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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
18/42

三年前 9

次の日の早朝、辺りはまだ薄暗い闇夜に包まれている頃、子供部屋で眠っている新良は夢の中で不思議な光景を見ていた。

荒野の中、空は薄暗く周辺には何も見当たらない。焼ける様な暑さだけが感じられた。荒れた大地の上で今は自分は何とかその場所にいる…そう感じられた。動こうとした時、酷く左腕が痛む見ると左腕から出血がしていた。


その時、自分の目の前に見知らぬ人の姿が現れた。すらりと細く痩せて美しい体格の人であった。白い衣に身を包み、赤く金色に輝く長い髪は風に靡いて揺れている。髪の間から尖った耳先が見えていた。その見知らぬ人は何も言わず、じっと…辺りを見回している。


しばらくして見知らぬ人は新良の側へ行くと何か言う、しかし…新良には相手の言葉の意味が分からない、見知らぬ人は傷ついた新良の左腕をじっと見続けていた。


その表情を新良は見ていた。見知らぬ人の顔を見るが男性なのか…女性なのか、全く区別のつきようが出来ない。その見知らぬ人は新良に何かを言うと、腰を下ろして新良の側へと近付く。そっと両手を伸ばして傷ついた左腕の上へとかざすと両目を閉じて念じる、両手から眩い銀色に輝く不思議な球体の光が現れて新良の左腕を包み込む。


 銀色に輝く球体の光が次第に弱まり、やがて光そのものが消えると新良の左腕は元通り戻って何も無かったかのように傷は癒えていた。


 見知らぬ人は傷が治ると、もう一度新良に向って何かを言う。やがて目の前が暗くなり夢が終わり新良は眠りか覚めて辺りを見回す。住み慣れた子供部屋と、すぐに分かると少し安心感を抱く。


 ― その日、家の中は早い時間から騒がしかった。「おい、まだか?」と、登武が少し苛立った口調で言う。


 「ちょっと、待っていて」


 聖美が部屋の奥から声が聞こえる。


 「まだなの?」


 新良は家の中に入って来て言う。


 「全く…」


 登武は溜息を吐きながら言う。

 しばらくして、聖美と麗友が衣装を身に纏って出て来た。「お待たせ」と、聖美は外で待っている二人に向って言う。


 「着替えぐらいで、そんなに時間を掛けるなよ」

 「仕方無いでしょ、衣装の着付けは、大切な事なのだから。あら…新良、貴方そんな格好で出掛けるの?」

 「え…これで良いでしょ?」

 

 新良は、何時も着る衣類を見て答える。麗友は、新良の前に出て来て、


 「ねえ、新兄、どう、似合っている?」


 緑色の衣装に身を包んだ幼い妹は、袖を広げて首を傾げて微笑む。


 「似合っているよ」

 「さあ、準備も出来たし、出発するぞ」


 一家四人は家を出て家の前の橋を渡り、木の道を歩いて行く。木の道を進んで行くと他の家族連れや、若い人達の集団等が、大勢、同じ方角を目指して歩いていた。

 途中、数人の少年達の集団が駆けて行く姿があった。


 しばらく歩き続けていると道は細くなって行く、集団で歩いていた人達は寄せ合いながら、道を進んで行く。道の端に木の柵がしある為、多少狭くても何とか通り抜けられた。


 やがて前方に階段が見えて来て皆は、その階段を上って行く。階段を上った先に大きな広間が見えて来た。


 まだ朝早いながらも既に広間周辺には、多くの人達で賑わっていた。華やかな緑色の衣装に身を包む人達や、狩りを思わせる衣装人達の姿もあった。中には一風変わった衣装の姿もあった。


 「この集まりからして今年は、予想以上の賑わいだな」


 登武は、周りを見渡して嬉しそうに言う。


 広間には沢山の食事台が用意されていた。食事台の上には様々な肉料理や、惣菜、果実、菓子類等が沢山用意されていた。訪れる人達は、用意されている食事を軽くつまんでいた。


 しばらくして中央樹の方へと皆は、視線を向け始める。菓子を夢中になって食べている新良に母が声を掛ける。


 「ほら、向こうに理亜がいるわよ」


 と、中央樹の方を指して言う。

 新良は中央樹へと目を向ける、そこには大きな祭壇が用意されていて祭壇の上には華やかな衣装に身を纏い、巫女の姿をした年若い乙女達が数人列をなして祭壇を上って行く。両手には果実類を持ち一人一人ゆっくりとした足取りで順番に祭壇へと果実を置く。

