三年前 13
祭りが終えて数日が経過した、ある午後の日の事だった。新良は何時もの様に里塾を終えて、帰宅路の木の道を歩いて行く。我が家へと通じる、大きな木の橋を渡っている時、ふと前方を見ると家の玄関先に、数人の人達の姿があった。
彼等は、いかにも父と話をしている様子であった。新良は、その光景を気にしながら、家へと近付いて行く、その時父の大声が聞こえた。
「貴方達は、一体何を考えているのですか?」
それは叫び声に近かった。
家に着く手前の新良でも、一瞬驚いた程でもあった。数人の人達の一人が、言葉を発した。
「我々は既に計画を立てている。後は君が明日の朝来てくれればそれで良い。待っているよ」
そう言うと彼等は家を後にして階段を下りて来る、数人の男性達は新良の横を歩いて行くが、その時新良に目を呉れず通り過ぎて行く。
連中が去った後、新良は家へと通じる階段を上って行く。家の裏庭竈の前には、父登武が頭を悩ませて険しい表情で、腰を下ろして座っていた。
「お父さん、大丈夫?」
新良は、心配そうに父に近付き声を掛ける。
我が子の姿に気付いた登武は、ハッと我に返り、
「おお…新良よ、何時帰って来たのだ?まだ、夕食の支度は出来ていないぞ」
笑いながら答える。
聖美も不安そうな表情を浮かべて、裏庭へと出て来た。「貴方、今の人達は一体何なの?」と、登武に向って言う。
「何でもない、気にする事はない」
登武は、愛想笑いをして言う。
「ほら、早く夕食の支度をしないと日が暮れてしまうぞ」
それを聞いた聖美と新良は、不安そうな表情を浮かべながら、家の中へと入って行く。
夕食時、一家は何時もと変わらぬ雰囲気で、楽しそうに食事をする。小さな家庭の中で、賑やかさを持ち掛けるのは麗友だった。最近近所に住む友達との話題を、皆の前で話し始める。大した話題でも無いが、皆には微笑ましい事であった。
食事中、笑い声が絶えない時間が過ぎ、大した量でも無い食事を済まして、皆が一段落するのは、随分時間の経った後であった。
夕食を終えて、皆が和やかに話しをしている中、登武は一人家の外へと出て行き、柵に肘を付き一人考え事をしていた。それを後ろから見ていた新良は、登武の隣へと寄る。
「お父さん、考え事しているの?」
と、新良は、話し掛ける。
「ちょっとね、明日は遠出になりそうで…」
それを聞いた新良は数日前、黄洋が自分に話し掛けて来た事を思い出した。最近登武が妙な連中と一緒に居ること。それを裏付ける事が、新良の目の前で既に二回あった。そのうち一回は今日家に着く前の事だった。
彼等が何者で、何故登武に近付くのかは分からない、しかし、その連中等に新良は祭りの晩、危うい所を命を救われたのも事実であった。その辺りを考えれば悪質な輩とは考え難いのも事実だった。
新良は父に、何か話し掛けようと、いろいろ考えた。そんな中、新良は最近自分が見た夢に付いて、登武に話す事を決めた。
「ねえ…お父さん、最近僕は変な夢を、良く見るのだよ」
「ほう…、変な夢とは何だね?」
「以前夢の中で不思議な世界に居て、そこで見知らぬ人と闘うと言う、夢だったのだよ…」
それを聞いた登武は笑いながら、「面白い夢だな」と、答える。
「でも、夢だけど何処か現実性があって、まるで本物を見ている様だったよ」
「そうか…まあ、夢で見た事が現実に起こりうる事もあると聞くし、もしかしたら何時の日かそう言う事が起きるのかもしれないな…」
「あんまり起きて欲しくは無いね…」
「そうだな…」
登武は返事をしながら、空を見上げる。しばらく間を開けてから、新良は再び話しを始める。
「あと…最近見た夢で、不思議な人が出て来た夢を見たのだよ」
「どんな人だった…?口から火を吹く人とか?」
「それが…掌から光が出て傷口が治るって言う、不思議な感じの夢だったのだよ」
「そんな夢を見たのか、凄いな…」
「変な夢だよね」
「変って言うか、それは…その掌から光を放つと言うのは、まるで…」
登武は何かに気付いたのか、少し驚いた様な口調だった。登武は何かを言おうとした、その時、家の窓が開き、聖美が顔を出して、「こら、男二人で、いつまで語り合っているの?新良、もう…夜も遅いから、寝なさい」
