57話 神使-1
緊張する。俯いている神使。もしかしたら、その眼差しが怒りをたたえているかもしれない。
「ウェー」
鳴き声……言葉のようにも聴こえる。
神使様は、懲りずに屋台に足をかけた。
もう一度だけ挽回の機会を与えるとのことだろうか。
「ウェー、チョコバナナ、下さいな」
「…………」
睨みをきかせる店主。警戒しているようだ。
言葉を喋る神使。逸話の中では、バサラ神の化身だとされていた。
喉がヒリつく。
「……えくすきゅずみー? ……ぐーでんダック?」
「…………」
「あっ!? オカネ、マニー先払ってことか!」
首からぶら下げている四角い袋を口で加えて、店主の前に落した。
「オープンザ・がま口」
恐る恐る店主が、布地を手に取った。
金具で閉じられた布地――おそらくがま口は、難解な代物のようで、数十秒の悪戦苦闘を経てようやく開封された。
取り出されたのは、中心に穴の空いた銀貨に数枚の銅貨。
でも、どちらも見たことない種類だ。ここからでは詳細まではわからないけど、表面に彫り物がされているようだ。
みるみる内に表情を変えていく店主。微かに口元を歪めている。
「足りないな」
「ウェー、チョコバナナの相場は、二百円のはず? よく確認してワン」
何を勘違いしているのか、店主がより横暴な態度に打ってでた。
「これ、喰いたいんだろう? ――美味い。自分で言うのの何だか絶品だ。ほら、ほら、どうする」
芭蕉を神使様の口元に近づける店主。
知らないのだ。あの逸話――幼い獣人と神使(バサラ神)を騙そうとした商人の話を。
次に、神使様が口を開けば、即座に屋台ごと噛みちぎられるだろう。
「ウェーーー」
涎を垂らしながら、尻尾を千切れんばかりに振る神使様。
あれ?
「いらないのか? だったら――」
「ストップ! ちょっと待っててワン!」
神使様が、屋台から距離をとってから地面を前足で掻き始めた。
数秒も待たずに出現した黒い穴に頭をつこんで、何を咥えて出した。
丸い陶器だ。何か動物の形を模しているようだ。
背中に狭い入り口がある。入れたものはどうやって取り出すのだろう。
「あっ?」
思わず声が漏れてしまった。神使様の口元から陶器が落ちた。
ガチャンと音を立てて四方に飛び散る破片。
中からこぼれだした硬貨を必死にかき集める神使様。
「早くしないと売ってやらないぞ」
降りそそぐ、非情な店主の声。
「ブタさん二号機、ごめんワン。――ウェー?」
「手伝います」
「誰?」
「……レアンです。一応は、サク族の一員です」
困惑の表情を浮かべる神使様。
苦笑してしまう。
名乗るべきではなかった。本当に烏滸がましいな僕は……。
「あんがと、レアン」
「いえ。お言葉ですが……絶対騙されてますよ」
「ウェッ? でも、食べたい――」
かき集めた硬貨の中には金貨まで含まれていた。
見たことのない精巧な彫り物。芸術品に違いない。
神使様に頼まれたので、集めた硬貨をしぶしぶ店主の前に差し出した。
「二本、下さいな」
満面の笑みを浮かべる神使様。
「これじゃ全然足りないぞ」
強欲が過ぎる。
「……ウェー、しょうがない虎の子の千円を――」
「いい加減にしろよ! どう考えたってこの金貨で足りるだろう!」
イラだつ。バニカを苦しめた奴もこんな――
「ヒッ……」
店主が怯えた表情をみせた。情けないどうしょうもない小物だ。
「暴力、ダメ」
神使様は咎めるようなことを言ってくる。さすがは神の化身、心が広い。
怒りが収まらない。
「おっおまえ……獣人かよ。た、たのむからさ殺さないくれよ。まだ家には小さな子供だって――」
店主が屋台上の芭蕉を全て地面にはたき落した。今まで静観していた人間達がざわめき始めた。
どう考えたって悪いのはあちらなのに……。




