45話 バニカ-2
バニカは花屋――『フィオーレ』で働いている。ゴラシに花を愛でる余力がある住人はそう多くはない。
必然的にゴラシの外、主に貴族相手に商売を行っている。
大貴族の屋敷であるこの場所にも、定期的に草花が運びこまれる。
ここにきてから、一度だけ応対をしたことがある。
最初は、『フィオーレ』の従業員だっとは気づかなった。
格好は村娘風。だけど、繕った後なんてどこにもない上物で、赤い染料を塗った唇は艶めかしかった。
演劇役者が演じている売り子。どこか現実とは乖離しているそんな印象を受けた。
ゴラシでは見かけたことはない。けど、服装が印象が変わるものだからと自然と納得した。
『キミ、いくつ? ――そう頑張って励みなさい』
少し年上のお姉さん。第一印象は決して悪くなかった。
故郷の姉を彷彿させる年上の包容力。彼女からなら花を買いたいという客はたくさんいるのだろうとも思った。
その証拠に
『奥まで運んでおきなさい』
いつもより幾分か、執事長の対応が柔らかかった。
陶器製の器に、土ごと埋葬された樹木。何でも室内で草木を堪能するためのものらしい。
見た目以上に、重くて、持ち上げるの四苦八苦していると
『しかし、見事な草花ですな』
『いえ、それほどでも、お恥ずかしい限りですわ。私も若輩なものですから』
ん?
『いや、その身一つで草木を集めるなど中々真似できませんぞ』
『ありがとうございます』
自分の中で彼女へ対する印象が書き換わった瞬間だった。
『では、次は青い花をお願いできますかな。旦那様が青い花を所望しておりましてな』
『それは、それはありがとうございます。近日中にお持ち致しますわ』
人への嫌悪感がました。
青い花――希少花は切り立った崖地にしか咲かない。
呼称名だって知らないのだから、それを収穫することがどれだけ困難なことか理解もしていないのだろう。
この屋敷の主はずっと不在で、『フィオーレ』の商品の管理や収穫を行っているのはバニカだ。
人は息をするように簡単に嘘を吐く。
「レアンはどう思う?」
「確かに、七日は長いけど……」
遠くまで収穫にいっていればあり得ない話ではない。
バニカの身体能力ならまず問題ないと思う。
ラフィだってそのことはわかっているはずだ。それこそ、『フィオーレ』の店主に聞けば済むはなしで……。
「ラフィ、店主には尋ねたのかい?」
「…………」
コクリとラフィが頷いた。
「テンシュとやらは、何んと申していたのだ?」
「……レアン、気を悪くしないでくれよ。あの野郎は――」
『急にでていきやがった。恩知らずの獣人め』
怒りを抑え、必死に情報を引き出そうとするラフィを店主はぞんざいにあしらったそうだ。
「バニカが、何も言わずにいなくなるはずないんだ」
そうだ。どんなに辛くてもバニカが逃げ出すはずがない。
「テンシュという輩が、何かを隠しているのが妥当であろうな」
ノーマの口調がいつもより大人びているように感じる。
「あの野郎、次は遠慮しない。目に物みせて……」
ラフィと目が合った。そして、口ごもった。
「遠慮する必要はないのではないか? この場に、人などという醜悪なモノは存在はせぬのだから」
「ノーマ?」
様子がおかしい。それに人はいないって……少なくとも、ノーマは人であるはずだ。
無意識に首からぶら下げている変化の宝石を握りしめていた。
「レアン、ノーマの様子がおかしくないか? 口調も変だし、それにレアンとノーマは人だろう」
「……そうだよ」
今は混乱をさけたい……。
そう言えば、ラフィとバニカはどんなに嫌なことがあっても決して人の悪口を言わなかった。
「少しくらいくらい悪口を言ったって問題ない。二人は優しすぎる」だなんて酒の席で、そんなこと言ったことだってある。
本当にバカだな。獣人は、同族意識が強い種族だ。内輪で喧嘩することがあってもそれは言わば甘噛みみたいなものだ。
同族が貶されれば、それだけで気分を害する。同族意識と帰属意識。それは人の社会ではずいぶんと希薄な要素だ。
だから平気で傷つけ合うし、奪い奪われを繰り返す。
気を使われていた。きっと葛藤だってあっただろう。
「ラフィ、案内を頼むのだ。吾が直接、テンシュとやらに話をつける」
強い意志を湛えたノーマの瞳は、いつにも増して赤く見える。
その色に気圧されて、手が震えた。




