47話 バニカ-4
『ラフィ、これを』
『何だこれ?』
『お守りだよ』
『そっか、あんがとな。あれ、レアンなんだか雰囲気が変わったか?』
『いつも通りだよ』
変化の宝石をラフィに渡した時、少しだけ緊張した。
そこで半獣人だってばれる可能性も少なからずあったけど。
ずらりと立ち並んだ高い塀。パラディソスの西部に位置する屋敷。
中心部から少し離れていることもあって、敷地面積は広いようだ。
貴族の名前は、バードス・クラミニア。アラヤさんと同じ大貴族――第四階層だ。
どうしてこんな場所に、バニカがいるのだろう。
『どうしてバニカは、ここにいるんだろう?』
『レアン、先刻から気になってはいたのだが……本気でいっておるのか?』
真顔で問いを返してきたノーマ。
『いいんだよ、レアンはそのままで……』
はにかんだラフィの顔を思い出すたびに不安ばかりが募る。
地方の村から、出稼ぎにやってきた姉妹。
そんな設定で、正面から堂々と乗り込んでいったラフィとノーマ。
作戦参謀のノーマから外での待機を命じられたのが、ニ十分前だ。
この屋敷にだって、きっと常駐する高位騎士がいるはずだ。
そろそろ加勢しに行ったほうが……。
「ん?」
敷地の外れの方から、人の荒い息使いが聴こえる。
床板の軋む音と複数の足音。
確認するべきだろうか? もしかすればバニカがそこにいるのかもしれない。
このままじっとはしていられない。
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「こんにちは」
大きな門扉の前では、姉妹はとても小柄にみえる。
『上手いくと思うか?』
姉――ラフィがノーマに小声で問いかける。
妹――ノーマが小さく頷いた。
「――どちらさま」
皺がれた声。それに見合うだけの風貌。
青白い顔に、こけた頬。
あからさまに田舎娘風の二人を訝しんでいる女性。
年齢はわからない。もしかしたら二十代かもしれないし五十代かもしれない。
「あのう、アタイ……私達を雇って頂けませんか?」
「……アナタたち、獣人ではないようだけど。誰の紹介でここにやってきたの?」
「えっと、あっと……」
淡々と語る女性。獣人という単語に反応してしまったラフィはしどろもどろして言葉に詰まった。
「ご夫人、アナタは私達を雇うべきだ」
ノーマが凛とした声で宣言する。
「……ご夫人? そうな風に言われたのは久しぶりよ」
女性――クラミニア夫人が儚げに笑った。
「えっ?」
ラフィが慌てて口元を手で覆った。
「気にしないわ。だって、その通りだもの」
女性の肌にほんの少しだけ赤みがさした。
「これほどの屋敷を一人で管理するなど、並大抵のことがないでしょう。よく今まで一人で耐え忍んだものです」
「本当にあなた達は何者なの? 主人は外面だけはいいのに――」
屋敷の主、バードスはクラミニア夫人をぞんざいに扱っている。
対外的には夫人が病床に臥していることにし、屋敷の雑務を押し付けているらしい。
「最低な野郎だなそいつ、ヤバッ」
ラフィがまた口元を手でおおった。
「フフッ、本当よね。私もそう思うわ」
クラミニア夫人は二人を甚く気に入ったようだ。
「一応、主人に確認はするけれど……期待はしないでちょうだいね。でも、働き口なら紹介できるかもしれないわ。……そうだわ、せっかくだし、お茶でも飲みながら話をしましょう」
半ば強引にお茶会に招待された二人は、屋敷の中を足を踏み入れた。
「どうした?」
宙を睨み、下唇を噛み締めるノーマ。
「……なんでもないのだ」
二人は、鼻歌交じり歩みを進める夫人の後に続いた。




