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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
21/42

三年前 12

「この辺ならば、煩くないから、大丈夫だろう」


と、黄洋は言い、薄明かりの中、腰を下ろす。


「座りなさい」と、黄洋は新良と、季透に向って言う二人は、その場に腰を下ろし三人は、輪になって向き合うように座った。


「さて、先程の話の続きだが、私が何を言いたいのかと言う事だが…。私にとって君の父…登武は、いろんな意味で大切な弟子なのだよ。彼を知ったのは今から十数年程昔だ。彼は、もともと本国に住んでいた者なのだよ、本国に居た頃、彼は若くして国政機関の幹部を務める程の優秀な若者であった。しかし…本国で何か問題が起き、その経緯かどうかは良く分からないが…新しい人生を送ると言う理由で、この島へ来たのだ。その頃、登武は君の母…聖美と、まだ生まれて間もないお主を連れて、この島へと来たのだよ。島へ来て、この付近に住みたいと私達、島の住人に申し出て来た時は…、誰もが本国育ちの人間だから島の環境に溶け込めず、すぐに音を上げて逃げ出すであろうと、思っていたのだが…。まさか、独立して家庭を養って行くとは、正直、多くの者達が驚かされた事だったよ。その意気込みが、周囲の者達に受け入れられ彼は瞬く間に皆の人気者になったのだ。やがて狩猟に対する基礎も私の所へと門を叩きに来て熱心に学び、わずかな期間で、一人前の腕前へと成長したのだよ。しかし…そんな登武だが、彼は未だ私達周囲の者達に昔の頃の事を全て打ち明けてはいない。むしろ知らない者の方が多いであろう。飲み会には顔を出さず、狩りを終えればすぐに家へと帰る。そんな者である為に本国ではどんな暮らしをしていて、親元はどんな家系なのか一切が不明だ。彼は自分の口から、妻や家族にも、自分の過去は、話した事は無い…と、言っていた程だ。その為私が知っている、ほとんどの事は、君の母、聖美から聞いた事であって、直接登武から聞いた過去の内容とは、本国では昔、親しい関係の友人がいた…と、言う位で、それ意外は、聞いた事は無い。そんな登武だが…どうも最近、妙な連中等と、会っているらしい。その連中等と言うのは、その者達も、また本国から来た輩らしい…。彼等の中に、登武の昔の知り会いがいるらしく、弱みを握られているとの噂だ。我々も、何とかしてやりたいのだが登武自身が、それを拒否していて手の打ちようが無く困っているのだ」

話が終わると、しばらくの間、沈黙の時間が流れた。新良は、黄洋の話を聞いて自分が、父に付いて何も知らなかったと、気付かされて顔を俯かせていた。


「新良よ、そんなに深く考える事は無いぞ、私自身も登武に付いて、いろいろ知るまでに時間が掛ったからな」


黄洋の言葉に新良は、顔を上げる。それを見た黄洋は、顔に笑みを浮かべる。


「あれ…?」


季透が、突然、何かを見付けたかの様に、声を出す。


「どうしたのだ?」


黄洋が、季透を見て言う。


「向こうから、誰かが走って来るよ」


季透は、自分達の居る場所から、反対側を指して言う。それを聞いて、他の二人も同じ方向を見ると、確かに誰かが走って来る姿が見えた。


「見覚えのある姿だな…」


黄洋は、そう言って広間の表へと出て行く黄洋が表に出て、「おい、どうしたのだ?」と、黄洋は、一声掛ける。走って来た者は、黄洋に気付き、彼の側へと近付いて行く。


季透と新良も、表へと出て行き、黄洋の側へと寄る。走っていた者は二十代位の男性だった。彼は息を切らしながら、三人の前で話し掛ける。


「む…向こうに、例の妙な連中等の姿を見ました」と、男性は自分の来た方角を指して言う。


「どの辺だ?」

「ここから、すぐ近くの、中央樹の外れの場所です」

「分かった、私達が見に行く。お主は皆に伝えて来てくれ」

「はい」


そう言って、男性は再び走り始める。男性が走って行くのを見て黄洋は、「さて、目的の場所へ向かおうか…」と、言う。


黄洋と、季透が歩き始める時、新良は、一人その場に立ちすくんでいた。


それを見た黄洋が「どうしたのだ?」と、声を掛けると、新良は、何かに気付いたかの様に、顔を上げて、


「僕、最初に見に行きます」


一声掛けて走り出す。


「お…おい!」


季透が呼び止める間も無く、新良は薄暗闇の中へと消えて行った。

一人、広間の外れへと向かって走って行く新良は周囲を見渡す、既に花火は打ち終わり中央樹の広間から人が去り始めていた。

中央樹の広間から、少し下った所に、外へと抜け出る階段が見えて来た。わずかな灯だけが目印の階段へと新良は進み下りて行く。ゆっくりとした足取りで階段を下りて行く。その先、前方には三方向に別れた道が見えて来た。


前方は古い作りの吊り橋で、左右には柵を設けた細い木の道が連なっていた。どの道を選べば良いのか新良は判断に迷った。

辺りを見回しても周囲に人の気配を感じず、前方を見渡し吊り橋を見て、きっとこの先だろう…と新良は判断して古い作りの吊り橋を歩き始める。

ゆっくりと足を伸ばして少し歩いたその時、吊り橋を支えていた紐が音を立てて切れ出す。


支えを失った吊り橋は大きく傾き新良は、とっさに吊り橋を支えていた根本の紐に掴まる。わずかな紐に必死に掴まり真下を見る薄暗闇の中、今自分が崖から宙にぶら下がっているのを新良は肌で感じた。


