三年前 2
理亜に引っ張られながら新良は、森の道を歩いて行く。幅の広い木の道を歩いて行くと、時折すれ違う人達に理亜と新良は挨拶を交わして行く。
「ちょっと…」
新良は、理亜に話し掛ける。
呼び止められた、理亜は立ち止まり振り返って「どうしたの?」と、新良に話し掛ける。
「引っ張るの止めてくれない、さっきから皆に笑われている気がするのだよ」
「あら、失礼しました」
理亜は新良の腕を放す。
「では、行きましょう」
理亜が言うと二人は再び歩き始める。
広大な森林地帯をしばらく進んで行くと、前方にわずかな平地が見えて来た。平地周辺には木の柵が立てられていた。その中央には一際大きい建物が建てられていた…。二人は建物へ向かって歩いて行く、建物周辺からは他の道から来る子供達の姿もあった。
「お早う」
新良や理亜は皆に挨拶をする。ほかの子供達も同じように「お早う」と、元気な挨拶をする。皆は大きな建物へと入って行く。建物は少し古ぼけた感じが漂う木造の造りだった。二人は周りの子供達と一緒に建物の中へと入るが、その日は…少し古臭さのある木造の建物の中は子供達で一杯だった。周囲からは子供達がはしゃいで絶え間ないお喋りが建物の中いっぱいに充満していた。
二里塾の中は部屋が幾つもあるが…指定の部屋は無く皆空いている部屋へ着いた順に席に並ぶ…。しかし…新良と理亜が里塾に入る時は空いているが無く幾つかの部屋を歩いて回る。
「今日は来ている子が多いな…」
新良は、辺りを見回しながら言う。
「多分…深部からの子達が来ているのね。あまり見慣れない顔の子達がいる、こんなに来るなんて島の誕生祭が近いせいなのかしら…」
深部とは奥の意味であった。島の奥に住む人達や島の反対側に住む者は島で唯一の里塾に来る為に日数を掛けて里塾へと来ていた。わずかな授業の為に往復で一週間も掛けてくる子達もいた。
二人は奥へと通じる廊下を進み二階へと上がって行く。二階へと上がり部屋を探すが空いている部屋が見つからない。
「駄目ね…今日は空いている部屋が何所にも見つからないわ。来ている人達の数が、あまりに多すぎるよね」
理亜は、溜息を吐きながら話す。二人は廊下をうろついていると「お早う」と、後ろから挨拶する声に二人は気付く。
二人は後ろを振り返ると背丈の大きい男性の姿があった。
「あ…来史先生お早うございます」
理亜が挨拶をする。来史と呼ばれた男性は二十代過ぎの若い男性だった。黒い長い髪をしていて、目は細く、鼻が長い。顔はにこやかな表情をしていた。
「先生、今日は空いている部屋が見付からないのですけど…」
新良が、来史先生と呼ばれた男性に話し掛ける。
「確かに今日は来ている人が多すぎるね。もし良かったら日を改めて登校してもらえるかね?今日の授業分の予定は後日繰り返し行うから」
二人はお互いの顔を見合わせる。
「せっかく来たのに…」
理亜は不機嫌そうに呟く。隣にいる新良は少し嬉しそうな表情な顔で…
「分かりました…また、来ます」
と、言って新良は塾の建物を出て行く。
「あ…、ちょっと」
理亜が、走って塾を出て行く新良を追いかけて行く。
廊下にはまだ、部屋を探している子供たちが大勢いた。しかし塾で先生を務めている他の先生が子供達に大声で
「今日は、深部の方以外の近隣の方は後日改めて来て下さい」
それを聞いた近隣の子供達は、しぶしぶと塾から出て行く。そんな中…新良は走って塾から出て行くが塾を出る時に理亜に再び捕まった。
「わ、何だよ?」
新良は、理亜に向かって言う。
「どうせ貴方は、利空の所へ行くつもりでしょう」
「どうして、そう思うのだよ」
「考えている事ぐらいわかるわよ。顔に書いてあるから」
そう言われて新良は袖で顔を拭く。
「それより時間が出来たのだから付き合ってくれない?ちょっと寄って行きたい所があるの、良いでしょ?」
「こんな朝早くから何所へ?」
「明香叔母さんへの所よ」
それを聞いた新良は、少し気まずそうな表情で
「えー…、あの叔母さんの所へ行くの…」
と、新良は苦々しく言う。
「何よ、私の叔母さんは、そんなに嫌なの?」
「え、嫌じゃないけど、ただ…行くまでに距離があるから…」
「平気よ、ここからなら直ぐ近くじゃない。とにかく行きましょう」
「うん…」
元気の無い返事をして、そのまま理亜に連れてかれて行く。来た時とは違う道へと腕を掴まれて歩かされる。塾の広場に通じる道を、下りてその先にある道を西側へと進む。前方に大きな吊橋が見えてきた二人は吊橋を渡って行く。
二人は、吊橋を越えて木々の生い茂る薄暗い道を進んで行く。来た時とは異なり道を歩いていても、すれ違う人はいない。辺りから聞こえてくるのは、野鳥と獣の雄叫びだけだった。少し古く広い木の道を二人は進んで行く。
