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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
2/42

はじまり 1

明天歴三二九年


― 鉱山付近にて…


 その日は九月初旬だと言うのに妙に雨の多い季節だった。連日から降り続く雨は、止む気配さえ見せずザアザア…と降り続くける雨音だけを響かせていた。連日から降り続けている雨のせいなのか、その日は妙に朝から肌寒い日であった。雨天の為、朝6時頃を過ぎても、空は薄暗さを残していた。降り続けている雨は大粒で、激しく音を立てながら止む事のない空模様を、辺りに見せつけていた。降り頻る雨の中、早朝から雨具を身に付けず雨に打たれている一見風変りな、一人の男性の姿があった。


 男性は十代半ば位で、背丈は、あまり高くなく細身の少年であった。その彼の行動は、まるで雨が降っている事さえ自分は気付いていないかの様にも見てとれた。

何か大切な物を追いかけているようにも思える、少年の駆けていく足取りは森林から、切り開いた平地へと出た時、緩やかな歩みへと変わり、走り続けて疲れた体を少し休ませた。

少年は、息切れをしながら顔を上げて辺りを見渡す、雨で少し視界が悪いが平地には少数ながら、民家が立ち並んでいるのが分かった。民家が建ち並ぶ、その少し先に小高い丘があり、その丘の上に一際大きなが見えた。少年は、その建物を見つけると、嬉しそうな表情で再び走り始める。


 なだらかな平地に立ち並ぶ民家の中、雨で地面が泥濘し、時折躓きそうになる様な場所を潜りぬけて少年は、小高い丘へと目指して駆けて行く。周辺に見える民家の建物の造りは、少し古惚けた木材で作られた家々が立ち並んでいた。小高い丘を進んで行く先、一際大きく見える建物が、木材と石灰で造られた、大きな民宿であるのが分かった。建物の周りには、その周囲を取り囲む様に、柵がしてあり、周辺には辺りを照らすために、至る所に灯が数多く設けられていた。


 少年は民宿の近くまで来ると

 

 バンッ!


 勢いよく音を立てながら入口の扉を押し開けて中へ入って行った。中で早朝の作業をしていた人達は突然外からの、大きな物音に驚いて目を丸くして視線を入口へと向ける。

多くの視線が自分に集中している事に気付いた少年は、少し照れながら、


「すみません…」


 小声で謝る。早朝の作業を行っていた人達は、男性の姿に気付くと、また自分達の持ち場へと戻り、元の作業の続きを始める。


 入口から少し中へ入った場所に大きな広間があった。少年は、その広間で立ち止まって何かを探し始める。そんな彼を見て「おーい」と呼ぶ声がした。


 「よう、何処の誰が飛び込んで来たかと思ったら…遠方からお越しの学舎の生徒、軽和ケイワ君ではないか。一体どうしたと言うのだ、こんな朝早くから…血相を変えて宿へと走り込んで来て…。まるで、何かに必死に逃れるかの様な姿で…それにしても君、ひどい格好ではないか。まさか君は雨の中ここまで走って来たと言うのかね?」


 軽和と呼ばれた男性は後ろを振り返る、そこには、自分よりも少し背丈の大きい男性の姿があった。


 「お早うございます…。ちょっと急いでいたもので…」

 「まあ…お互い堅苦しい挨拶は無しにして、どうかね君も一杯飲まないかい…?」


 男性は軽和に近付いて彼の肩に腕を組んで酒を勧める。男性からは酒の匂いが漂っていた。ふと、軽和が視線を横へ向けると、広間に設けられている数台ある木製の食台には数人程の大人達が酔い潰れて眠っていた。