 新良は祭壇の上に居る巫女達を見る、全員同じ衣装で顔や髪型等同じで顔も化粧をしていて、誰が誰なのか分からなかった。


 「ああ、一番右側の子が、理亜だね」

 と、母に言うと。


 「違うわよ。ほら…中央に居る、あの背の低い子よ」


 そう言われて良く見ると、何となくそれらしく見えた。


 「麗友でも直ぐに見つけられたわよ」

 「どれも同じ格好で分からないよ…」


 新良は、母に向って言う。

 祭壇に居る巫女達は楽器の演奏に合わせて、舞を踊り始める。ゆっくりとした動きで、祭壇の上で、ゆるやかな踊りを見せた。

 新良が巫女の舞を見ている時。後ろに誰かが来て「おい、新良」と、嗄れた様な声で呼ぶ声に気付く。新良が振り返ると側に利空の姿があった。


 「お…何だ、利空来ていたのか」


 と、新良は嬉しそうに言う。


 「手伝いで来たのだ。それより、お前早く競技場に来い、皆はもう集まっているのだぞ」

 「あ、そうだっけ」


 と、新良は本来の目的を忘れかけていた。


 「どうしたの?」


 母は新良が、誰かと話をしている事に気付く。


 「ああ…ちょっと」

 「あら、利空君こんにちは」

 「どうも、こんにちは」


 利空は笑顔で挨拶をする。


 「さ…とにかく、向こうへ行こう」


 と、新良は利空の背を押して、その場から離れて行く。


 「お…おい」

 「すぐに、戻ってくるのよ」


 と、母は友人を連れて離れて行く我が子に向って言う。

 新良は、利空を連れて、急いで人混みの中へと入って行く。


 「家の人達にも、見に来てもらったら?」

 「家族には、今日の事は言っていないのだよ」

 「え、そうだったの?」


 利空は目を丸くして驚いた様子だった。しかし、それ以上に利空は新良に対して何も聞かなかった。二人は人混みの中を歩き続ける。しばらく進むと目の前に競技場が見えて来た。競技場には既に多くの人達が詰めかけていて、大きな賑わいを見せていた。


 競技場から少し離れた場所に流栄が、トビトカゲの手綱を持って待っている姿があった。二人は流栄の側へと駆け寄る。


 「親父、新を連れて来たぞ」


 利空に気付いた、流栄は新良を見て「遅かったね、心配したよ」と、言う。


 「すみません…」


 「とりあえずトビトカゲに跨って準備を整えよう。本来なら雷光を出したいのだが…まだ良く育っていないから今日は君が練習用に乗り慣れている、この風輝に乗ってもらうよ。競技の事は心配しなくて良い。走らせれば、こいつは結構速いから…。むしろ降り落とされたりしないよう気を付けてくれ」


 流栄は新良が乗りやすい様にトビトカゲを座らせる。新良はトビトカゲの背の上に取り付けられた、鞍へと跨る。鞍に取り付けられている落下防止の金属製の錠を取り付ける。


 「大丈夫かね?安定はしているか?」


 「はい」

 「では競技場の中まで私が連れて行くので、そのまま乗っていてくれ」


 流栄はトビトカゲを立たせて手綱を持って、競技場へとトビトカゲを連れて行く。新良は周囲の人混みの中自分だけ、視界が広がって見える事に対して少しだけ王様にでもなれた様な気分を感じた。


 競技場の中へと入ると既に何頭ものトビトカゲが列を整えて座り込み、競技が始まる準備を待っていた。流栄は空いている場所に、トビトカゲを連れて行き座らせる。新良は周りを見渡す…自分以外は、ほとんど年齢が年上の少年達だった。次にトビトカゲの数を確認した。自分以外に、全部で七頭いた。全て自分が知っているトビトカゲとは明らかに違っていた。


 体の色が黒に近い緑色だったり、口先が鳥の様な口ばしをしていたり。首の周りに毛の生えている物。目つきが鋭い物等いた。

 そんな中、新良は自分の前で待機している、綺麗な体をしたトビトカゲを見付けた。自分もあの様なトビトカゲにも乗って見たいな…。と、思って見ていたら、それに跨っていた少年が後ろへと振り向く、その少年は宋和だった。


