犬話 超越犬(クラス5)会議
『では、静観するとのことでよろしいか――』
無機質な声が、頭に響いた。
《うわっ、念話じゃんこれ。スーパーナチュラルキターーー》
所在地不明。座標的には日本のどこか。
円卓に着座しているのは一柱のみ。
黒褐色の肌に黒髪。古代エジプトの神官のような出で立ちをしている。
曝け出された胸元には象形文字が刻印されている。
成長途中の少年という身体つきをしているが、精悍な顔つきから精神の成熟度が窺える。
《眼福、眼福。今日もゴハンが美味しく頂ける。それにしても……》
彼女――御宅沢 芽華子は、空席を順繰りに見咎める。
主が座るべき席の脇に佇む人物達は、一様に無表情。年齢、性別はまちまちではあるが、みな整った容姿をしている。
《死ねばいいのに》
芽華子は彼ら彼女らに比べれば、劣った容姿をしている。ミディアムショートの茶髪に、丸ブチメガネ。
ダークグレーのパンツスーツをビシッと着こなしているものの、若干、背伸びをしてい感は否めない。
要は、どこにでもいる年相応のワーカー女子だ。
こんな現実感のない俳優、女優の集いのような場所だからこそ浮いてしまう。
それでも、彼女の性格に若干の難があることは否めないが……。
「そそそろ帰るぞ」
「はい、アヌビス様」
少年――アヌビスが、座席から立ち上がり、床をトンと足で叩いた。
床に生じた長方形の黒穴。アヌビスに続いて、芽華子もその暗闇に飛びこんだ。
一瞬の浮遊感の後、二人は白亜の神殿のような場所に立っていた。
いくつかの空間を経由しなければ、あの場所――犬正義の本部には辿りつけない。
「慣れないもんですね。それにしても、アヌビス様、これからどうするつもりですか?」
砕けた口調から二人の間柄が窺える。
「二人の時は、その呼び方ではないだろう」
「えっと……アヌ君」
「なんだ、俺様の可愛い子猫ちゃん」
《キュン死、しちゃう。うわっわっ、滾るーーーー!!!!》
「何かおかしかったか?」。
「いえ、いえ、アヌ君はどこからどうみても一般人です。サブカルマスターの私が保証します」
長い廊下を二人で並んで歩く。
等間隔に並ぶ白い柱、その間からは見事な庭園が見て取れる。
咲き誇る花々、春の訪れを告げるように蝶々が舞い踊り、噴水の頭上には虹の橋がかけられている。
少し手を伸ばせば、蔓を伸ばす薔薇に触れられそうだ。
「――間違っても足を踏み入れるな」
突然の忠告に、芽華子はビクッと身体を震わせた。
「一度足を踏み入れれば、抜け出せなくなるぞ」
「うひゃっ!」
芽華子が奇声を発する。
「まあ、もしそうなっても俺様が守ってやるけどな」
「アヌ君……私はアヌ君の――」
「――お世話になっております。私は――」
「自己紹介なんて必要ないぜ。フローゼの従者だろう」
《チッ、わざとだろう。絶対、わざとだろう》
「主からの使いで参りました。このまま続けてもよろしいでしょうか?」
ショートボブに銀縁のメガネをかけた女性。こちらも芽華子と同じようにスーツを着用している。
しかしながら、芽華子のような張りぼてとは違う。本物の雰囲気を纏っている。
「ああ、問題ない」
「そうですか」
女性が芽華子に視線を移した。
《分をわきまえろてこと?》
「何か? 確か、星水さんでしたよね。私はアヌ君……アヌビス様の従者です」
「いえ、他意はないのです。ただ、これからお話することは、多大なる危険を孕みますので」
《余計なお世話だちゅーの》
「そうか。芽華子、席を外してくれてもかまわないぜ。大方、アオトに関することだろうからな」
《またか……。別に、イケメン以外でもBLは成立するのよ。アヌ君×ハク様みたいな極上品だけが全てではないのもわかる。でも、あの外道が混ざると健全な妄想ができない。本能的に関わりたくないというか……》
「進めちまうぞ」
芽華子が慌てて頷いた。
「で、お歴々の反応はどうでしたか?」
「予想通り、傍観に徹するそうだ。本当に二枚舌でこまる」
「やはりそうなりますか……。犬正義の助力は期待できない考えたほうが妥当でしょうか?」
「まあそうなるな。エジプト神群も期待薄だ。日本神群に助力を頼んではみるつもりだが……あの女傑が賛同してくれるかどうかは怪しい」
「となりますと、アヌビス様の『異世界転生撲滅部』と我々『女神神託』のみの単独戦線になると?」
《えっ、戦線?》
「最悪はそうなるな」
「我々は勝てますでしょうか?」
「まあ、八割強、負けるだろうぜ。それでもフローゼは止まりはしないだろう。下手をすれば、神話群同士の戦争になるかもな――」
繰り広げられる不穏な会話を理解することをやめた御宅沢 芽華子は、ただただ思案する。
《あのヒョロモヤシって一体何者なの?》
……どれだけ悩んでも答えがでないことに気づくまで、数時間を要した。