 「すみません。今は、大切な用がありますので、また後でうかがいます」

 「何だよ、つまらない奴だな…」

 「大事な用なので…」

 「呆れた奴だな…お前は、で…発掘の方はどうなのだ今は?」


 「それを僕は、これから先生に言いに行くところです。とても良い吉報を持って来た事を知らせるのです。この辺に見当たらないとなると…先生は今寝室ですかね?」

 「多分そうだと思うよ、だけど…まだ寝ているかもよ、昨夜結構遅くまで起きていた様だったし…それより吉報となると、どうやら発掘は上手く行ったのだな?」

 「はい、そうです。とにかく先に先生を叩きお越してきます」


 軽和は廊下を進み始める。木で作られた廊下は、進む度にギシギシと音を立てる。

 まるで、すぐに壊れてしまうのでは…、と、思わせるような、雰囲気すら、感じられる。

 廊下を進むと前方に二階へ上る階段が見えて来た。階段を上がって行くと民宿の寝室が見えて来る、軽和は寝室の廊下を早足で進む。その先に廊下を挟んで東西に部屋が並んでいた。廊下を曲がろうとした時、突然目の前に現れた荷車と激しく衝突した。

 衝突した勢いで軽和は後方へと転倒した。


 「あら、すみません、大丈夫でしょうか?」


 荷車を押していた女性が心配そうに慌てた仕草で軽和に近づいて声を掛ける。

軽和は、すぐに起き上がり「平気。平気」と、明るい表情で答えて、そのまま廊下を進んで行く、西側にある真ん中の部屋へと来ると部屋の前に立ち止まり扉を軽く叩く。


 「太新タシン先生、起きていますかー?」


 少し待っていたが、中から、返事が無かった。軽和は、少し強く扉を叩いた。


 「太新先生、起きて下さい」

 声も大きく出して言う。


 しばらく待っていたが、中からは今度も返事がなかった。今度は、さらに強く扉を叩いた。


 「太新先生―!」


 軽和は大声で言う。


 すると扉の向こう側からドスドスと、足音が近づいて来て勢いよく扉が開き部屋の中から四十代位の男性が姿を現した。

 男性は扉を開けて寝起きの表情で、


 「誰じゃ朝早くから睡眠の邪魔をする奴は!」


 不機嫌な表情で軽和の前に出て大声で言う。白髪交じりの髪をした中年の男性は寝間着の姿で軽和の前に現れた。軽和とあまり背丈が変わらない男性は、目の前の人物に気付くと少し気持ちが落ち着いたのか、穏やかな表情になる。


 「おお…何だ、お主だったのか…頼むから、こんな朝早くから起こさないで欲しいの…」

 「先生、お早うございます」


 嬉しそうな表情で軽和は挨拶をする。


 「で…一体どうしたのだと言うのだ朝早くから…」


 太新は欠伸をしながら軽和に話し掛ける。


 「発見されたのです」

 「…何が発見されたのだ?」

 「お探ししていた例のものです…」


 軽和がそう言うと、太新の表情が一変した。


 「おお…何と、それは真実か?」


 太新の、その口調は驚きと不安が入れ混ざった様な言い方であった。それに対して軽和は一言


 「はい」

 

 自身に満ちた表情で答える。太新は、その軽和の顔を見て彼が嘘を吐いていない事を信じて


 「よし…分かった、すぐに着替えて出掛けよう。お主も、その濡れた服を着替えて来なさい」

 「はい」


 軽和は返事をして、その場を立ち去る。太新は、扉を閉めて急いで着替えをする。

 太新は着替えを済ますと民宿の広間で軽和が来るのを待っていた。しばらくして軽和が広間に来た。なかなか現れなかった事に少しばかり苛立った様子であった。


 「着替えぐらいで、あまり時間を掛けるものではない」

 「失礼しました」


 軽和が礼をすると太新は外へと出る。二人が民宿の外に出ると外はつい先程までの雨が止み、雲の切れ間からは青空が広がっていた。

 穏やかな気候に戻った台地には野鳥の群れが舞、遠くで獣たちの鳴き声が聞こえた。


 「わあ…、雨が止んだ…」


 軽和は嬉しそうに言う。


 「ふむ、まあ…ここ連日ずっと雨だったし晴れてくれると、とても清々しい気持ちになれるな」


 二人は、空を眺めながら雨が降り止んだばかりの外を眺めながら鉱山へと向けて歩き出す。

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