55話 マコラ神
「……マコラ神」
無意識に言葉が漏れていた。
十二神将――獣人の守り神。
存在を感じていても、直接に会話する機会なんて、一般の獣人それどころか、半獣人の身ではありはしない。
「キミさぁ。――そうキミ。半獣人であることを逃げ口実にするのはよくないピョン。アレ、アレ? もしかして、キミ、バサラちゃん家の子じゃない」
軽い口調。声色はバニカのものなのに全くの別人だ。
「キミ……レアン君ていうのか。……しかし、考えどこが違くないかピョン」
心を読まれている。
「その通りだピョン。あっ!? 口調がおかしいとか思ったピョン」
「いえ」
言葉の裏に隠れる本音が怖い。
「考え過ぎたピョン。マコラは優しき獣人の神。それ以上でも以下でもないピョン。レアンは親戚の子供みたいなものピョン。だから、優しく優しいお姉さと呼んでほしいピョン」
調子が狂うな。でも、悪意は感じない。バニカを助けるためにわざわざ降臨されたのだ。敬意を表さなければならない。
「そちらのサソリのおチビさんは、どうして黙っているピョン。知っているピョン? 今のマコラにそんな力はないピョン」
「警戒しないわけにはいかないのだ。御身は破壊の権化であろう。バサラ神のような矜持も持たぬ暴風よ」
「そんな昔の話をしちゃうのピョン!? だったらマコラも黙っていられないピョン。ねぇ、ねぇレアン君はそこのオチビさんの正体をしっているのかなぁ~」
マコラ神が人差し指を右頬にあてて首を傾げた。
「……ノーマは、ノーマです。昔とかどうでもいいというか……ノーマはノーマだから……」
上手く舌が回らない。どうやら込められた言葉の圧に、萎縮してしまっているようだ。
「レアン」
「悪かったピョン。だから、やめてほしいピョン。悲劇確定のラブコメなんてみたくないピョン」
ラブコメ?
「おふざけの時間は終わりなのだ。もうバニカの身体は回復しておるのだろう」
「相変わらずの審美眼だピョン。マコラが降りた時点で毒は中和されたピョン。それにしても、随分と無理をしたものピョン。炎毒による活性化。とんでもない荒療治、成功率は一割にも満たなかっはずピョン」
一割?
「あれあれ、もしかしてリスクを伝えていなかったピョン? 炎毒はそもそも死にかけの戦士を鼓舞するための延命術だピョン。中には生き抜いて強くなる個体もいたけどピョン」
それしか方法がなかった。もし、失敗していたらノーマはどうしていたのだろう。
少しだけ腹が立つ。
「おやっ、おやっ。安ぽい絆がグラついているみたいだピョン」
マコラ神の声がとても弾んでいる。
「レアン、吾は嘘つきなのだ。マコラ神が来ない可能性も確かにあったのだ。バニカが死んでしまう可能性だって……」
ノーマの声が震えている。
「――ノーマ、ありがとう」
もし、バニカが死んでいたら。その罪をノーマは一人で背負うつもりだったのだろう。
「レアン!?」
近くでノーマの声がする。甘い香り。
…………。
「……ごめん」
慌てて距離を取った。
「別に嫌ではないのだ」
顔をほんのりと赤く染めるノーマ。
なんだか嬉しい。
「はい、はい、もうお腹一杯だピョン。そろそろマコラは帰るピョン」
「あ、ありがとうございました」
神に対して感謝の言葉を伝える。この言葉が適切かどうかはわからないけれど。
「こちらこそ、ありがとピョン。マコラはこの子――バニカのことを気にしていたピョン。でも、なるべく干渉したくなかったピョン。自治と自由意志それがあってこその獣人と思うからピョン。……きっとバサラちゃんも同じ気持ちだったはずピョン」
バサラ神はサク族の守り神。影ながら見守ってくれていたのだろうか。
「いつか、いつになるかわからいですけど、故郷――ウルフビームに帰ろうと思います」
ノーマに、バニカやラフィにも故郷を見せたいと思うのは、お門違いだろう。
「それは良い心がけだピョン。きっとバサラちゃんも喜ぶはずだピョン。……ノーマちゃん」
マコラ神がノーマの名を呼んだ。
「なんだ?」
「レアンには今回みたいな荒療治は使えないピョン。そのことを肝に命じておくピョン」
半獣人だからだろうか。
「レアン、それは悪いクセだピョン。マコラ達、十二神将は決して獣人を見限らない。それが賜った役目だからピョン」
「忠告に感謝するのだ」
「……これからもバニカと仲良くしてほしいピョン――」
マコラ神が瞼を閉じ、そのままぺたりと床に座りこんだ。
「マコラ神?」
「…………」
静かな寝息が聞こえる。
「帰ったみたいなのだ」
「なんか現実感がないや。今の今まで神様と話していたなんてさ」
「マコラ神は、十二神将の中でもとりわけ眷属――獣人を大事にしていたのだ。その在り様は年月を経てもかわらぬようだ」
ノーマの過去。気にならないといえば嘘になるけれど……。でも、これからのことには関係ないはずだ。
「レアン。少しだけ吾の昔語りつきあってほしいのだ」
「無理に話す必要は」
「よりよい未来のために話しておきたいのだ――」
ノーマと口からポツリポツリと紡がれる言葉を即座に理解することはできなかった。明確に言えば、心がそれを拒否した。




