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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
16/42

三年前 7

 新良は借家の裏にある小屋へと続く道を通って行く。小屋の中には明かりが灯されていて何とか、辿り着く事が出来た。小屋の中を覗くと、まだ朝早くなのに、既に流栄は起きていて、トビトカゲに餌を与えて世話をしていた。側では流栄の妻らしき女性が、一緒になって、他のトビトカゲの世話をしている姿もあった。二人は時折、何か会話をしている様子だった。


トビトカゲの世話をしている流栄は、「おや?」と、声を出して玄関先で自分達を見ている新良の姿に気付く。流栄は新良に近付き


「やあ…お早う、言われた通り早起きしてくるとは、感心だ」

 「あら…新君、お早う朝早くから感心ね」


 流栄の後ろから女性が現れ挨拶をする。


 「お早うございます」


 新良は、二人に挨拶をする。


 「我が家の利空は、まだ起きて来ないのよ」


 女性は少し呆れた声で話す。流栄の側に居る女性は、四十代過ぎの様だった。背丈は低く体は細長く顔は小さく、目は丸く、鼻は小さい。髪は黒いが所々に白髪が混ざっていた。


 「令菜れいな余計な事は言わなくて良い」


 流栄は、自分の隣に居る女性に対して言う。流栄は新良を見て


 「せっかく朝早起きして来てくれたのだ、まあ…少しゆっくりして行くと良い。もう少し明るくなってから、トビトカゲの基礎的な練習を始めよう。それまで少し汚いが中で、ゆっくりと、お茶でも飲みながら話でもしようではないか」


 そう言って流栄は新良を、小屋の中へと招き入れる。新良は小屋の中へ入って行く、小屋の中には紐で繋がれた大人のトビトカゲが何頭もいた。どのトビトカゲも身体つきは逞しく、もし後ろ脚で蹴られたら一溜まりもなさそうな感じがした。


 「令菜、新君に茶を淹れて来てくれないか」

 「分かりました」


 令菜と言う女性は、小屋を出て行く。

 小屋の中、流栄は近くにある切り株に腰を下ろして「新君も、その辺に座ると良い」と、手を差し伸べて言う。新良は、すぐ側にある木の上に腰を下ろす。自分の後ろにはトビトカゲが、時折顔を近付かせていた。


