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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
15/42

三年前 6

 樹の上の枝に止まっていたトビトカゲは乗り手の指示で、枝から枝へと飛び移りながら新良が居る近くまで降りて来た。トビトカゲに乗っていた二人の男性うち後ろに乗っている男性は利空だった前方には、五十代位と思われる男性が乗っていた。男性は新良を見ると笑顔で「こんにちは」と、挨拶をする。

 相手の男性に対して新良も


 「こんにちは、流栄るえいさん」


 挨拶を交わす。

 流栄と呼ばれた男性は、背丈は高く薄茶色の長い髪をしていて、顔は痩せていた、眼は細く吊り上っていて鼻は高かった。鼻の下と顎の下にヒゲを生やしていた。


 トビトカゲに乗っていた二人は、トビトカゲの背から降りて新良の近くへと歩み寄る。二人は、にこやかな表情で話し掛ける。


 「新君、君が今度の祭りの日のトビトカゲの競技に出ると言う事を、家の息子から聞いたよ。家で飼育しているトビトカゲでは、まだ参加者が見付からなくて困っていたところなのだよ。いや…正直嬉しい限りだよ」


 流栄と言う男性は新良に近付き、両手で新良の両肩を掴みながら嬉しそうな表情を見せて


 「頼めるかね?」


 流栄が尋ねると新良は、しばらく間を置いてから「良いですよ」と、答える。


 それを聞いた利空達の親子は大声で「やったー」と、手を叩き合いながら喜ぶ。


 「ところで…練習などは何時頃、行えば良いのですか?正直言って自分はトカゲ乗り全くの素人ですよ」


 それを聞いた流栄は笑いながら答える


 「そんな事気にする事は無い。誕生祭まで、あと十日はある。それまでの間に私が君を、みっちりと仕込んでやるから心配しなくても大丈夫だよ」

 「そ…そうですか…」

 「では明日の、朝一番に私達の家に来て基礎から始めよう」

 「分かりました」


 話が決まると流栄はトビトカゲの鞍に跨る。利空も追い掛けて父の後ろ側のトビトカゲの鞍に跨る。利空は新良を見て


 「朝寝坊するなよー」


 それを聞いていた流栄は、我が子の頭を軽く小突く。


 「では、また明日」


 と、一言。二人を乗せたトビトカゲは、まるで疾風の如く素早い速さでその場から走り去って行った。

その俊敏な動きをするトビトカゲを見ていた新良は


 「うわ…凄いな、あんな動きをする乗物に乗せてもらえるのだ」


 と、一人で呟く。その場に残った新良は二人を乗せて去って行ったトビトカゲの方角を、しばらく眺めていた。

 やがて陽も暮れ始めて来た事に気が付き始めると、新良は家へと続く細い道を走って行く。


 (母の料理を作るための薪を焚かなければ…)


 そう思って家の近くまで行くと、新良は我が家が見えてくる手前で足を止める。家がある場所からモクモクと白煙が立ち上っている事に新良は気付く。それは家の煙突から立ち上っている白煙だと分かった。


 「あれ?」


 思わず声を出してしまった新良は、誰が家で薪を焚いてくれているのだろう…?と、不思議に思いながら家の階段を上って行き家の裏側へと回り顔を覗かせると、そこには四十代位の男性の姿があった。その男性は新良に気付くと薪を焚いている竈から体を上げて


 「おう、帰って来たか、新」


 低い声で新良に声を掛ける、その男性は父登武だった。

 登武は背丈は高く、たくましい体をしていた。顔は細長く、目は細く鼻は高い。鼻の下にヒゲを生やしていた。髪は長く縮れていた。顔は煤だらけで真っ黒だった。苦笑し新良に向かって


