61話 パラディソス陥落の日-1
ゴラシの商店通り。
「なんか、騒がしいな。――おい、勝手に離れるなよ、バニカ」
「……むーっ、お姉さんぶらないでよ」
バニカが口を尖らせた。
五年間分の記憶の喪失により、精神年齢が後退してしまった。
十代半ばの少女――バニカは、年上のお姉さんに少なからず対抗心を持っている。
「アタイがババァだって言いたいのか?」
揶揄うようにラフィが言葉を返した。
「そーんなこと言ってない。だって、私達本当は同じ歳でしょう?」
バニカの表情が曇った。
目覚めたら五年間だけ身体が時を重ねていた。
そのショックから抜け出すにはまだ時間が足りていない。
「わりぃ」
「謝らないでよ。別に自分のことはどうでもいいんだ。だけど、ラフィちゃんとの思い出とか……あの人――レアンさんの事を覚えていないのが辛い」
俯くバニカ。
「――よく聞け。アタイもレアンもバニカが生きている、それだけで満足なんだよ。思い出なんてこれからいくらでもつくっていけばいいんだよ」
ラフィがバニカを強く抱きしめた。
「苦しいーよ」
「わりぃ、わりぃ。つい力を入れすぎちまったぜ」
「ありがとう。ところで……ラフィちゃんってレアンさんのことが好きなんだよね」
「なんだよ、突然。別に、レアンはただの友達だよ、友達」
ラフィが顔を赤くした。
「だったら私が好きになっても問題ないよね」
「なに、なんだって!?」
《バレバレなんだよね。きっとノーマさんって人に遠慮しているんだね。でも、私はラフィちゃんを応援するから》
「どっちが、レアンさんに喜ぶ贈り物をあげられるか勝負しようよ」
「だから、別にアタイは――ん、どうした?」
バニカが耳をピクピクと動かしている。
「たくさん悲鳴がきこえる」
「ここから遠いのか?」
「たぶんゴラシの外」
「そっか――……どこに行く気だよ!?」
ラフィがバニカの手を強引に取った。
「助けないと」
「……外の連中のことはアタイ達には関係ないだろう。そんなのは下位騎士にでも任せておけばいい」
「あの人達は人助けなんてしないでしょう」
「まあ、基本的に私利私欲で動く連中だからな。それでも、アタイはこれ以上バニカが損なわれることを許容できないんだ」
「ごめんね、ラフィちゃん。きっと、全部あたしのせいだよねぇ……昔のラフィちゃんならここで立ち止まるなんてことしなかったはずだもん」
「ちげぇ、バニカのせいなんかじゃねぇ。色々、人の汚い部分や醜い部分に目のあたりにして……自分の間違いに気づいたんだ。ほんとアタイはバカ猿だなってな」
自嘲気味に、自分に言い聞かせるように想いを吐露するラフィ。
「――それでも人が好きなんでしょう。それを私は間違いだなんて思わない。だから、行かせて」
「……わかった。でも、一人じゃいかせらんねぇ。アタイも一緒に行くぜ」
「ラフィちゃん」
「さっさと、人助けをして。レアンの度肝を抜く贈り物を考えないとな」
二人は、顔を見合わせてから駆けだした。獣人の全力疾走。その速度は脆弱な人のそれとは比べ物にならない。