「はいはい」
新良は、返事をする。
「こら、返事は一回だけにしなさい」
母に言われながら、新良は家の中へと入って行く、「早く寝なさいね」と、母は言う、後ろを振り返ると父と母が何か言い合っている様に新良は思えた。
新良は、子供部屋へと入って行く。わずかに残された灯の中、側では麗友が布団に入った状態でまだ起きていた。
「はやく、ねなさい」
麗友は、新良に向って母の真似ごとをしながら言う。
「はいはい、寝ますとも」
新良は答えて、自分用に用意された蒲団の中へと潜る。
「おやすみ」
二人は言い合い、新良が灯を消して二人の子供は、すぐに夢の中へと入る。
しばらくして、新良は夢うつつから覚める。ふと周囲を見ると辺りはまだ闇に包まれていた。子供部屋の中に、わずかに光が漏れて来ている。顔を横に向けると居間に明かりが灯されている。
明かりの消し忘れなのか…と、新良が起き上がり、部屋を出ようとした時、今から、父と母の話声が聞こえて来た。
「貴方、今日家に来た、あの人達は一体何なのよ?」
「何でも無い」
と、登武は答える。
聖美は、溜息を吐いて言う、
「何でも無いなら話してよ、それに最近周囲の人達から変な噂を耳にするのよ。貴方が島の住人とは異なる、本国から来た妙な連中と一緒にいるらしい…とね。私は貴方が心配なのよ。また、以前みたいに辛い想いをするのは、もう私は嫌だから…」
「あの様な出来事は、もう繰り返さないよ。それに異類人種の彼だって、本当は僕達の為に尽くしてくれようとした…それは分かっている。だけど…あの時はどうしようも無かった、国の政府機関の連中等が動いて、それで…あの様な惨劇が生まれてしまったのだから…。今だって僕は彼には感謝している、もし彼にもう一度会えるのなら僕は心から彼に感謝の意を…伝えたいよ」
しばらく二人の間に沈黙が流れた。登武は狩りの支度をしているのか、物音が聞こえていた。登武は支度の手を休めて、お茶を音を立てながら飲む。
「私は…今でもあの時の事、あの時期の事は、いろんな意味で忘れられないわ。だって、お互いまだ若かったし、毎日が発見の日々だったと言えたわ。何と言っても貴方が私に、大切な一言を打ち明けてくれるのに随分時間待たされた事もね…」
それを聞いた登武は、飲みかけたお茶を噴き出して咳をしながら噎せる。
「昔の事は、あまり言わないでくれよ、恥ずかしいではないか」
「でも…私は未だに、貴方の過去の事の全て知らないわ、生まれは本当は何処で、どんな家系だったのか…。黄洋さんもそれを気にしていたわ」
「僕は…、親不幸者だった…。だから自分の事は誰にも言いたくは無い。そう思っていた。だけど君が心配してくれている、例の連中の中に僕の過去からの知り合いがいるのだよ。別に秘密にしたい…と言う理由ではないけどね、その知り合いとは僕の方から関係を頼んだのだよ、今、本国では、どんな事が起きているのか、それを知る為に彼から、いろいろとすぐに情報を聞くことが出来る。彼等は通信機器を用いて、本国にいる者達と情報交換をしている。別に島の住人達を探り入れている訳では無い。彼等は、この島に興味を持って来たのだ。少しの期間だけ島を探索したいと願い出て来たのだ。ただ…最近彼等の中で樹王へ行きたいと言う者が出て来て困っていたのだよ」
樹王の言葉を聞いた新良は心臓の鼓動が早くなった。以前、理亜が自分の伯父さんの事を話してくれた事を、新良は、思い出した。
聖美は、少し息を荒く話し始める。
「貴方…樹王って、私も最近まで何の事なのか知らなかったけど、近所の人達からの話しでは、白陽国にある三大秘境の一つと噂されているわ…中でも樹王の場所は、かなりの危険地帯と聞くわ、そんな場所へ行くつもりなの?考え直して、もし…貴方の身に何かあった場合、私達はどうするの?やっとここまでこられたのに、全てを失う事になるのよ、それを承知で引き受けたの?新良だって、まだ子供だし生活も今以上に困難になるわよ、それを考えているの?」
「分かっているよ、だから…」
「いいえ、何も分かっていないわ!」
聖美の激しい言葉に、再び、居間に沈黙が訪れた。
「皆は明日の朝、出発すると言っている。今さら、それを断る訳には、いかないだろ…出来るだけ無理をしない様にする…」