 「新君は、これまで何処かでトビトカゲに乗った経験とかは、あるかね?」

 「いえ、全くありません」

 「そうか…では、質問を変えて。トビトカゲの島での役割とかに付いて何か聞いた事は、あるかね?」

 「ありません」

 「なるほど…」


 流栄は腕を組みながら一人頷く。しばらくして小屋の中に令菜が盆の上にお茶を乗せて戻って来た。二人は、お茶の入った湯呑を受け取ると軽く一口飲む。


 流栄は、新良を見て口を開く


 「少し話をさせて貰っても良いかな?」

 「構いませんが…」

 「悪いね、なるべく手短に話をするよ」


 と、言うと流栄は手に持っていた湯呑を、側に置き新良の顔を見て話を始める。


 「我々がこの島で生活に必要不可欠な項目の上で、特に重要視されているのが、男性達の狩猟である。その狩猟も、必ずしも人の足だけでは行えない場面が幾つもある。まあ…それは、この島で暮らして居れば分かり切った事かもしれないが、過去と比べて現在の島での暮らしは幾分良くはなって来てはいる…しかし、それでも未だ人の手の届かない、未知の場所は多々ある。場所によっては人の立ち入いるのが危険な場所さえ、この小さな島にはある。そんな中、より人の生活を快適にする為に用意されたのが、このトビトカゲなのだよ。このトビトカゲの利用は、我々の祖先達が島に来た頃から、利用方法は始まっていた。しかし人の足として利用されるまでには、その頃は至っていなかった。当時は、今と比べて何分、生活そのものが不便だった事と人々にそんな余裕がなかった、と言う二つの理由が原因だったと、思われる。その頃と比べて現在は祖先達が残してくれた足跡が形として、我々の今の日常の中に残っている。そんな中で、近年より快適さを求める上で、注目を浴びているのがトビトカゲの利用方法である。トビトカゲは両足に鋭い爪を生やしていて、その爪は、岩にも穴を開ける程の硬さであり。まず爪が折れる事は無い、それに爪が折れてもすぐに新しい爪が生えてくる。何よりトビトカゲは、その名の通り飛ぶような程の脚力を兼ねそろえている。それによって、この島の密林の中を自由自在にいろんな場所へと、短時間で行ける。これは、島で暮らす者達にとって、大きな魅力でもある。それまで目的地に行くまでに半日掛かりだった場所が、トビトカゲを利用すれば、ものの短時間で行く事が可能である。その為、近年移動手段として利用者が増えてきた。その上、本国から観光に訪れる人にも提供している者もいる。最近では、狩りを行う事に使うのが主流になりつつもある。理由としては、それまで一頭の獲物を追うのに、数人掛かりで、追い掛けたり、罠を仕掛けたり…と、誰もが頭を悩ませていた。しかしトビトカゲに乗って狩りをする方が便利だと言う人達が増えて来たのだ」


 流栄は、そこまで話をすると少し口を休める。


 「トビトカゲって、便利な生き物だったのですね」


 新良は流栄に話す。


 それを聞いた流栄は苦笑しながら


 「物事には、良い物があれば必ずそこには悪い物も、現れるものだよ」


 流栄は答える。側にいた令菜も、しぶしぶと頷いている。


 「どうしてですか?」

 「一頭のトビトカゲが大人になるまでには、約三年近くの時間が必要になる。一人前のトビトカゲにするには、それから毎日の運動が必要となる。運動不足のトビトカゲでは密林の中を、自在に飛び回る事が出来ず、乗り手に不満を抱えさせてしまう。それではいけないため常に、トビトカゲには運動が必要とされる。しかし、良く動き回る物程餌の消費量が多い餌を出来るだけ分け与えたいのだが…平等に分け与えていると、それで生活している我々に今度は負担が掛ってくる。我々は、あくまで生き物を商売として、トビトカゲを飼育しているのだ。その為一番活躍出来る物から、順番に、餌を与えて、利用者にお勧めするしか、打つ手は無いのだ。しかし、これは、利用する上での話である。今までトビトカゲを飼育する上では、近年これ程までに利用者が増えるとは、誰にも予想はつかなかった、そんな中、最近トビトカゲを飼育して利用者に提供する者達が増えてきたのだ。競い相手が増えると飼育する側にとっては、大きな荷を背負わせる事になる、何より相手側より、良い物を、提供しなければならないのだから、しかし、そんな簡単に優れた物など、すぐに出てくる訳がない。飼育する側にとって、それが本音である。その為トビトカゲを飼育する者同士が、いかに自分達の育てたトビトカゲが良いのかを皆にわからせる為に計画したのが、今度の誕生祭で行われるトビトカゲ競技なのだ。新君には、その競技に私達の代表として今回出場してもらうのだよ」


 新良は話を聞いてしばらく考え込む様な表情をしながら口を開く


 「出るのは構いませんが…どうして僕が選ばれるのか、その理由が良く分かりませんが…」

 「まあ…昨日言ったように参加者が、いない事と今回は、あくまで競技である事、その為危険な種目では無く、楽しむ為に行なう事を重点に決め付けられたのだ。そんな理由の中、参加者は十代が良いだろうと皆は話し合ったのだよ、競技に使われる場所も安全性を重視した様に作られているから、よほどの事がない限りは大丈夫だと言われている」


 それを聞いた新良は自分が選ばれる理由が何となく分かった気がした。考えてみれば自分達の住む、地域周辺には、子供達の数は少なく十代で同じ年頃の子供のその大半は、女の子の方がどちらかと言うと多い、そんな中トビトカゲに乗れる子を探すとなると他の地域まで行く必要になってしまう。


