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光源郷記  作者: じゅんとく
第1章
10/42

三年前 1

 ~三年前…明天暦三二六年 九月頃


 ~緑谷島りょっこくとう


 太古の原生林が今も尚、息衝く島…小さな島でありながら島の面積半分以上が森林地帯に覆い尽くされている緑谷島…。島には平地が少ない為そこで暮らす人々の多くは、人の身の丈を遥かに超える原生林の幹や枝などの樹の太い個所等を上手く利用して家を建てて暮らしていた。


 その日…何時もと変わらない朝が来た。新良は少し早く目が覚めた。少し肌寒い朝であった為、新良は手探りで蒲団を探した。真夜中に寝転がって蒲団を見知らぬ方向へと飛ばしてしまったようである。蒲団を自分の所へと引っ張る時、蒲団にくるまっていた妹が転がり出て来た。新良は、そんな事など気にせず自分用に蒲団を確保する。


 肌寒さに目を覚ました妹は近くにある蒲団へと潜り込む。新良は、まだ眠気がするものの意識はあった。蒲団に潜り込んでいる状態で目を閉じていると隣の居間で父と母が何か話しているのが聞こえて来た。


 「そろそろ、今年も島の誕生祭の時期ね」

 「そうだな…今年は例年以上に参加者が多いと聞く。きっと大いに盛り上がるかもしれない今から楽しみだよ」

 「私も、楽しみよ」


 誕生祭とは島を挙げての祭りであった。年に一度、島の住民達が集まって一年の祝いを行う行事であった。数年程前から島の誕生祭には本国から、いろんな人達が大勢詰めかけて来るようになった。誕生祭を開催する人達には嬉しいが島の住人達にとっては、あまり嬉しくない…と言う意見があった。


 二人は、その後会話をしなかった。居間で物音がした。父が狩りに出掛ける準備を整えたようであった。


 「じゃあ行ってくるよ」

 父は家の玄関先で、見送ってくれる母に声を掛けて家を出て行く。


 「気を付けてね」

 母は一声掛ける。


 父を見送った後、母は、一息吐いて居間で朝食の手入れを行い子供部屋へと入って行く。

 子供部屋に入って来た女性は、四十代過ぎの少し老けた感じのする女性だった。背丈は低く少しふくよかだった。 顔は丸くて目は丸く、鼻は小さく、黒く長い髪を後ろに束ねていた。


 部屋には二人の子供の寝静まっている姿があった。まだ十代を過ぎたばかりの男の子と、十代にも満たない女の子の姿があった。

 母、聖美せいみは、子供部屋を見て少し溜息を吐く、昨夜寝る前に、しっかりと整えて置いた蒲団が一夜にして、まるで嵐が過ぎ去ったかの様に散らかっている様子を見て誰に似たのやら…。と、狩りに出掛けた父、登武とうむに向かって言いたかった。


 聖美は、まだ完全に目を覚ましていない新良の側へ行き、新良を揺さぶり起こす。


 「ほら、起きなさい朝よ」


 聖美の言葉に新良は、まだ少し眠たい目を開けて聖美に向かって寝惚けた声で…


 「お早う…」

 欠伸をしながら挨拶をする。


 新良は、動きたくない体を蒲団から起き上がらせる。寝惚けた様な足取りで新良が部屋を出て行く時、幼い妹が目を覚まし新良の姿を見て


 「何所へ行くの…?こっちへ、おいで」

 寝惚けた口調で言う。


 それに気付いた聖美は、妹の麗友の側へ行き


 「麗友は、もう少し寝ていても、良いのよ」


 優しく声をかける。妹は、そのまま再び眠り掛ける。


 新良は、居間へと行くと食台の上に並べてある母が作ってくれた朝食を戴く。朝の食事が終る頃、聖美が居間に顔を出して「水汲みを、しといてね」と、新良に声を掛ける。


 「はーい」

 新良は返事をする。


 朝食を終えた新良は家の外へと出る。大きく背伸びをして息を吸う。玄関先から辺りを見渡す。目の前には、巨大な樹木が密集し大地を埋め尽くしている。その樹木の木々の枝が密集したわずかな部分から陽の光が届く。


