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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
17/42

三年前 8

 その日、新良は里塾の授業中ウトウト…と何度も眠り掛けていた。授業の間、顧問を行っている来史に頭を小突かれたりした。その日の授業が終了して子供達は皆、帰宅を始める。新良は知り合いの友人達と一緒に、お喋りをしながら帰宅の道を歩いていた。ふと…後ろを振り返ると少し離れた場所で理亜が女の子の友達と一緒に楽しそうに話会いながら歩いていた。


 しばらく歩き続けて行くと友人達とは分かれて行き。やがて理亜と、良の二人だけになっていた。


 二人は少しの間、何も話さずに道を歩いていた。新良の家が近くに見えた時に理亜が新良に言い掛けて来た。


 「貴方のお父さん、ちゃんと帰って来ていると良いね」


 理亜は何気ない一言を声に出す。


 「心配してくれて、ありがとう」


 二人は手を振って別れる、新良は自分の家へと続く大きな木の橋を渡って行く。橋を渡り終えて木の階段を上って行く。家へと辿り着くと家の裏から声が聞こえた。裏へ回ると父が既に戻って来て夕食の為に、薪を燃やし始める頃だった。


 父は新良の姿に気付くと「おう、お帰り」と、何時ものように何気ない挨拶で迎えてくれた。新良は無言のまま、しばらく父を見続けていた。今日朝方里塾へと向かう途中父の姿を見付けた事。新良は聞こうか、どうしようか…と、戸惑っていた。


 その場に立ち尽くしている新良に気付いた登武は、気になって「どうかしたのか新?」と、声を掛ける。


 「あ…いや、別に、何でも無い」


 と、新良は答える。


 「母さんの手伝いをしてくるよ」


 新良は家の中へと入って行く。


 「ああ、頼む」登武は、答えて、薪を焚き続ける。


 その日の晩は賑やかな笑い声が、家の中で響き渡る夕食を迎えた。


 数日後…。新良はトビトカゲの乗り方も上手になり、流栄も太鼓判を押しても良いと言う程の上達振りを見せていた。出来るだけ短期間で覚えると言う事が成果に繋がったと流栄は言う。


 「もう、大丈夫だね。あとは明日の誕生祭で結果を出すだけだな」

 「分かった、明日は頑張って見るよ」


 新良は、そう言うと、


 「今日は塾があるから、家に帰らなきゃ」


 と言って、流栄と別れる。


 「気を付けてな」

 

 流栄は手を振り、新良を見送る。

 その日、里塾が終えると新良は帰宅準備をしていた。


 その時、後ろから新良を呼ぶ声が聞こえた。


 「おい新、今日時間あるか?」


 新良が、後ろを振り返ると同じ年頃の男の子の姿があった。男の子は、新良と同じ位の背丈の高さで、髪は赤茶色で短め、目は細めで、鼻は小さく、やや浅黒い肌をしていた。男の子に気付いた新良は笑みを浮かべて返事をする。


 「やあ、宋和そうわどうしたの?」


 宋和と呼ばれた男の子は、新良の近くへと寄ると、嬉しそうな表情で話し掛ける。


 「明日の誕生祭の、会場を見に行かないか?」

 「うん、良いよ」

 「じゃあ、今から行こう」


 そう言われて、宋和に付き添って、新良は里塾を出て行く。外に出てすぐ近くの所に理亜が数人の女の子友達と一緒に話会っているのを見付けた。


 「あちょっと、待っていて」


 そう言って、新良は女の子達一緒に居る、理愛の側へと行き理愛の肩を叩く。


 「今日は、今から友達と一緒に遊びに行くから」

 「そう…私も、ちょっと友達と行く所があるから構わないわ」


 新良は、手を振って宋和の居る場所まで走って戻る。宋和と一緒に木の道を歩き始めた新良は、深い木々が生い茂る道を歩き続けて行く。

 まだ昼過ぎなのに辺りは薄暗く、木の道が続く途中、所々道の脇には明かりが灯されていた。道は次第に細くなっていた。


 道を進んで行く途中、新良は宋和に話し掛ける。


 「今年も開催場所は、中央樹で行うのかな?」

 「そうだよ」

 「明日が楽しみだね」

 「そうだね…年に一度の、お祭りだから」


 二人は言葉数は少ないが、いろいろ話し合って歩き続けて行く。細い道を歩き続けて行く先に、前方に木で作られた階段が現れた。少し古惚けていて、苔生していた。二人は、古惚けた階段を上って行く。やがて、階段を上り終えて先へと進むと、目の前に切り開いた風景が見えて来た。


