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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
20/42

三年前 11

 夕暮近く誕生祭は相変わらず、多くの人達で賑わっていた。陽が傾き始めると周囲には明かりが灯されて昼までとは異なる雰囲気を感じさせる。中央の広場には、薪を燃やしてそこに集まった人達は曲の音色に合わせて踊りを始める。


 周辺には、食事が用意され、子供達は菓子類を夢中になって食べていた。夜の闇が訪れると、祭りも一つの見せ場として花火を打ち上げる。

夜空の星屑の下に、七色の幻想的な光が一瞬灯されると、多くの人達は夜空を見上げて歓声を上げる。

花火が、打ち上げられる頃、祭りは一つの締めくくりを見せていた。


 菓子類を食べながら近所の男友達と一緒に、腰を下ろして花火を見ている新良の側に母聖美が訪れて


 「ちょっと新、そろそろ帰宅したいのだけど、お父さん探して来てくれないかしら」


 と、話し掛ける。母の隣では麗友が眠気を必死にこらえて瞼をこすりながら立っていた。


 「麗友、おうちへ帰りたいよ…」


 母の衣装に顔を当てて麗友は呟く。

 どうやら麗友の眠気は限界に達して来ている様であった。


 「僕が探しに行くの?」

 「貴方しか手が空いているの、いないでしょ?それとも麗友の面倒見てくれる?」


 母に、そう言われると返答の使用が出来ず腰を上げて「分かったよ、探しに行く」と、答えて友達と別れる。母の側へ行き新良は話し掛ける。


 「どの辺に居るかは、分かるの?」

 「はっきりとは、分からないわ…。彼は、もう数時間も私達の所へは戻って来ていないわ…。近所の知り合いの人達にも聞いてみたけど、誰も見ていないと言うし、最初に黄洋さんのところへ行けば…多分、何か分かるかもしれないでしょう。彼の事だから多分、黄洋こうようさんの居る場所へは行っている筈だから…」

 「分かった、行ってみる」


 新良は母と別れて、中央の広間を早歩きで行く。まだ大勢の人達が帰らず、残っていた。夜空には、花火が打ち上がり、賑わいを見せている。そんな中、新良は一人別の目的の為に移動を行っていた。


 移動中、何処からか子供の泣き声が聞こえて来た。どうやら親とはぐれたようだ。新良は手を差し伸べてやりたかったが…、自分も目的がある為に無視する事に決めた。中央の広間を移動して、広間の端に立ち並んでいる、小さな出店へと辿り着いた。幾つかある店の北側の一番端へと新良は向かった、そこには焼き菓子の店があった。店には、お客の姿は無く店の人と思われる四十代位の夫婦は店を開けて花火の観賞に至っていた。


 「今晩は」


 新良は夫婦達に挨拶をする。新良に気付いた夫婦のうち男性の方が、


 「おう、新良いらっしゃい」


 と、男性は陽気な声を掛けて新良の側へと駆け寄る。


 「今晩は季透きとうさん」


 新良は、男性に向って挨拶をする。

 季透と呼ばれた男性は背丈が大きく、ほっそりとした体で、顔は長く、目は大きく見開いて、顎に少し髭を生やし、髪は黒くて長くぼさぼさした髪だった。額に鉢巻きをしていた。


 「何か作ろうか?何が良い?今なら何でも作るぞ。そうだ果実を入れた焼き菓子を作ってやろう、お前結構そう言うの好きだろう?」


 季透は一方的に話し始めて、相手の反応を待たず菓子を作る粉に水と細かく刻んだ果実を混ぜ合わせて、それを鉄板の上で焼き始める。


 「あ…、あのう…」

 「そう言えば今日のお前、なかなか格好良かったぞ。まさかトビトカゲに乗って競技に参加するとは、正直思ってもいなかったよ。まあ…俺に比べたら、まだまだだかな…。それ以上に、その後の祭壇の上で披露してくれた、あの嬢ちゃんとの喜劇は良かったな…まさか、お前等二人そんなに仲良しとは思わなかったな。お前等なら、きっと島一立派な家庭を築けるよ。大丈夫心配するな俺が保証する」


 「それより…」


 季透は、焼き菓子の焼き具合を見て、頃良い焼き加減と思うと焼き菓子を包み紙に入れて新良に手渡す。


 「ほれ、熱いうちに食え遠慮はいらん。もし足りなければ何個でも作ってやるぞ」

 「あ…、はい…」


 その時、季透の後ろから女性が現れて、


 「貴方、何をしているのよ」


 女性は季透の頭を軽く小突くいた。


 「痛いな、何をするのだよ令羅れいら


 令羅と言う名の女性は、新良を見て、


 「ご免なさいね新良君、家の亭主は、人の話を聞く前に一方的に喋る癖があって…何か用があって来たのでしょ?」

 「いえ…気にしてはいませんから…。それより、黄洋さんはいますか?」

 「何だ、新良…うちの親父に何か用なのか?それなら、そうと先に言ってくれれば良かったのに、全く隅に置けないな、お前は」

 「……」


 新良は、返答に少し迷った、しばらく間を置いてから、


 「今、近くにいますか?」

 「そう言えば、先程から姿が見えないね。何処へ行ったのだろう…あの爺さんは?」

 「貴方、お父さんは出掛けるって言って出て行ったわよ」

 「え、何時頃?」

 「もう…随分前よ」

 「何だよ、お前に言って俺には言わないとは薄情な爺さんだ」


 季透の言葉を聞いた、令羅は溜息交じりに答えた。


 「私達二人の前で言って、出掛けたのよ」

 「え、そうだったの?全然気がつかなかったよ。で…新良よ家の爺さんが一体どんな迷惑をしたと言うのだ?お前の様な子供が来る程の事だから、相当な迷惑を掛けたのだろう?さあ、ためらわず言いな」