 新良の住む家は巨大な樹木の幹の部分に建てられていた。新良は辺りを見渡す、周りに見える地面から突き出た様な巨大な樹木群の、ほとんどの枝や幹の間には自分の家と似た様な感じで建てた家が何件もあるのが分かる。木と木の間には吊橋や木製の階段…木で出来た道などが造られていた。


 新良は玄関の横に置いてある桶を持って家のすぐ側の木の階段を下りて行く、下りた先には小さな広間があり、その先には水路が流れていた。


 木々の間を上手く利用して作られた人工の用水路であった。水路の水は山から流れ出る天然の湧水、新良は水路の水を軽く飲んだ。水を飲むと次に眠気覚ましに顔を洗う。


 毎朝の習慣が終了すると次に持って来た桶に水を入れて、それを玄関さきにある大きな壺へと入れに行く。新良は毎朝この作業が日課であった。


 二十分間ほどの時間で壺の中は一杯になり水汲みの作業は終了する。


 「終わったよー」


 母に一声掛けると自分の部屋へと向かう。部屋の中には妹の麗友が、まだ蒲団に包まっていて夢の中だった。新良は、そんな妹の横を通り抜けて部屋の隅に置いてある布で作られた鞄を取り出し上着を着る。


 部屋を出ると母が出て来る。


 「今日は、里塾さとじゅくの日だったのね」

 「うん、今から出掛けて来る」


 里塾とは…島の住民達の援助によって建てられた小さな学舎であった。子供達の学問と教育を支援する方針で、数年前から行われていた。里塾には本国にある、清豊半島の学舎永連も全面的に支援を行っていた。その為、永連の教師達が認めた生徒は、無条件で永連への生徒として学舎永連に推薦入学出来る制度もあった。しかし、それは稀であり余程の才能がなければ推薦入学は出来無かった。


 新良は、玄関先にある自分用の革靴を履く、ふと…後ろを振り返ると、つい先程まで子供部屋で眠っていた妹の麗友れいゆうの小さな姿があった。寝起きの状態で、まだ眠い目を擦りながら片手で母の衣服を掴みながら母に話し掛ける。


 「ねえ…新兄は、どこへいくの?」

 「今日は、里塾がある日なのよ」


 母は、麗友に話し掛ける。


 「じゃあ、行ってくるね」

 「気を付けてね、終ったらすぐに帰ってくるのよ」

 「いってらっしゃい」


 麗友が小さな手を振って見送る。


 家を出発した新良は、家の横の樹に付けてある細い道を歩いて行く、少し進むと前方に木で作られた大きな橋が見えて来た。橋は、少し古びていて、外側には木の蔓が生い茂っていた。古びた大きな橋を新良は、渡って行く。

新良が橋を渡っている途中、何処からか大声で新良を呼び止める声が聞こえて来た。


 「おーい、新良」


 ふと、その言葉に耳を傾けた新良は辺りを見渡す、その声の主が、すぐ前方の小さな借家に居る同じ年頃の友人だとすぐに分かった。相手が誰なのか分かると、新良は走って「おーい」と、手を振ってその場所へと駆けて行く。

 借家に居る少年は背丈は低く、少し肌が浅黒く、髪は黒くて長くボサボサとしていた。目は細く、鼻は小さい。

 新良は、少年の側まで行くと、笑顔で朝の挨拶をする。


 「お早う、利空りくう

 「おう…お早う」


 利空と、呼ばれた少年は挨拶を交わす。利空は借家で仕事をしていたが新良が近くへ来ると仕事の手を止めて新良の近くへと行く。


 「なあ…新良、今度の誕生祭にトビトカゲの競技あるって知っていたか?」


 利空は、少し声がれた様な喋り方で話す。


 「いや、知らなかった」

 新良は答える。


 「俺の育てた、トビトカゲを出場させる予定だけど見るか?」

 「うん」

 「こっちだ…」


 利空は新良を、手招きして、裏側にある奥の小屋へと連れて行く。小屋の周辺は雑草等が生い茂り、少し歩きづらかった。小屋の手前に来ると大きなトカゲの姿が何頭も見えて来た。全頭、縄でつないであった。