「貴方は自分勝手なのね、何も分かっていないわ!」
聖美は、そう言って、足音を立てながら寝室へと入って行く。居間に取り残された登武は一人、狩りの支度を続けていた。
両親の話を聞いていた新良は、ゆっくりとした足取りで、そのまま蒲団の中へと、潜り込む。そして蒲団の中で、両親の話を頭の中で、思い出し、父の事を考えて、涙を流した。
(お父さん…)新良は、悲しみを堪えていた。
翌朝、早朝…日の出が上がる前、周囲は朝の霧に包まれている頃、家の中では登武が出発の支度を整えた。側には聖美が何も言わず支度の手伝いをしていた。父が出掛けると分かった時に、新良は子供部屋から出て来て、玄関先に居る父に会いに行く。
「お父さん…」
と、準備を整えた登武に声を掛ける、新良に気付いた登武と聖美は振り返る。
「何だ、新良…今朝は随分と早起きなのだな」
「新良、貴方寝ていなかったの?目が赤いわよ」
聖美は、新良の頭を触りながら言う。
「あ、あの…」
と、新良は父を見て少し恥ずかしがりながら、何かを言おうとする。
「どうしたのだ?」
新良は言いたい事があるが、どうしてもそれが言葉として言えない。登武は、じっと我が子を見ていた。
その時、家の近くで誰かが登武を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、登武起きているか?皆は、もう集まっているぞ」
「分かった、今行く」
と、相手に聞こえるように返事をすると、登武は新良を見て
「帰ってきたら、話を聞くよ」
彼は幼い我が子の頭を撫ぜて家を出る。
「貴方、無理をしないでね」
聖美は、夫に向って言う。
家を出て行く父の姿を外へと飛び出し見ていた新良は、「あ…」と、声を発して、父の後ろ姿を目で追っていた。
家を出た先に、数人の人の姿が見えた。
「無事に帰って来て」
聖美は、両手を胸に当てて祈るような思いで呟いくと、聖美は我が子を家の中へと連れ戻して、簡単に作れる食材を用意して、馴れた手つきで何も無かった食台の上に、瞬く間に食べ物が並べられる。
「今日は、里塾の日でしょ、早く食べて出掛ける準備をしないとね」
聖美は新良に声を掛ける。しかし新良は、何か考え込んでいる様子で、食べ物に手を付けようとはしなかった
「どうしたの、具合でも悪いの?」
聖美は、心配そうな表情で新良を見る。
何か考え事をしている新良は母を見て、「ちょっと、出掛けて来る」と、一言声を掛けて家を出て行く。
「新良、何処へ行くの待ちなさい!」
しかし、新良は振り返らずに家を飛び出し、走って大きな樹の橋を渡って行く。
木の道へと来た新良は、どの方角へ向かえば良いか迷っていた。その時、離れた場所からこっちへ向かってくる小さな人影に気付いた。
小さな人影は理亜だった。理亜は慌てた表情で新良の方へと向かって走って来た。それはまるで何か大切な物を奪われた様な感じにも思える程だった。
理亜は、新良に気付くと、
「あ…新良、ねえ、こっちに家の父さん来なかった?」
と、理亜は、声を震わせながら言う。
「見ていないけど、どうしたの?」
新良は、答える。
理亜は走って疲れた体を、少し休ませてから話始める。
「昨日、私…父さんが他の誰かと、話しているの聞いてしまったの。私の父さんが樹王へ行って結界を解く様に頼まれていたの。父さんは、それを引き受けてしまって、私…とても怖くて朝起きてみたら父さんの姿が無くて家を飛び出して来たの」
「僕も同じだよ。良かったら一緒に探さない?多分…二人共、きっと樹王に向っていると思うよ」
「有難う、助かるわ…でも、本当に樹王だったとして私達間に合うかしら?」
「どうして?」
「樹王までは、ここから随分と距離があるのよ。子供の私達では走って行っても、かなりの時間が掛るし…、どうやって、その場所までいけば良いかが問題だわ」
「そうだね、第一僕は樹王の場所は知らないのだよ」
「私は、知っているわ」
それを聞いた新良は少し考え込んだ。しばらくして、ふと…ある事を思い付いた。
「こっちへ来て」と、新良は理亜の手を引っ張って木の道のすぐ近くにある小さな借家へと入って行く。




