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53話 荒療治-1

「――ノーマどこにいってたんだよ!」


「……バニカ嬢は、寝所か」

 ノーマが天井を見上げた。どこか雰囲気がいつもと違う。

 


「そうだけど……」

 少し咎めるような口調になってしまったからかもしれない。

 ノーマはちゃんと目的を告げて出かけたのだから、何も悪くはないのに……。


 それでも心配事が一つ減った。


「ノーマ、医者を連れてきたんだろう?」

 入口から入ってきたのは、ノーマだけだ。


「……レアン、医者などは来ぬよ。医者ではバニカを救えない」

「えっと……」

 年下のノーマと喋っているはずなのに、何故か緊張してしまう。


「案ずるな。吾が必ず救ってみせる。……なに、そんな不安な顔をしなくても大丈夫なのだ」

 いつものノーマの姿。微笑み方だって同じだ。

 でも、どこか……匂いが違うのか……よくわからない。

 五感を駆使してその差異を探ろうとすると思考にぽっかりと空白ができてしまう。


「レアンは、カワイイのだな。そのピクピクと動く耳が、愛おしい。その小さな犬歯が、吾の心をくすぐる」

「……何を言っているんだよ。ノーマの方が何倍も……」

 口先まででかかった言葉を呑み込んだ。時と場所をわきまえろ。

 そりゃノーマは可愛くて、話して楽しいし……ああっ、きっと僕はノーマのことが――


 

「どうしのだ? 顔が赤いぞ」

「どうしたんだよ、ノーマ。今日はいつもと違うというか……」

 

「今の吾をみてどう思う?」

「別にノーマはノーマだろう。そりゃ、今日は少し大人びていて緊張しているけど――」

 何を言っているのだろう。どうにも調子が狂う。


 両手で口元を押さえていると、ノーマがクスクスと笑った。


「笑うことないだろう」

「吾は世界一の幸せ者なのだ。レアン、最後に抱きしめさせてくれないか」

 やっぱり今日のノーマは様子がおかしい。

 

「きっと、汗臭いよ」

 嘘はついていない。さきっまで買い出しやら店の清掃をしていた。

 

「いやなのか?」


「いやじゃないけど……」

 今近づかれたら、バクバクと脈打つ心臓の音が聞こえてしまう。

 それで今までの関係性が変わってしまうかもしれない。


 ノーマはかけがえのない友達だ。失いたくはない。


「――ノーマ?」

 もぞもぞとノーマが僕の胸板に顔を押しつけている。完全に心音は聞かれている。


「…………もう少しだけ、ほんの少しだけ我慢してほしいのだ」

 よしよしとノーマの頭を撫でた。

 滑らかで、上質な糸のような肌触りだ。


「震えている?」

「……少し冷えているだけなのだ。よし、充電完了なのだ」

 そう言ってノーマが距離を取った。


「では、バニカを見舞ってくるのだ。――こう見えて吾には医術の心得があるのだ。だから、案ずることはない。処置が終わるまでは二人きりにしてほしいのだ」

 矢継ぎ早に捲し立て、バニカが眠る二階へと姿を消した。


 茫然とその後ろ姿を眺めていた――



「――おい、レアン。おいレアン」

「ん? ……ラフィ」


「どうしたんだよ。こんな所につたってさ。寝るならちゃんと横になんねぇと疲れがとれないぞ」

「ラフィ、ノーマは?」


「ノーマ? アタイはみてねぇけど」

「さっき戻ってきて……」

 先程の出来事は現実なのだろうか。


「て、ことは医者を連れてきたってことだろう。だったらバニカの所にいるんじゃねぇか」

「そうだよね」


「そんなに心配ならみてこいよ」

「でも」

 ノーマは最後に何んと言っていた?


「アタイが見にいければいいんだけどさ。店の準備があるしな」

 下拵えは手伝えても、本番の料理をする力量はない。


「でも、行っても何もできないし」

「そんなことはねぇよ。医者てことは人だろう。……バニカが目を覚ました時に錯乱するかもしんねぇ。ノーマ一人では荷が重いだろう」

 夢でないなら。二階の寝室に医者はいない。寝室にいるのは、ノーマとバニカだけだ。


「…………」

「頼んだぜ、レアン」

 ポンと背中を押された。様子を確認するだけなら扉の外からでもできるだろう。


「わかった」

 

 軋む階段に足をかけた。


 



 


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