 辺り一面広大な敷地の空間が目の前に広がっていた。その視界の中央には新良が住んでいる家の樹を遥かに超える、巨大な樹の姿があった。樹がある中心部までは、二人の居る場所から、かなり離れているが、それでも樹の大きさが伺える程だった。上を見上げると、その大きな樹の枝の部分が二人の居る場所まで伸びていて、さらにその先まで伸びていた。


 巨大な樹を取り囲むかの様に、広間は円形状に作られていた。広間の周辺には、明日の祭りの準備へと勤しむ、数十人の大人達の姿があった。


 宋和は額に手をかざして、何かを探し始める。しばらくして「あっちだ」と、声を出して走り出す。新良は、宋和の後を追い掛けて行く。


 上がってきた場所から、反対方面へと向かって宋和は走って行く。新良は宋和が進む方向へと付いて行く。しばらく進むと広間の端の一角を使って、木製で作られた大きな道が見えて来た。


 二人は息を切らして道の近くまで走ってく、近くまでたどり着くと走って疲れた体を休ませて、道の近くに設けられた大きな柵に二人は寄りかかる。


 「新、これ何だか分かる?」


 息切れしながら、宋和は新良に話し掛ける。


 「全然…分からない」


 新良は、服の袖で汗を拭きながら答える。


 「明日トビトカゲの競技をする会場の場所だよ。俺は、自分の地域の代表選手に選ばれたから、明日は出るのだよ。君は選ばれたかね?」

 「うん、選ばれた。ここ最近…朝は、ずっと練習をしていたよ」

 「じゃあ、明日はお互い競技相手になるのだね」

 「そうだね」


 そう言って、新良は競技会場の周辺場所を見ていた。道の横幅は広く、端には大きな柵が、取り付けられていた。道の先を見ると、平坦な道だけでなく、坂や、曲がり角等いろんな障害になりそうな箇所があった。


 二人は、じっと道を眺めていた。その二人の後方に二つの人影が現れると、その人影の一つが声を発した。


 「おや…新良君、どうして君が、ここに居るのだね?」


 と、聞き覚えのある声に気付き、振り返ると、そこには流栄の姿があった。流栄の隣には五十代過ぎの男性の姿があった。


 「ちょっと、友達と一緒に明日の誕生祭を見に来たの」

 「そうだったのか」


 流栄は笑いながら答える。


 「流栄、こちらの少年は?」


 隣に居る男性が、不思議そうに流栄に話し掛ける。


 「私の知り合いだ」

 「そうか…」


 男性は、背丈は流栄と同じ位だった、顔は細長く髪は短く、白髪交じりだった。男性は、少し汚れた衣類に身を包んでいた。そんな男性は宋和を見ると笑みを浮かべて言う。


 「こんにちは、宋和君」

 「こんにちは、玄礼げんれい先生」

 「今日は、明日の競技の下見かね?」

 「はい、そうです」

 「何時もながら、君は勉強に余念が無いよね…とても感心だ」

 「こちらの新良君も明日は、競技に参加するそうです」

 「ほう、そうだったのか」

 「彼は私の、教え子ですよ」


 流栄は横から口を出す。それを聞いた玄礼は流栄を見て、少し声を強めて話出す。


 「ま…自慢では無いのだが。宋和君は私が教えている子供達の中では一番出来の良い子でね。彼を出すと他の子達に悪い気がしそうで、どうしようかと迷った程だよ」

 「新良君も私の教え子の中では一番だよ。短期間でありながら覚えが良く、少なくとも下手な乗り手なんかよりは、ずっと上手にトビトカゲを操れるよ」


 二人の男性は真剣な表情で、じっと相手の顔を見る。


 「フン、例え乗り手が良くても使うトビトカゲが良くなくては意味が無いよね。流栄君…?そもそも薄汚い借家で育てているようでは、勝負に適したトビトカゲ等は、いないのでは無いかね?」