 「分かりました」


 新良は、ようやく納得して返事を返す。


 「そうか、分かってくれたかね」


 流栄は笑顔で頷きながら腰を上げる。


 「では…さっそく、今から練習を行おう、少し外で待っていてくれ」


 流栄は小屋の奥へと姿を消した。小屋には新良と菜と二人だけになってしまった。


 「どうぞ、外で待っていて下さい」


 令菜は、そう言って湯呑を盆に乗せて小屋を出て行く。新良は言われた通り外へと出て行く。


 外で少し待つこととなった新良は、空を見上げる東の空が少し明るくなり始めて来ていた。しばらくして、後ろからガサガサと叢の中から物音がして振り返ると流栄が一頭の大人のトビトカゲを連れて現れてきた。


 「こいつは瞬風しゅんぷうと言って私のお気に入りなのだよ、今日はこれに乗ってトビトカゲがどう言う物かを体で知ってもらおう」


 流栄は、そう言いながら連れて来たトビトカゲの体をさすりながら自慢げに言う。新良は、瞬風の側へと行く。流栄は、新良の腰に太い紐を巻き、その先端に金属製の太い錠を取り付ける。


 「これは…?」

 「落下防止の為の、命綱いのちづなだよ」


 流栄も自分に同じような錠を取り付ける。準備が整うと流栄は、トビトカゲの前の鞍へと跨り、手綱を握りしめてトビトカゲの状態を安定させる。


 「さあ、乗って」


 流栄が手を差し伸べて、新良がトビトカゲに跨れるよう手伝いを行う。不安定ながらも新良は、何とかトビトカゲの背の上に跨る事が出来た。くらの上に跨ると、流栄は、後ろの新良を見て「よく掴まっているのだよ」と、言うと流栄はトビトカゲの手綱を掴んで、トビトカゲを走り出させる。


 木の道を走りぬけて行き、木々が生い茂る森の中を抜け出ると、トビトカゲは大きく跳ね上がり、そのまま垂直に落下をして行く。流栄の後ろに掴まっている新良は、このまま密林の下へと落ちて行くのではないか…と、思いながら、わずかに目を開けて見ていた。


 密林の中を落下して行く途中、太い木の幹に、トビトカゲは足を掛けて反動に勢いを任せて、そのまま上空へと高く飛び跳ねって行く。

 風の勢いに逆らい木々が生い茂る密林を眼下に置いた風景を、新良は、わずかに見開いた目で眺めていた。


 トビトカゲは密林の中へと落ちて行くと、まるで木々の輪を掻い潜るかの様に樹の幹から幹へと、素早い勢いで飛び移って行く。

 素早い動きの中を新良は、とても目を開けられず流栄の体に、ただしがみ付いているだけだった。


 やがてトビトカゲの、動きが止まった事に気が付く。目を閉じていた新良は何処からか笑い声が聞える事に気が付く。

 目を見開き顔を上げて辺りを見渡すと、自分が何時の間にか元の借家の場所へと戻って来ていた事に気が付く。借家の前には利空が新良の姿を見て笑っていた。


 「始めての乗り心地はどうだったかね?」


 利空は、からかうような口調で新良に話し掛ける。


 「今日一回目では、すぐには分からないだろう、練習を積み重ねていけば大丈夫だと思うよ…」


 流栄はトビトカゲから降りて、後ろに跨っていた新良に手を差し伸べてトビトカゲから降ろす。トビトカゲから降りた新良は地面に着地した時、足が思うように力が入らず、そのまま後ろに倒れて地面に腰をつけてしまった。


 「あれ?思うように立てない…」


 新良のその動作を見ていた流栄が笑いながら言う。


 「始めての人は皆…必ずなる事さ、いきなり経験した事の無い物に対して体がびっくりしているのさ。しばらく体が言う事を聞かないけど大丈夫すぐに治るよ」


 新良は、しばらくの間その場所から動けなかった。ようやく立てるようになり、その足で家へと戻って行く。まだ朝は早い時間であった為、家に父と母の姿が家の表から見えた。裏に回って子供部屋の窓から侵入をする。