新良が、必死に紐を掴んでいる時、近くで大きな音に気付いたのか数人の人達が来た様子が新良には分かった。


彼等は吊り橋に掴まっている新良に気付くと大声で


「大丈夫か?今、助けてやるから、待っていろよ」


と、男性が吊り橋の近くへと行き手を伸ばし新良の手を掴み助けだす。

わずかな時間、宙にぶら下がっていた新良は再び元の安定した場所に戻れて一安心した。


「助けてくれて、有り難う」


新良は、数人の男性等に向って言う。


「怪我とかは無いか?」


側に居た人が言う。その時、男性達の中から


「新良…お前、どうしてここに居る?」


聞き覚えのある声が、新良の耳に入って来た。

新良が、男性達を見上げると、その一角に父登武の姿があった。


登武は、新良の側へと行き、


「私の子を助けて頂いて、誠に申し訳ありません」


皆に向って、深々と頭を下げる。


「君の子だったのか」


皆は笑いながら言い合う。


「まあ…今日は、もう祭りも終わったのだ。ここらで我々も解散しよう」


一人の男性が言う。


数人の男性達は、皆散り散りに別れて薄暗闇の道へと去って行く。その場に取り残された登武と、新良は無言のまま、その場に立ちすくんでいた。


「全く…危ないではないか、どうして吊り橋を渡ろうとしたのだ?」


登武は、新良の顔を見て言う。


新良は、少し間を置いてから、囁く様に答える。


「お父さんを…、ずっと探していて…」


それを聞いた登武は、新良に近付き、


「そうか…それは、すまない事をしてしまったな、とりあえず母さん達の所へと行こう」


親子二人は端の薄暗闇から、広間へと出て行く。既に祭りは終えて、大勢いた人達の姿は消えていて、わずかに残った人の姿だけが、点々と見えていた。二人が広間を歩いていると、遠くから「おーい、登武」と、呼ぶ声が聞こえて来た。


振り向くと、少し離れた場所に、季透と黄洋の姿があった。彼等は、急いで登武の近くへと向かってくる。

足の悪い黄洋は、杖を付きながら早歩きで来た。息を切らしながら、二人の側へと近付く黄洋の表情は嬉しそうだった。


「おお…新良、お主無事か?突然一人で、走り出して行くから心配したぞ。登武よ、お前も無事そうだな」

「師匠、心配掛けさせて本当にすみません」


と、登武は、深々と頭を下げて礼をする。


「いや…私に礼などする必要は無い、それより他にするべき事がある筈であろう…」

「と…申しますと、何でしょうか?」

「分からないのか?何故、自分の子が危険を冒してまで、お主を探しに行ったのか?」


それを聞いた時、登武は、ハッと何かに気付き新良を見る。父の目線が自分に向けられた時、新良は笑みを浮かべて「お母さんが、待っているよ」と、登武に言う。


それを聞いた登武は、恥ずかしそうに、頭を掻きながら、


「申し訳ありません。子供にまで迷惑を掛けさせてしまって」

「いや、私に謝る必要などは無い。とりあえず母達の所へと行くが良い。今日の事は、また後日改めて話を聞かせてもらうから」

「分かりました。日の良い時を選んで、こちらから、お伺いします」


登武は、頭を下げて新良と一緒に、その場を離れて行く。

親子二人は一緒に広間を歩いて行く。祭の終えた広間の中、しばらく歩いていると、ふと、登武は、立ち止まる。それに気付いた新良は振り返り、「どうしたの?」と、声を掛ける。


「おや…?お母さん達は、何処で待っているのかな…?新、分かるか」


と、周囲を見回しながら言う。


「こっちだよ」


新良は、反対側を指して言う。「後を付いて来て」と、新良は言いながら走りだす。

登武は、我が子の後を追うように、走って行く。しばらく広間を、二人が駆けて行く先に人気の薄れた場所の一角に、わずかに取り残された様な場所が見えて来た。


薄暗いその場所に身動きをせず、腰を下ろしている人の後ろ姿があった。新良はその後ろ姿の近くへと行くと新良に気付いた、母がハッと、うたた寝から目を覚ます。


「お父さんを、連れて来たよ」

と、新良は、母に向って言う。


それを聞いた母は、後ろを振り返り、登武の姿を見て、溜息を吐きながら


「すぐに戻るとか言っていたわりには、随分ゆっくりとした、帰りだったわね」

と、呆れた口調で言う。


「すみません」

登武は頭を下げて言う。


「お父さん、さっきから、皆に謝ってばかりいるね」

新良は、笑いながら言う。


「皆に怒られてばかりだよ」


登武は、呆れた口調で言う。


聖美は、腰を上げて立ち上がると自分の隣で既に深い眠りに着いている麗友を、抱き上げる。それを見た登武が「俺が、背負って行こう」と、両手を差し伸べる。


「有難う…この子最近、背が伸びて来て、だんだん私の力では持ち上げられなくなって来たのよ」

母は、苦笑いしながら言う。


「二人とも、大きくなって来ているのだな」

と、嬉しそうに言い。登武は麗友を背負って歩き始める。


小さな家族は祭りの去った、静かな広間を後にして、暗闇の中を我が家へと向って歩いて行く。


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