48話 バニカ-5
剥き出しの板壁。故郷――ウルフビームを思い出す。
誰かがでてくるみたいだ。
乱暴に開け放たれた扉がぐらぐらと揺れた。
「興醒めだぜ。あんなガラクタ押し付けられてもな」
中位騎士だ。緑色の装束を身に纏っている。
「まったくだ。バードス様も人が悪い。つーか、あれどうすんだ?」
数は二人。歳は十代後半から二十代前半。
「あと何回かは、楽しめるじゃねぇか」
「お前、変態だな。俺は、獣臭が我慢できねぇよ」
下品な笑みを浮かべる二人組。
頭が混乱している。だって、建物からバニカの匂いがする。
甘い果実の香。獣人から獣臭がするなんて迷信だ。
早くバニカに会いたいのに、理性がそれを拒絶している。
意識に反して耳と鼻が勝手に働く。
牙が疼く。下賤な会話を漏らさず聞き集め、匂いを記憶する。
『そうやって、また逃げるのか』
故郷から逃げた。逃げ癖がついている。嫌なこと、視たくはないものを感受しない。
結局は、大切なの自分自身。自分はいつでも被害者で……全部周りの環境や生い立ちのせいにしてきた。
『レアン、バニカを助ける覚悟はあるのだな?』
唐突に、ノーマの言葉が脳裏に浮かんだ。
……バニカは大切な友達だ。躊躇う必要なんてなてどこにもないはずだ。
――地面を蹴って、駆けた。そして、開け放たれた扉の中に足を踏み入れた。
「バニカ!」
薄暗い室内。藁や植木の剪定につかう機材なんかがおかれている。
バニカの姿はない。あたりを見渡す。木製のはしごが目に止まった。
手摺に手をかけて、一段一段、頭上に手を伸ばす。
「バニカ?」
「…………」
肌ざわりのよさそうな絨毯の上で、バニカは赤子のように身体を丸めて、寝息を立てている。
目を反してはダメだ。
上着を脱いで、バニカに近づく。
「バニカ?」
指先がバニカの肩に触れそうになった瞬間
パチッとバニカが目を開いた。
「――きも~ち~よくなるぅ~?」
押し倒された。間地かでみるバニカの瞳はとても虚ろだ。
バニカがズボンを脱がそうと手を伸ばす。
揺蕩う胸元や白い四肢には目線は移らない。
ただただ、バニカの頬。そこに残された涙の筋を見つめている。
「バニカ、僕だよ。わからないのかい?」
「……レ…アン……いやっ!」
バニカに手をはらわれた。立ち上がることもせず、怯えながら、壁際に後退していくバニカ。
薄着のせいで露出した肌からは、打撲の跡や擦り傷が見て取れる。
「バニカ」
「お願い、見ないで……」
バニカが足元に転がっていた橙色の布玉に手を伸ばした。
そして、強引に鼻に押し付けた。
強い匂い。甘ったるくて頭の奥が痺れるような惑香。
「レアンは、人、だけど嫌いになりたくない。だから忘れるの、忘れたくないけど……忘れるの――」
譫言のように同じ言葉を繰り返すバニカ。やがて、糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。
「バニカ!?」
抱きかかえたバニカはしっかりと呼吸をしている。まだ生きている。
上着で彼女の身体を覆った。
これ以上みたくないからではない。優しいバニカにこんな自分をみてほしくないが正しい。
もうこれ以上は抑えられない。
獲物は二匹。まだ追いつける。
「バニカ、もう少しだけ我慢してほしい」
赤く明滅する視界。嗅覚と聴覚が研ぎ澄まされて――