 「その辺の事は、貴方に心配なさらなくても大丈夫。明日は競技に十分、適したトビトカゲを用意するつもりですから」


 流栄は「十分」の辺りを、声を強めて言う。それを聞いた玄礼は、ジロッと流栄の顔を見た。


 「まあ…明日は、そちらの自慢の教え子の実力を、是非見せて頂きましょうか」


 少し皮肉混じりな、言い方をして、流栄の側を離れて行く。玄礼は宋和の側へと行くと…


 「明日の打ち合わせをしたい」

 と、宋和に話掛ける。


 宋和は新良に「じゃあね」と、手を振って、玄礼と一緒に中央樹の広間から離れて行く。新良は、遠ざかって行く友達の後ろ姿を見ていた。


 「すまないね、余計な邪魔が入ってしまって」


 流栄は、側に来て言う。


 「普段は、あいつは良い人何だが…お互いトビトカゲが絡むと、少々…ムキになってしまう所があってね。悪いことしたね」

 「全然気にしていませんから、大丈夫ですよ」


 「すまないね。明日の競技は、どうやら…楽しくは出来そうに無いかもね」


 流栄の言葉に新良も頷きながら、確かに…と言いたかった。

 個人的に、楽しみにしていたトビトカゲの競技が、ちょっとした経緯で、思わぬ競技へと変わった事に、新良自身は、戸惑いを感じていた。


 短期間でトビトカゲの乗り方が上手くなったとしても相手は友人の宋和だ、どれだけの腕があるかは分からないにしても、少なくとも…自分よりは上手いに決まっている、と…新良は感じた。


 「流栄さん…」


 新良は流栄に話し掛けようとした。その時、離れた場所から「新良―」と、大声で、しかも聞き覚えのある、呼び声に気付いた。


 声が聞こえた瞬間、直感的に新良の脳裏に「逃げろ!」と、指令が下り。流栄に「失礼」と、一言声をかけて、その場から走り始めるが前方に突然現れた、数人の女の子達によって取り押さえられて地面に押さえ付けられ身動きが出来なくなる。


 「何をするのだよー!」

 「理亜が呼んでいるのに、逃げようなんて許さないから」


 顔を見上げると目の前に理亜の姿があった。理亜は皆に手を離すように言う、自由になって起き上がる新良を見ていた。


 「何で、人が呼んでから、いきなり逃げ出すのよ?」

 「別に…」

 「それより、どうして中央樹の広間に貴方が居るの?」

 「別に…」

 「人が親切に聞いているのに、何よその態度は?失礼しちゃうわね」

 「理亜こそ、どうしてここに居るのだよ?」

 「人の質問に、ちゃんと答えてくれない方に答えたくはありません」


 理亜は後ろを向いて、そう言う。

 新良はトビトカゲの競技に参加する…と、言いたかった。しかし理亜にそう言うと彼女の性格から出るのを止める様に言ってくるのが、新良には分かっていた。その為今までずっと理亜には内緒にしていた。

 練習にも慣れて、やっと競技に出られるのに全てが台無しになっては、いけないから。新良は、そう思っていた。

 理亜は友達と手を振って別れて帰り始める。新良も流栄に一言声を掛けて別れる。

 新良と理亜は同じ道を歩き続けて行くが、その間、理亜は新良に何も話し掛けて来る様子が無かった。


 「どうして、さっきから黙って歩いているの?」


 新良は後ろから声を掛けるが理亜は振り向きもせず何も言わず。ただ、そのまま歩き続けていた。二人の会話は、新良の一方的な質問攻めだった。何時もの道を歩き続け、やがて新良の家が前方に見えてくると、理亜は振り返り新良を見て「じゃあね」と、一言声を掛けて、そのまま歩いて帰って行く。


 「へんなの…」


 新良は一人呟いて理愛が去って行った道をしばらく見続けていた。風がピュウ…と吹いた。やがて新良は家へと向かって帰って行く。


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