 「お父さんを探しに、ここへ来ただけです」


 新良は、はっきりと答えた。季透に下手な事を言うと、話がより一層紛らわしくなりそうだと新良は感じていた。


 「何だ、そう言う事だったのかよ」


 季透は、溜息混じりに答える。


 「貴方、何だ…では無いでしょ、新君が父親を探しに来ているのに…。御免なさいね新君、残念だけど家には昼間来ただけで、それ以降は私達も見てはいないの。お父さんが来れば何か分かるとは思うけど何時帰ってくるかも分からないし…良かったら、少しここで待っていてくれる?」


 令羅の言葉に新良は「はい、分かりました」と、返事をする。それを隣で見ていた季透は腕を組んでわざとらしく顔を難しそうにして、


 「全く、家の爺さんと来たら何処をほっつき歩いているのやら…困ったものだ、あの石頭老人は…」


 その時、店の影から一人の老人の姿が現れて「石頭老人で悪かったな」と、言う。


 「あ…黄洋さん、今晩は」


 新良は少し嬉しそうな表情で挨拶をする。黄洋と呼ばれた老人は背丈は低く、顔は老人にしては、シワは少なく、目は大きい、鼻が高く、鼻と顎に白いヒゲを生やしている。頭部は髪が薄く、生えている髪も白髪だけであった。黄洋は、右手で木の杖を付いて歩いていた。


 黄洋は、新良を見ると「今晩は、新良君」と、挨拶をする。


 「親父、帰って来ていたのかい。新が探していたのだよ」

 「ふむ…話の一部始終は、店の裏で聞かしてもらったよ。まあ…今から同じ説明などしなくても、大体の筋道は聞いていて分かったから言わなくても十分だ」


 黄洋は左の手で、顎ヒゲを撫でながら話す。


 「裏で人の話を聞いているなんて、性格の悪い爺さんだ…」

 「やかましいな…お主は。口数が多いから少し黙っていろ。ところで新良君、君の父親の事だが…実は今日、私の所には昼間顔を見せただけでな…それ以後は残念ながら私も会ってはいないのだよ」

 「そうだったのですか…」


 新良は、少し溜息交じりに答える。彼の姿を見て、黄洋は、話を続けた。


 「だが…もし、どうしてもと言うのであれば、私が探すのを手伝ってやろう」

 「え…、父の行き先を、知っているのですか?」

 「知っている訳では無いのだがね。まあ…言ってみれば可能性の問題とも言うべき所かな…」


 黄洋は少し笑みを浮かべて言う。杖をは突きながら新良の横へと周り顔を向けて言う、


 「私の後へ着いて来い、話したい事もあるからの」


 それを見た新良は、「分かりました」と、返事をする。

 新良の、真面目な表情を見た、黄洋は、笑みを浮かべて「よし」と、頷き黄洋は季透を見て「お前も来い」と、木の杖で季透の頭を小突く。


 「ちょ…ちょっと、人の頭を叩きながら、言うなよ」

 「少し皆で、出掛けて来るが良いかの?」


 黄洋は、令羅に向って言う。


「出来るだけ、早めに戻って来て下さい」

「ああ…、分かった」


 話が決まると、三人は店を後にして人混みの中へと歩き始める。広間には、まだ大勢の人達の姿があった。

 黄洋は人混みの中、中央樹のある方向へと向かって歩いて行く。人混みを掻き分けて歩き続けている間三人は無言のままだった。


 中央樹の近くへと来ると、黄洋は、祭壇のある場所を越えて中央樹を後ろへと周って少し奥へと向かって進んで行く。後を追っている新良は、不思議そうな表情で、周囲を見回しながら進んで行く。辺りは表の姿とは異なり、中央樹の太い木の根が、行き先を遮る様に入り組んで、木の根を潜ったり、跨いだりして奥へと進んで行く。


 入り組んだ道を歩いて行くと、そこには数人位の年老いた男性達が輪を取り囲んで、わずかな灯を照らして、皆で酒を飲み酌み交わしながら、戯れている光景があった。表の賑やかさとは一風変わった風景に、新良は目を大きく見開いて見ていた。


