51話 深窓の魔者-1
《愚者め》
大貴族バードス・クラミニアは内心で毒づいた
齢50年。後手に撫でつけた鈍色の髪に、ギラついた双眸。
均整のとれた体つきもあいまって30代後半といっても遜色ない外見をしている。
野心に満ちた鋭い眼差で、別館へ続く石畳を捉えている。
日が落ちた頃とはいえ本館から漏れる明かりが道筋を照らしている。
「――クラミニア卿、お待ちください!」
「それでは道理が通らないのではないか。この居の主が私を呼び出したのだ」
制止を無視して、歩みを進める。
堂々たる風格。彼は、まごうことなく強者であるようだ。
「しかしながら……主は不在にしておりまして……」
片眼鏡をかけた執事長は、必至に平素を装っているようだ。
「謀る気か。この先に――あの館にいる、あれこそが主なのであろう」
「あそこにいるのは、ただの使用人でございます。醜く浅ましい下賤の者、クラミニア卿のお目を汚すわけには――」
バードスが執事長の言葉を制した。
「あそこに出入りしている者はいるのか?」
執事長の隣で頭をたれる妙齢のメイドが、ビクリと身を震わせた。
「……あそこに出入りしているのは、レアンという使用人のみです。私を含めて他の者は決して近づきたがりません」
バードスがメイドの瞳を凝視する。獰猛な瞳が鈍色の光を放った。
「その理由は?」
「理由といわれましても……そう言いつけられておりますし……死にたくはありませんので……」
メイドの虹彩が揺れている。まるで、白昼夢をみているようだ。
《どうやら情報は正しいようだな……――》
大貴族バードス・クラミニアは思案する。
この屋敷に住まう者の正体について大まかな検討もついている。
使用人連中は、彼女の存在を畏れている。定期的に補充されている世話係はつまるところ生贄だ。
一部の高位騎士は彼女を『花嫁』と呼称しているらしいが……。
巡ってきた好機をみすみす逃す手はない。全ては、神に至るための謀略だ。
「では、一人で向かうとする」
「しかしながら――」
執事長が上ずった声をあげた。
「では、お前が案内してくれるのだな」
「……適任がおります。レアンという若輩で――。おい、何をつたっているさっさとレアンを連れてこんか!」
「レアンは行方知れずです。きっと戻ってやきませんよ!」
執事長とメイドが言い争いを始めた。
《醜い弱者め》
「そうだ失念していた。今宵の会合はごく私的なものであった。お前らの主も随行を望みはしないだろう。もう下がれ」
バードス・クラミニアが金貨を指で弾いた。
「……これは?」
「手間を取らせたな」
「滅相もございません。お帰りのさいはお声がけ頂ければ――」
「執事長、しかし……」
メイドが職務を真っ当しようと反抗した。
「目を瞑ってくれ。悪いようにはしない」
バードスがメイドに顔を近づけた。
赤らむ顔。脈打つ心臓の鼓動が今にも聴こえてきそうだ。
障害を無効果したバードスは確かな足取りで石畳を進む。
《強い情念を感じる。一般人では気が狂うのもやむなしというものか》
歩速を緩めるなくことなく、一歩一歩着実に館の中を進んでんいく。
そして、重厚な黒塗りの両扉の前で歩みを止めた。