 「全部…俺と親父が育てたのだ」


 利空は自慢げに話す。顔には笑みが浮かんでいた。


 小屋に居るトカゲは首が長く、頭は小さい、胴体は大きく、大人二人位乗れそうな感じであった。四本の脚は腹部を支えるように真っ直ぐに下へと伸びていた。前脚は後ろ足よりも少し小さかった。爬虫類の為なのか体毛は無く、全身緑色が掛った感じだった。


 「こいつが今、俺のお気に入りだ」


 利空が、そう言って連れて来たのは他と比べて、少し背丈の低いトビトカゲだった。見た目からして、まだ子供ようだった。


 「もしかして、こいつで出場するの?」

 「そうだ、体は小さいけれど結構速いぞ」


 利空は嬉しそうに話す。新良は、トビトカゲの頭を撫でながら、


 「で…この子の名前は?」

 「雷光らいこうだ、格好良い名前だろ?」

 「うん。強そうな名前だね」


 利空は、嬉しそうに笑顔を見せる。

 ふと、利空は新良が鞄を抱えている姿に気付いて、


 「何だ、新良…お前、もしかして里塾へいくのか?」

 「そうだよ、今日は登校の日だよ、利空はどうするの?」

 「俺は行かない。時間無いから…。それより今日は塾行かずに、こいつの練習手伝ってくれないか?仕上げは、お前に任せる」


 利空は家庭の事情で里塾には、滅多に顔を出さなかった。


 「え…、この雷光に僕が乗って良いの?」

 「ああ…お前なら大丈夫な気がするのだ」

 「どうしようかな…」


 新良が、トビトカゲを見ている時、離れた場所の木の道から「新良―」と、大声で自分を呼び付ける声が聞こえた。


 声に気付いた新良は、振り返ると、すぐ近くに同じ位の年頃の、女の子の姿があった。


 「しまった…理亜りあだ」

 と、新良は、思わず呟いてしまった。


 理亜と言われた女の子は、赤茶色の長い髪で、前髪を垂らして、後ろ髪は肩の下まで伸びていた。背は新良と同じ位あった。肌は少し浅黒く、目は丸くて大きく鼻は小さい、前歯が少し出ていた。女の子は新良の側へと近付くと、じっと見ながら…


 「今、しまったとか言わなかった?それも人の名前を言いながら…」

 「え…、いや…」


 新良は、わざと恍けた風に答える。


 「それより新良、今日は里塾へ行く日でしょうここに居ても良いの?遅れるわよ」

 「うん…分かっているけど、ちょっとトビトカゲに乗ってみたいな…」

 「何を言っているの学問の方が、ずっと大事でしょ」


 理亜は新良の腕を掴む、そして隣にいる利空を見て


 「貴方も、時々は里塾に来たら」


 話し掛けると、利空は顔を横に向けながら、


 「家の仕事の方が大事なのだよ」


 と、答える。三人は幼なじみだった。三人の中で理亜が生まれた月が早かった、そんな中で理亜が、お姉さん気分でいつも二人に対して威張っていた。新良や利空は特に何も言わなかった。理亜は利空に向かって言う。


 「そう…こっちも無理に誘っている訳ではないけどね」


 理亜は新良を引っ張って、そのまま小屋から離れて行く。新良は利空に向かって


 「また、時間のある時ね」


 一人残された利空は、まるで嵐が過ぎ去ったかの様に静まり返った小屋で、一人トビトカゲの、手入れを始める。


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