 集まっている老人達は皆、年齢は六十過ぎから、七十代以上であった。

 老人達は一枚の大きな布を地面に広げて、その上に腰を下ろして杯や肴等を並べていた。


 その中の何人かが、黄洋の姿に気付くと手前にいた男性が「おう…黄洋、また戻って来たのか?おや…何だ今度は若者達もご一緒か?」と、酔った口調で言う。


 「若者を連れてくるなら、女性の方が良かったな」


 と、誰かが言うと、皆は大笑いをする。

 「黄洋さん、ここは?」

 新良は、小声で話し掛ける。


 「祭りの、もう一つの顔と言うべき場所かな?」

 「こんな場所があったとは…。噂には聞いていたが、家の親父が時折いなくなる理由、何となく分かった気がするよ」


 季透は皮肉交じりに言う。

 黄洋は苦笑しながら、季透の顔を見る。


 「そちらの若い子よ、まあ…恐れずに、こっちへ来なさい」


 と、一人の老人が手招きする。


 新良は、黄洋の顔を見る。黄洋は黙って頷く、それを見ていた新良は近くの老人の側へと行き腰を降ろす。黄洋と、季透も同じように近くへと座り込む。


 「どうだね、まあ…ここには酒しか無いが、食い物はある遠慮せずに食うが良い」


 老人は、にこやかな笑顔で、肴が入った皿を新良の側へと寄せる。新良は少し戸惑ったが皿に入った肴の一つを摘み取り、それを口の中へと入れる。


 「ところで、君は何をしに、ここへ来たのだね?」


 奥にいた、一人の老人が尋ねた。

 新良は顔を上げて奥に居る老人を見る、他の老人と比べると、貫禄のある姿であった。その老人を見て、新良は言った。


 「父を探しています」


 その言葉に、老人は新良に次の質問を投げかけて来た。


 「父の名は、何と言う?」

 「登武と、言います」


 その言葉に、周りの何人から、驚きの声が聞こえて新良は周りを見渡した。


 「ふむ、彼に子がいるのは聞いていたが…君の様な子だったとは…」

 「父を御存じで?」

 「まあ…ここに集まっている人達の中で、君の父親を知らぬ者はいないと思うよ、それだけ君の父親は有名だからな」

 「そう…だったのですか…」


 新良は、少し驚いていた。父登武が、狩りの上手な人である事は、新良自身知ってはいた。しかし、それ以外の事については、あまり知らなかった。どのようにして狩りをしているのか毎日何処へ狩りに出かけているのか考えてみれば、新良は何も聞かなかった。その上、登武も、また何も言わなかった。


 「お前さんよ」


 側に居た老人が話し掛けて来た。


 「父は、最近どうしたのだね?最近は、あまり昔からの仲間達と一緒に狩りを行わないようだが…」

 「そうなのですか…」


 老人の言葉に新良は、以前自分が、里塾へ向かう時に見た、父の姿を思い出した。


 「彼に聞いても無駄ですよ、父親の事に関しては、あまり知らない様ですから…」


 黄洋が、横から口を出す。


 「僕が、父の事を知らないだなんて…」


 黄洋の以外な言葉に対して、新良は、驚きを隠せなかった。


 「それって、どう言う事なのですか黄洋さん?」


 黄洋は、新良の言葉に耳を傾けず、奥に居る貫禄のある老人に向って、


 「連中等は、中央樹の外れに集まっているのかな?」

 「ああ…そのようだ。つい先程、私等の教え子達が、その辺りで見た…と、言っておったよ」

 「分かった、見に行って来る」


 と、黄洋は、少し引き下がる。

 黄洋は腰を上げると、新良と季透に向って「行くぞ」と、一声掛ける二人は慌てて立ち上がり老人達の居る場所から立ち去る。


 中央樹の裏側から、再び三人は来た道を戻って行く。広間へと出て行く。


 「爺さん、今度は何処へと向かうのだよ」


 季透は、老人達から頂いた肴を噛みながら後を付いて行く。

 新良は、黄洋に向って話し掛ける。


 「先程、皆の前で僕が父の事を、あまり知らないと、言っていましたが、それってどう言う意味なのですか?教えて下さい」


 黄洋は、何も答えず、しばらく杖を突きながら歩き続けていた。それを見ていた新良は、我慢出来ずに、大声で叫んだ。「黄洋さん!」その言葉に、周辺にいた多くの人達が何が起きたのだ…と言わんばかりの表情で新良達を見る。


 「あ…、何でも無いです」と、季透は、愛想笑いしながら、周りの人達に向って言う。


 「親父、いい加減にしろよ、新が聞いて来ているのに無視をするなよ」


 季透は声を潜めて言う。


 「ふむ…」


 黄洋はヒゲを撫ぜながら、少し気難しそうな表情で新良を見て口を開く。


 「なあ…新良よ。お主は、父である登武に付いて、彼から何か話は聞いた事があるかの?」

 「話とは…どう言う事を?」

 「例えば、父の過去とか」

 「聞いた事はありません。聞いても、昔はいろいろ忙しかった…としか答えてくれません」

 「成程…私は、多分そうだろうと、思っていたのだよ」

 「それは…つまり、どう言う事なのですか?」

 「まあ…来なさい」


 黄洋は、しばらく歩き続ける。また無視されるかと新良は思った。しかし今度は違った、人混みの中から抜け出して広間の外れにある端へと黄洋は向って行く、新良と季透は後を追うように進む。


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