新良は蒲団に潜りこもうとした。その時、表で父が玄関へと向かう足音が聞こえて、父が出て行くと、母が子供部屋へと向かって歩いて行く。母は、朝寝坊の常習犯を叩き起こそうと、何時ものように勢いよく部屋に入って来たのだが…珍しく新良は起きていた為、母は驚いた顔をした。


 「あら、お早う…、珍いわね貴方がこんな朝早くから起きているなんて…、嵐の前触れかしら?」と、母は少し呆れた表情で言う。


 「お早う、たまには早起きも良いかな…何て思って、起きて見たのだよ」


 新良はわざとらしく、その場の都合に任せて答えた。


「そう…まあ、早起きをしたのなら何時ものように食事をしてきて、朝の仕事をしてきておいてね」

「はい」


新良は返事をして子供部屋を出て行く。居間へと行くと何時ものように朝食を済ませて、朝食が終わると表に出て用水路で顔を洗う。顔を洗い終えると桶を持ってきて水汲みをする。


一息吐いて新良は辺りを見渡す。つい数十分前まで自分は、トビトカゲに乗って巨大なこの森の中を飛び回っていたのだ…と、思い返す。朝の仕事をやり終えると上着を着込んで里塾へと出掛ける準備を整え家を出て行く。


家を出る時、母が何時ものように玄関先で見送っていた。麗友は、まだ子供部屋から起きて来ていなかった。


家を出て木の道を歩き進んで行く途中、新良は木の道の向こう側を歩いている理亜を見つけると、走って行き「おはよう」と、挨拶をする。


 理亜は新良に気付き、「あら、お早う。今日は珍しく早いのね…」と、答えながら理亜は挨拶を返す。


「全く、今日が往復日になるとは正直思っていなかったよ」

「まあ…仕方無いわよね。昨日は深部の方達が、あれだけ大勢詰めかけられたら近隣の私達が引くしかないもの」


 理亜は、まだ寝起きだったのか服をしっかり着直し髪を手で撫でながら整えて歩いて居た。二人は樹の道を歩き進んで行く。しばらく歩いて行く途中、新良は自分達とは反対側の木の道のわずかながらの広場に父親である登武らしき人物を見付ける。


 (あれ、お父さん…?)


 新良は、そう思って歩く足取りが止まる。新良は反対側に見える人物の姿を良く見る。父、登武らしき人物は、他の数人の人達と一緒だった。

 一緒に歩いていた理亜は、少し歩き進んでから振り返り、新良が何かを見ている事に気付いて、戻って行く。


 「どうしたの?早くしないと、遅れるわよ」


 理亜は、新良を見て話す。


 「向こうに、お父さんがいる…」


 新良の言葉に理亜は、少し驚かせられて新良の立っている場所まで戻り同じ方向を見る。理亜も、向こう側に見える人が新良の父、登武だと一目で分かった。


 「本当だわ、貴方のお父さんよね…どう見ても。でも…確か今の時間帯は貴方のお父さんは狩猟に出掛けている時間帯なのでしょ。そうすると貴方のお父さんが、この周辺に居るのは何か、おかしいわね」


 理亜の言葉を聞いた新良は、心配になり「ちょっと、会ってくる」と、言って、父が居る場所まで、走って行く。


 「ちょっと、塾はどうするのよ!」

 「あとで行くよ!」


 理亜に、そう言い残して新良は木の道を駆けて行く。新良が父の居る広場に向かう頃、父とその場に居た数人の人達は広場を離れて、奥の密林へと姿を消していく。新良は父と数人の人達が居た場所までたどり着くと辺りを見回す。既に父達の姿は、そこには見当たらなかった。新良は息を切らしながら、しばらくそこに立っていた。


 里塾で学問の勉学に励んでいる理亜の机の横に、新良の姿が現れた。走って来たのか、息を切らして汗をかいていた。新良は、理亜の隣に空いている席へと腰を下ろす。新良に気付いた理亜は、そっと小声で話し掛ける。


 「どうだったのよ、貴方のお父さんは?」

 「駄目、見付からなかったよ…」


 新良は首を横に振りながら言う。


 「そう…残念だったわね…」


 理亜は溜息交じりに答える。


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