58話 神使-2
「ウェ、ウェー。あ、あぶない――」
こちらに飛んできた小石を神使様が身体で受け止めてくれた。
「イテッ、イテテテ」
最初の一石を皮切りに、老若男女問わずに声が上がった。
若い母親が幼子を抱きかかえながら、こちらを睨んでいる。
「悪いのはこいつだろう!」
誰も聞く耳を持たない。「消えろ」「さっさと滅べ」「獣人は害悪」「奴隷のくせに」
聞くに堪えない罵詈雑言。人はどこまでも醜くなれる。
『お母さん、どうして? あのお兄ちゃんは悪くないのに――』
若い母親が、幼子――年端もいかない少女を叱りつけた。
皮肉なもので泣きじゃくる少女の声が、群衆に力を与えてしまった。
今にも押し寄せてきそうだ。
「ざまぁみやがれ」
店主がニヤリと笑った。いくら半獣人の細腕とはいえ騎士でもない一般人が相手なら勝てなくても負けることはないはずだ。
「……チョコバナ、諦める」
そう言ってから、飛び散った陶器の破片を一つ一つ咥え集める神使様。
『なんて卑しい生き物』
『あんな砂まみれのものでも喰いたいのか、哀れな動物だ』
数名の若者が近づいてきて――そして、神使様の目前で陶器の破片を踏みつぶした。
「さっさと集めろよ、畜生が」
「……ウェー、足どけてワン」
視界が明滅する。こんな奴ら一瞬で口をきけなくしてやる。
「レアン、あんがと。でも、それ悪手」
「神使様? ……悔しくないんですか?」
「へへっ、モーマンターイです」
どうしてこんな状況で笑っていられるのだろう。
さっさと破片を集めてこの場所から離れよう。
石をぶつけられても、手を踏まれても無視して、作業を続ける。
「――フーッ、やっと集まった。あれ? ワシ人気者? 人だかりができている」
「……早く移動しましょう」
とは言ってみたものの衝突は避けられそうにない。
【ドケ】
幻聴だろうか。
人の群れが二つに割れた。その間を何食わぬ顔で歩き進む神使様。
遅れてその後に続いた。
人気のない建物の裏。
なんか逃げているようで嫌だ。
「――レアン、良い奴」
「えっと……神使様」
あらためて神使様の姿を確認する。
やはり、ウルフビームで見かけたことはない。
「シンシ? エイコクシンシ? ワシ、謎解きとか不得手」
「エイコク神使ですか……」
言葉の意味はわからないけど、神使の上位存在かもしれない。
「ウェー、名前……ロ……ス〇ーピー。ビーグルケン、デス!」
歯切れが悪い上に、何故だかチラチラとこちらの様子を窺ってくる神使様。
「スヌー――」
「ストップ! ……魔が差したァ。ネイム・イズ・ロン。しがない……ただの雑種デス」
苦虫を噛み潰したよう顔をしている神使――ネイム・イズ・ロン様。