 「随分遅い帰宅だな…おかげでこっちは、帰って来てからずっと手伝わされているのだぞ」


 新良に向かって皮肉を言う。


 「ちょっと貴方、もっと火を燃やしてくれない?」


 母…聖美が窓から顔を出して言う。聖美は、新良に気付くと


 「あら、新良何時帰ってきたの?まあ…帰って来たのなら、早く家に入って来て食事の準備を手伝ってくれない?」


 新良は父の顔を見て少し苦笑して、家の中に入って行く。家の中では麗友が居間の食台に器などを並べていた。麗友は新良に気付くと


 「あ…新兄、おかえりー。ねえ…これ、ぜんぶ麗友がならべたのだよ」


 嬉しそうに新良に話しかける。


 「へえ、凄いねえ」


 新良は、麗友の頭を撫ぜる。新良が食台の上を見ると出してある器は、全てでたらめに並べてあった。家の中に入って来た新良を見て母聖美が居間に入って来て。 


 「今日は予定より帰りが、遅かったのね。あら新…貴方、随分服が汚れているわね理亜と何処へ行って来たの?」


 母の鋭い言葉に新良は返す言葉が見付からなかった。「誰と」では無く、いきなり理亜と的を射た言葉には反論の余地は無かった。


 「どうして分かったの?」

 「貴方達の行動ぐらい直ぐに分かるわよ」


 母は、にやけた表情で言う。

 母が台所から出て来た時に台所の鍋が、グツグツと音をたてて煮え立っていた。母は急いで台所へと戻ろうとする。


 「貴方、ちょっと火が強すぎるわよ」

 「え…、何?」


 登武は、大声で聞き返す。


 「早く着替えてきて食事の支度を、手伝ってくれない?」


 母は台所から首を出して言う。


 「はい」


 返事をして新良は子供部屋に行く、部屋の中は薄暗く明かりを灯さなければ周りは見えにくい程であった。鞄を下ろして近くにある服を取り着替えて部屋を出て行く。


 新良が居間へと出て行き一家総出で、夕食の食事の支度をする。この家族では毎日この光景が行われていた。食事の支度が終わると父と、新良は食事前に顔や手を洗いに用水路へと行く。汚れを落として二人が家の中へと戻ってみると、居間では麗友が腹を空かして我慢出来ず、つまみ食いをしようとして手を伸ばした所を母に手を叩かれた。


 家族全員が揃って食事を始める。食台の前に輪を取り囲み皆が、その日の話題を口にしながら、楽しそうに食事を始める。

 半狩猟的な生活を送る緑谷島の人達にとって、この様な和やかな暮らしが必ずしも毎日送れるとは限らなかった。それは新良の家でも同じであった。地形があまりにも複雑な島での生活では、狩りに出掛ける男達にとって一日分の狩が出来るのが良い所である。


 狩りが出来ず家族が飢えに困っている家庭も中にはあった。家で誰かが働かなければ一家が共倒れになってしまう様な家庭も少なからずあった。

 新良の友達でも島では暮らせなくなった…と言う理由で家族で島を出て行った人達をこれまで見て来た。

親しい友人と別れた時に、厳しい現実を突き付けられた事を新良は目の当たりにした。


 その日の晩に作った食事は、その日のうちに全てたらい上げてしまった。皆は自分達の使った器は、自分達が用水路まで持って行き汚れを洗い流す。食器は家の中の棚へと持って行き食事が終ると軽くお茶を飲みながら皆でいろんな話をする。


 夜が更ける頃…新良と麗友は部屋へ行き眠りに就く。両親達もしばらくの間いろんな世間話をしていたが、その後部屋へと行き眠りに就く。


 ーーーその日の夜…夢の中で新良は不思議な夢を見ていた。見渡す限り広い荒野の中新良は一人立っていた。自分以外誰もいない荒野の中何かを叫んでいた。


 荒野を歩き続けて行く風が吹き付けるが、その風は妙に暖かい。東の空に陽が見えるが空を青く染めていない。奇妙な風景の中をさまよい続けていると前方に人影らしき物を見付ける、その相手は新良に気付くと、相手の者は何かを叫んでいるが、新良には言葉が理解出来ない。突然、相手の者は両手を頭の上で合わせると何か不思議な言葉を発する。すると両手から赤く輝く大きな火の玉が作り出された。


 火の玉は徐々に膨らみ続けて行く。やがて、とてつもない規模にまで膨らみ掛けると相手の者はその火の玉を新良に向けて投げる。それに驚いた新良は目を覚ました。


 現実に戻った新良は、半身を起して辺りを見渡す暗い子供部屋の中。隣では夢を見ている麗友の、小さな寝息が聞こえる。つい先程まで見ていた夢を思い出す。妙な夢の後…現実世界に戻れた事に少し安心感が沸き起こる。ふと…新良は、窓を開けて外を見る東の空が少し明るくなっている事に気付く。

流栄との約束を思い出して、新良は服を着替えて上着を着込み。子供部屋の窓から密かに抜け出して家の裏側を回って表を通って階段を下りて行く。辺りはまだ薄暗く肌寒い。


 木で作られた大きな橋を渡って行く先に前方にある小さな借家がある場所を目指して橋を越えて行く。借家には、まだ夜が明ける前だと言うのに既に明かりが灯されていた。


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