59話 全てはただの児戯
「ネイム・イズ・ロン様。どうしてパラディソスに?」
率直な疑問だ。神使をウルフビームの外でみたことはない。
一族付きの神使であれば、外まで帯同することもあるらしいけれど。
「ウエッ!? 何か噛み合わない……ロンって呼んで」
しょんぼりとし項垂れるロン様。
どうやら機嫌をそこねてしまったらしい。
サク族から勝手に出奔しておいて、この様だ。
咎められたって文句は言えない。
「あのさ、レアン。あんまり卑屈になる、よくないワン。そんなんだとウチのチャーリーブラウン――アオみたいになっちゃうワン――」
ロン様の雰囲気が一変した。水を得た魚のように活き活きとしている。
「――アラサー無職。そこそこ悲惨だワン」
ロン様が語るアオという人物。上位神使に好かれるなんてきっとロボ氏族以上に選ばれし者に違いない。
もし、彼? が僕と同じ立場だったらきっとノーマを守れたはずだ。それにウェイ姉さんを悲しませることだって……。
「ロン様は、アオ様のことが好きなんですね」
「ウェッ? そんな単純な関係じゃない……どらえもんとノビタみたいな関係? かなぁー」
よくわからない単語がたくさんでてきて知的好奇心をそそられる。
ずっと話していたい。そんな気分にさえなっている。
「……行かなくてイイの?」
「えっと……」。
言葉の真意がわからない。
「ワシ、ただのイヌっコロだから難しいことわからない。けど、ノーマはレアンにとって大切な存在だってことはわかるワン」
ノーマは、僕たちのことを思って……。その想いを無下にすることは……。
僕が――半獣人一人が出しゃばったところで、事態が肯定することはないだろう。
コワイのか。
ノーマが向かった先に待っているのは神話の再演だ。
何もできずに死ぬことだって想像に難くない。
「どちらを選んでもイイ。でも後悔だけはしないでワン。’全てはただの児戯’」
「えっ?」
「全てのことに大した意味はないってことワン」
どれほど強くなればその境地に達することができるのだろう。
「ムズくない。想いのままに。それが一番イイッてこと。歩いた道が最良のミチ」
僕の想い。
ノーマともう一度会いたい。このまま別れるなんて絶対にイヤだ。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げた。単純明快なことを教えてもらった。
ロン様――バサラ神には頭が上がらない。
「もう行くんでしょ?」
頷いた。もう迷いはない。
「これセンベェツ。ささっ遠慮なくむしって」
「えッ?」
どうやら毛をくれるということみたいだけど……。
もしかして、試されているのだろうか。唐突に始まった神の試練。
「はやくしてほしいワン」
そう言って目を瞑るロン様。心なしか震えているようにも見える。
「ハイシャの恐怖、ジェットコースターの恐怖」
確実に震えている。
「…………」
ロン様の背中に手を当てる。そして、優しく毛並みを指先ですく。
数回繰り返すと柔らかい赤茶色の毛が数十本、手の中に収まった。
「ふぅー、こわかった」
ようやく顔を上げるロン様。
しかし、この神毛をどうすればいいのだろう。
「ウェー、いらなかったらポイして。ただの抜け毛だし」
そんな罰当たりなことができるはずがない。
全てが上手く運んだ暁には、ノーマやみんなに自慢しよう。
曰く『喋る神使様に助けてもらったんだ』
ラフィやバニカは絶対信じてくれないだろうな。
ノーマは「吾は信じるぞ」って言って助け船を出してくれそうだけど……。
こうやって逸話は生まれるのかもしれない。
なくさないように
決意の証に、見える場所がいい。
右の手首。そこに神毛をグルリと巻き付けた。
決して解けないように堅く結ぶ。
「そろそろ行きます。ロン様、お元気で」
「レアンも頑張ってワン」
不思議と恐怖は感じない。
ただ、想いのままに。




