険しい…と、言った方が正しいかな」


 その言葉に新良は首を傾げて「そうなの?」と、答える。


 「でも、このトビトカゲに乗っていれば、どうって事は無いでしょうね、この場所まで結構早い時間で来られるのだから」


 それを聞いた新良は東の空を見上げる、陽はまだ昇り始めた頃だった。父の後を追うつもりで家を出てトビトカゲに乗って、現在の場所までの時間を計算しても、まだ追いつける余裕はあった。何時もの足取りだと、今自分達が休んでいる場所から、もう少し歩いた先に里塾があった。新良達が里塾まで歩いて行く時間は、数十分…もしくはそれ以上でもあった。それを考えれば自分達の居る場所までは、かなり早いと考えられる。


 新良は、そろそろ出発をしよう…と、腰を上げて理亜に声を掛ける。新良の言葉を聞いた理亜は少しふらつく様な足取りで立ち上がる、その時何かに気付いた様子で「誰か来るわ」と、新良に言う。


 それを聞いた新良は周囲を見回す。すると南側の階段になっている場所から人の姿が二つ見えて来た。二つの人の姿は何か言い合っている様にも思えた。


 新良と理亜はそれが何なのか、じっと身動きをせずに見ていた。ゆっくりとした足取りで、その姿が形として見えてくる、二人の前に現れたのは年老いた男性と、それを支えるかの様に一緒に居た若い男性の姿であった。年老いた男性は階段を上り終えて前方に見慣れない子供達の姿を捕えると一緒に居た人に向って言う、


 「御覧、今日は珍しい客人達がおるぞ、それもまだ幼子達のようだ」


 年老いた男性の言葉を聞くと、側に居た若い男性は顔に笑みを浮かべる。


 「こんな朝早くから、この様な場所にトビトカゲに乗って来るなんて、余程探検好きな方達なのだな」


 老人は男性に向って言う。


 男性は、背中に大きな荷物を背負っていた。

 見知らぬ人達と出会った、新良と理亜は少し不思議そうな表情で互いの顔を見合う。


 「ねえ…あの人達、この辺では見かけない姿をしているわね」

 理亜は小声で言う。


 「うん…確かに…」

 新良は頷く。


 二人は里塾へ行く日とか、市場や遊びなどでこの周辺をくまなく行き来していた、その上いろんな人達とも会っている、その為ほとんど見知らぬ人と言うのはいないと、言っても過言では無かった。島で正反対側に住む人か深部に住む人達か、よほど滅多に外を出歩かない人でない限り、周辺で会った事のない人はいない程であった。


 老人は右手に杖を持って、杖を付きながら歩いて新良達の方へと歩いてく、二人の側へ来ると笑みを浮かべながら「お早う」と、挨拶をする。


 新良と理亜は、

 「お早う」

 と、挨拶を交わす。


 「ふむ…」

 老人は、しわだらけの目を見開いて、二人を見た。


 年老いた老人は見た目からして八十代過ぎであった。頭の頭部には髪は無く、周辺にわずかに白髪が残っているだけであった。老人の耳は奇妙に耳先が尖っていた。背は曲がっていて背丈も低く体は痩せていた。


 老人は、二人に話し掛ける、


 「お急ぎかな?」


 その言葉に理亜は、


 「私達これから向かう所がありまして、大事な用なので先を急ぎます」

 「少しだけ、わし達と話をしまいか。何…時間は取らせんよ」


 と、老人は言う。


 「どうする?」

 理亜は、新良に尋ねる。


 新良は、しばらく考えてから、

 「少しだけなら…」


 「分かった。まあ…出来るだけ短い時間で話しをしよう」


 と、老人は言うと後ろに居た若い男性に杖を振って合図をする。

 男性は老人の側へ行き、背負っていた荷物を地面に置き中から大きな布を取り出して地面に広げる。老人は地面に挽かれた布の上に腰を下ろす。そして二人の子供に向って、


 「ほれ、こちらへ来なさい」

 と、手招きをする。


 老人の座っている後ろでは若い男性が、荷物の中から様々な食べ物を取り出して、それを並べていた。


 そのうちの一つを、老人が口にして


 「ほら、食べ物もあるぞ」

 と、二人に向って言う。


 新良は考えてみたら、食事をしていなかった。理亜に向って「ご免、ちょっと食べ物を頂いてくるね」と言って老人の側へ行き、並べられた食べ物を少し食べ始める。それを見ていた理亜も空腹を我慢出来ず頂く事に決めた。


 若い男性が並べた食べ物をほとんど食べて、空腹を満たした新良と理愛は、満足そうな笑みを浮かべながら「有難う」と、老人に向って礼を言う。


 少し気持ちが落ち着くと、新良は老人に話し掛ける。


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