 「やあ…」

 と、新良を見て軽く片手を上げる。


 「やあ」

 新良は、挨拶を交わす。


 「新の、そのトビトカゲ名前は何?」

 「風輝だって」

 「へえ…良い名前だね、僕のトビトカゲは烈光れっこうと言う名前なのだ」

 「格好良い名前だね」

 「うん…。お互い頑張ろう」

 「うん…」


 宋和は何かに気付いたのか、いきなり前方を向いた。新良は後ろを振り返ると玄礼の姿があった。玄礼は流栄や他の数人の人達と一緒にいた。彼等は何か話し合っている様子だった。

 しばらくして、全員に色の着いた二本のたすきが配られた。色は全部で八色あり、緑、赤、黒、白、紺、黄色、水色、朱色があった。その中で新良は緑色の襷を選んで受け取った、そのうち一本をトビトカゲの頭に巻きつけて、もう一本を自分の額に巻きつけた。宋和は赤色の襷を巻きつけていていた。


 準備が整うと玄礼が、衣装を身に付けた姿で観客集の前に現れた。


 「お集まりの皆さん、本日はトビトカゲ競技の記念すべき第一回目です。今回は、島の誕生祭でもあり多くの島の住人の方々にも、来て頂いて感謝します。そもそもこの様な形で競技を行う様に至ったのは、我々トビトカゲを育てている側の者達が、いかに自分達のトビトカゲが良いのかを島の住人達に見て知って頂く為、そしてその様な披露の場を見せる為…。以前から皆で話し合った末、今日、この場を選んだのであります。さて、お集まりになった方は、もう…お分かりでしょうが競技に参加して頂く選手は皆、十代の若者達です。我々は乗り慣れている男性等を控えました。理由としては荒い競技にしたくない事と、これから島の未来を背負って行く若者達の姿を見届ける為。そう言う意味で年若い者達を選手にしました。競技の場も、勿論安全性を、駆使して、作り上げています。選手等には怪我が無いよう、落下防止等の安全面の配慮を施してあります。さて、選手達の皆さんには今から日頃の練習の成果を発揮して頂くのですが…我々としては、皆さんに少しでも頑張って頂く為に何か良い提案は無いのかと考えた末。優勝者には…今日、この日の為に一時的に島へ帰島して、今…巫女で舞いを行っている凛美りんみから花束を祭壇の上で頂くと言う提案をいたしました」


 それを聞いた時、周りの男性達は「おおー!」と、声を揃えて驚いていた。新良は何が凄いのか隣の男性に聞いて見た。


 「何が、そんなにすごいの?」

 「お前は…今、あの人の話を聞いていなかったかよ?凛美と言えば…この島から本国、清豊半島にある学舎永連へ推薦入学した人だよ」


 それを聞いた隣にいる男性も、口を出して来た。


 「緑谷島から、ここ十年以上の間に永連に入学した人は少なく、そもそも入学出来るだけでも名誉なのに凛美は推薦入学だからな、それは凄すぎるよ」

 「聞く所によると頭が良く、運動神経も良く、かなりの美人らしい…。永連では常に成績は上位にいるとの噂もある…。島の男性にとっては、恋人にしたい連中等が多いとも聞く」

 「そうなの…?」


 新良は、それほど学問や女性には、あまり関心が無かったので受け流すような返事をした。

 玄礼の話が終わり、観客の前から下がると次に流栄が皆の前に出て来た。


 「競技を行う前に、幾つか説明を行います。第一に、競技は笛の音と同時に開始します。一番初めに、この競技場を三周走り抜けた選手が出た時点で競技は終了となります。次に競技中、相手選手との競り合いの中、もし目に付く様な相手選手への悪質な妨害が発生した場合、その選手には即退場して頂きます。自分からの説明は以上です。では選手の皆さんは前へ出て来て下さい」


 流栄の言葉に選手達は、トビトカゲを立たせて、白線が引かれている場所まで前進させる。前八頭のトビトカゲが、横一列に並んだ。新良は、少し緊張していた。周りを見て集まっている観客を見た。その時、巫女の姿で見に来ている女の子達の中に、背の低い女の子が、じっと新良を見ている事に気付いた。


 (あれ…もしかして…理亜?)


 そう思って横を向いている瞬間、大きく笛の音が鳴り響き、全選手が一斉に走り始めた。全員と比べて少し間を置いて新良は出遅れて走り始めて行く。


 それを見ていた観客集の中から、大きな溜息が聞こえた。


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