神話 人外、一日一善
「なに、なにダーリン。そんなコストが高いカードに拘ってこのままだと私の足軽軍の圧勝だかんねっ」
「ぐぬぬぬっ、俺の光秀公が負けるわけがない」
雪解けを始めた草原。心地よい日差しが、雪原に反射して少し眩しい。
カマクラの中で、鍋焼きうどんを食べた後、遊び足りないとの話になり……。
今、俺達はバーチャルカードゲーム興じている。
戦国武将をモチーフにしたカードゲーム。即興でフローゼがつくったものだけど完成度は高い。
「ふふふっ、ついにきてしまいました。覚悟はいいダーリン」
「ゴクり、信じていいですよね明智氏」
「出ませーい、第六天魔王――」
結果はフローゼの圧勝。
「――どうしてそのカードに拘るの?」
「どうしてだろうな」
好きな戦国武将ではあるけれど。
「ああっ、あの俗説を信じているんだ。前任の管理者に確認してあげよっか?」
「……いいや」
もしその説が正しいのならば、彼はまごうとなき超人だ。
俺は、数分も持たなかった。
「そう。……ねぇ、ダーリン、また遊んでくれる?」
「断る理由がみあたらない」
フローゼが屈託なく笑った。
家の前に出口を繋げてもらったので、拍子抜けするくらい気軽に我が家に帰還を果たした。
「ただいま」
「zzzz、ハッ!?」
玄関扉をあけると赤茶色の毛玉が惰眠を貪っていた。
「朝帰り? イマガワヤキ」
「あっ忘れていた」
「ウェー、ワシ誕生月。ハラペコ」
恨みつらみを拙い言葉で並び連ねるロン。
安堵感が身体を満たしていく。緊張の糸が途切れた。
「アオ? レスキューーーー」
「……――」
リョクの叱責もロンの治療も遠くきこえる。今はただ眠りたい。
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「やっほー……だんまりとかあんまりだと思うな。アナタのために使ったコイン、純金製で高かっただから」
「…………」
「ナニ、ナニ、私を殺したいんじゃなかったの? アナタの味から察するに……ケルト神群の間者でしょう? ――そんなに怯えないでよ。自害しても無駄無駄、私の神域がアナタの魂を手離すことはない」
「継ぎ接ぎ人形。御大――神々に反旗を翻すつもりか?」
「血の涙を流しながらでは威嚇もなにもないわねぇ。気付いているのかしら? アナタは使い捨てられるみたいよ。奴隷線が遮断されたせいでしょうね――」
「聖杯さえあれば……私の故郷は……」
「やっぱりダーリン狙いか。言っとくけど、ダーリンはそんな上等なものじゃないわよ。何度も言っているのになぁー。これだから老害どもは、はあーっ、何を吹き込まれたかしらないけど、ダーリンは私の伴侶だから――旦那様が売られた喧嘩は問答無用で買う所存だけど」
「……ワタシハ、ドウナッテ……モイイ――」
「自我が崩壊寸前みたいね。上位存在の人を手駒としか思っていないところ、ダーリンがすごく嫌うよのよねぇ。このまま死なれて、ダーリンが不機嫌になっても面倒だし――」
「助けてあげるわ。なんならアナタの故郷とやらにも足を運びましょう。そのかわり魂の一欠片まで管理者たる私に捧げない。そう不安そうにしないで、何もとって食ったりするわけじゃないから――」
「一日一善、へへへっ、今度ダーリンに頭なでなでしてもらおう」
極彩色のオーラを纏う少女――フローゼが首から紐でぶら下げているスタンプカードをそっと撫でた。
夏休みのラジオ体操。小学生が成果を眺めて喜ぶように、フローゼは笑みを浮かべる。
そのカードは透明アオトからもらった数少ない贈り物の一つだ。
一日一善、良いことすればきっと報われる。
彼が幼い時に体現しようとして、挫折してしまった理想。
その思い出の品を無理を言って譲りうけた。
照れくさくて、会う時は身に着けてはいない。もう捨ててしまったなんて嘯いている。
世界の管理者が、特定の誰かに肩入れするなんて、そんな世迷言ゆるされるはずもない。
そのことを他でもないフローゼ自身が自覚している。
監視という理由のメッキが剥がれつつある。近いうちに事態は大きく動くのかもしれない。
「ダーリン、私はね、いつかアナタに――」
管理者の少女は願望を口にはしない。けれど、柔らかく温かい気持ちを自身の胸の内に大切にしまっておく。
「ほら、信徒いくわよ。ケルト神話に殴り込みをかけるわよ」
「はい、フローゼ様」
「ノンノン、ボスと呼んでちょうだい」
「?」
「そっちの方が人間ぽくてテンションがあがるから、ね」
そして、女神の進軍が幕をあける。