長い道を歩き進んで行くと、前方に大きな木の幹の上に大きな家が見えて来た。二人は大きな家に向かって歩いて行く。
大きな家にある広い庭に、一人の女性の姿があった。
「あ…叔母さんだ。おーい」
と、理亜は手を振って大声で呼ぶと…理愛の呼び声に気付いた女性は、少し離れた場所から手を振って呼び声に応える。二人は家の近くにある、大きな木の階段を駆け上って女性の側まで行く。
「こんにちは」
理亜は、大声で挨拶をする。
「あら、こんにちは理亜。それと新良君もこんにちは。お久しぶりね」
「こんにちは」
新良は、少し控え目に返事をする。
二人の目の前にいる明香と言う名の女性は、四十代位の少し痩せた感じの女性だった。背丈は、新良達より大きく、髪は赤茶色で、長い髪を後ろで束ねていた。顔は小さく目は細い。
「今日は聞いていた時間より随分早いわね。もう少し遅いかと思っていたから、まだ何も準備していないわよ」
「別に気にしなくても良いわよ。こっちも、里塾へ行ってから返されたのだから…」
理亜は、明香に話す。
それを聞いた明香は、笑いながら話す
「そう、分かったわ…。とりあえず中に入ってゆっくりとお茶でも飲みながらくつろいで、それからにしましょう」
そう言って二人を家の中へと連れて行く。
家の中は、入ってすぐに居間が広がっていた。物が整理されていて、すっきりとした広さであった。壁には、絵画が掛けられて空いたわずかな空間に花が置いてある。新良は自分の子供部屋が物で散らかっているのを思い出した。
「そこの食台でくつろいでいてね」
と、明香は二人に側の食台を案内する。二人は言われた通りに食台にある椅子へと腰を下ろす。二人は肩に掛けていた塾用の鞄を床へと下す。
二人は、家の中を見渡す。
「以前来た時と、何か家の中の雰囲気が違うよね?」
理亜は少し気にしながら新良に話し掛ける。
「うん…」
新良は何気なく返事をする。
「お待ちどうさま」
明香はお盆にお茶とお菓子を持って来て食台に置く。二人は、お菓子を見るなり手を伸ばしてすぐに口の中へと運ぶ。
瞬く間にお菓子は無くなり、お茶を飲み終えた二人は一息吐く。
「明香叔母さん、家の中…何か変えた?入って来た時に以前と違う感じがしたのだけど」
明香は、戸惑う仕草もなく
「あら、やっぱり気がついた」
「気がついたって…て?」
「ほら…あれよ」
明香は後ろの壁に掛けられている一枚の大きな絵を指した。新良と理亜は座っている場所では角度が見づらいので近くまで行って、その絵をよく見る。
その絵は家の中にある他の絵と比べて、絵としての華やかな表現は無かった。額に入っていながらも独特の異色の世界観を込めた絵であった。絵は油絵で一本の大きな樹が画用紙いっぱいに表現されていた。しかし…その表現は何処か薄気味悪さを感じさせていた。
「何…この絵…、薄気味悪いな…」
「あ、この絵って…!」
理亜は、何かに気付いた様な口振りだった。
「樹王の樹よ…」
「じゅおう…て、一体何?」
新良は明香をみて聞く。
「新良…貴方、樹王を知らないの?」
理亜は少し呆れた様な表情で新良を見る、
「家で両親とか誰かに、この島の…いかなる樹よりも比較にならない程の大きな樹があると言う話を聞かされた事ないの?」
「知らないなあ…」
新良の、その言葉に対して理亜は少し溜息を吐く。
「この島の、樹の王様なのよ」
と、明香は言う
「へえ…そんなのがあったのか…」
新良は少し感心しながら腕を組んで絵を見ていると。隣にいた理亜が壁に掛けていた樹王の絵を取り外す。
「ちょっと、何で取り外したりするの…」
「叔母さん…こう言う絵は、あまり人前に出す物では無いわよ、私片付けて来る」
「やっぱ、そう思うかしら…。気分転換に出したのだけど…」
「え…、どういう事?」
新良は理亜に尋ねるが、理亜は何も答えなかった。そんな理亜の横顔を新良がのぞき見ると理亜が物悲しげな表情をしている事に気付く。
「さて…と、お喋りはここまでにして、せっかく来てくれたのだからお手伝いをしてもらいましょうか、理亜は私の手伝いをしてくれる…。新良は外で薪割り(まきわり)と水汲みとあと…、裏の隣の家から荷袋を持って作物をもらって来てくれる、あと…」
「ちょ…ちょっと、一度にあれこれ言わないで下さい。一つずつ片付けていくから」
そう言って新良は、上着を脱いで表に出る。庭へと出て行くと、すぐ近くに薪が積み重ねられていた。薪が積み重ねられている所へ行って薪割りをする。用意された薪は大した量では無い為すぐに作業は終った。次に新良は水汲みをしに移る。桶を担いで近くの用水路へと向かう歩いてもそんなに距離の無い場所に用水路がある為、水汲みの作業も手間が無く終えた。
水汲みが終ると新良は裏にある隣の家へと空の荷袋を持って出発する、家の階段を下りて隣の家へと通じる道へと歩いて行く。