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神話 人外夫婦漫才

「――突然の悪夢。アオト君は眠りたい!」


「むぅーっ、こんな状況で現実逃避するなんていい度胸している。きゃっ素敵、マイダーリン」


 白いカーテンで区切られた密室。

 セミダブルのベットの上で、俺と人外美少女は二人きりだ。


『ワシの夢は、今川焼を紙袋一杯だべること!』

 クリスマスも近づいた師走時、ロンが露骨に生誕祭を催せと促してくる。

 いくら甲斐性なしとは言っても、愛犬のたっての望みだ、叶えてやるのが成人男性の矜持だろう。


「なぁ、お願いだからさ、拉致とかやめろよ。普通に心臓に悪い」

「きゃははっ、おもしろい冗談。ダーリン、内臓とかないじゃん」

 俺だって生物の端くれだ。五臓六腑がしっかりと搭載されている。

 

「――ほら。ちゃんとドクン、ドクンしているだろう」

 フローゼを抱き寄せて、心音を強引にきかせる。


「……やめて」

 いきなりのトーンダウン。セクハラとか言われたらどうしよう。

 十代半ば……女子高生を無職の成人男性アラサーが唐突にハグ。


 秩序を慮る日本国では、確実に事案として取り上げられる。


「ごめん。悪気があったわけでは……ちゃんと人間ですよって教えたかっただけで。警察に通報するのだけはご勘弁を」

 こんなこと警察で話したらカツ丼とか恵んでもらえそうにないな。


「すーぐ人間ごっこするよね、ダーリンてさ。そもそも悪いのは私のほうだし。仮にさダーリンがお縄になったら、そこの警察署、唐突な神罰で跡形もなく消失するけど、パドゥン?」

「そんな個人的な理由で神罰とか使っていいのか?」


「それくらい許されるもん。私、馬車馬並みに働いているんだから」

「で、そろそろ本題に入っても? そろそろ今川焼の屋台がしまってしまう時間なんだ」


「また、駄犬の話をするぅ~。せっかくの雰囲気が台無なんだけど」

「雰囲気もなにないだろう。さすがに我慢の限界だよ。なんだ、あの連中は?」

 カーテンの向う側に見え隠れする景色を、意識的に視界からシャットアウトしていた。俺達がだべっているベットは、黒スーツにサングラスを装着した人の群れに包囲されている。

 隙間なく配列されていて、二重三重の陣形だ。皆一様に無表情で、全く動かない。


「人形ではないよな」

 生気は感じるから生き物だってことはわかるけど。それすら偽造だという可能性も否定できない。

 なにせ、目の前にいる少女は管理者を名乗る人外なのだから。


「護衛みたいな感じだよ。敬虔な信徒の中から選りすぐった精鋭なんだから。えへん、私すごいでしょう!」

 そう言ってフローゼが手の平を握った――


 黒服の一人の首があらぬ方向に曲がった。

 目や口持もとから赤黒い液体がポタポタの滴り落ちる。


「!?」

 後ろに倒れる黒服。反射的に身体を受け止めていた。

 三秒ルール? まだ、何ともなるかもしれない。


「…………これは?」

 俺が抱きとめているのはただの布袋だ。

 中には身体に悪そうな原色の棒つきキャンディにチョコ、キャラメル、ポップコーンがつめこまれている。真意がまったくわからない。ハッピーハロウィンはもう終了しているはずだけど。

 残念なことに今川焼は入っていないみたいだ。



「ネタばれしちゃったわね。でも、及第点ね。この強度の幻術ならダーリンを欺ける。やったわね信徒メンバーたち」


「「「イエス、マム!」」」

 男たちの狂乱に満ちた歓声が重なった。


「さぁ、お楽しみの時間よダーリン。楽しい楽しゲームを始めましょう。ルールは簡単――」

 俺が選んだ黒服をフローゼが破壊する。正解?ならお菓子やら豪華賞品をゲットできるらしい。

 選択を間違えたら、黒服の首が捥げる。それだけの単純なルール。


「悪趣味だな。何が楽しいんだ、これ?」

「えーっ、徹夜して考えたんだけどな。ドキドキデスゲーム……ほら人外って往々にして人を掌の上で転がして遊ぶのがすきじゃない?」


「どこの人外あるあるだ、それ?」

 そんな人外、逆に狩ってしまおう。

 年末は忙しくなりそうだ。


「ダーリンだって人外でしょう。さっきだって、普通に生き返らせようとしていたし。その行為自体、人の定めを覆す――禁忌だと思うけど」

 そういうことか。フローゼは俺が人外だと自覚させて、神魔の遊戯に興じたいわけだ。


 友達づくり活動の一環。信徒――手下はそばにいても友人は存在しないのかもしれない。



 友達になるのはやぶさかでない。というかそこそこに長い付き合いだ。故に、もう友人だと思う。一方的な意見ではあるが。

 なら答えは一つだ。


 俺は自己中心的な人間だ。だから、寄せにはいかない。相手を自分色に染め上げる。



「もっと楽しいことをしよう。まごうことなき人間ごっこを始めようか。こんなシチュエーションで若い男女がやることなんて決まっているだろう」


「ゴクリ、それは何? 察しはつくけど、でもね、いやじゃないのだけどねっ、きっと、私の一糸まとわぬ姿をみたら絶対に嫌いになるから……」

 いつもの嵐のような豪快さは成りを潜めて、俯きがちに口ごもるフローゼ。

 絶世の美少女といっても過言ではないフローゼと二人きり。まあ外野はいるけれど。


 ここで行かなきゃ、男がすたる。


「フローゼ、俺はきみと合体――」

 黒服たちの動揺が聴こえた気がした。

 

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