38話 貴族屋敷での新生活-4
「どうして連れ出した?」
楽しい時間の後には、バランスをとるように苦行が待ち構えている。
そんな世界の摂理を許容したくはないけれど。
「私が無理やり連れ出しました」
後ろ手でかばったノーマが非難の声を上げているけど、無視に徹する。
「レアン、そいつを連れ出すのは許してやる。けどな、必要以上に付き合うのはダメだ――」
金髪の高位騎士ラクト。第一印象は良くなかったけど、何かと目をかけてもらっている。
「今後ノーマに関わらないと誓うなら、見逃してやる」
「何を勘違いしているのだ高位騎士。吾とレアンはただの知人だ。今日だって、吾が利用したに過ぎない」
意表を突かれた。ノーマが前に出て、饒舌に宣言した。
「――ラクト」
ラクトが床に崩れ落ちた。茫然として、眼前に立ちはだかる人影を見上げている。
茶髪の高位騎士レフイが、静かに怒りを放っている。
「背神行為は懲罰ものだ。ラクト、お前は一時の感情で今までの努力を無駄にするのか?」
「神様か……別に俺はプロメテウス神の奴隷になったつもりはない」
口元から流れる血を手の甲で拭いながら立ち上がるラクト。
「レアンは被害者だ。ノーマが誑かしたそれだけだ」
どうしてラクトは庇ってくれるのだろう。
「そうだ。吾が取り入りやすい新人を利用――」
パンと乾いた音がした。ノーマの華奢な身体が宙を浮いた。
痛みに蹲るノーマ。
「何を企んでいる? ささやかな反抗心か――」
『大罪人』『背神者』『忌児』とか罵詈雑言を浴びせ続けるレフイ。
「――そうだ吾は価値なきもの。害悪で、プロメテウスの劣情で生かされているにすぎぬ」
換装された槍。黒褐色の刃先がノーマの喉元に突き付けられた。
「――何のつもりだ?」
「……親友を助けるのに……理由がいりますか?」
身体が勝手に動いていた。色々とグチャグチャと考えて今の今まで動けずにいた。
親友いや友人すら失格かもしれない。
絶対的強者を前にして、獣人の半分が喝采をあげている。曰く『喉元に噛みつけ』
残った人の部分は、『頭を垂れて、命乞いをしろと』と叫んでいる。
「親友? やはりお前は弱者だったな。あのような人外に魅入られた。もはやこのパラディソスにお前の居場所はない」
ノーマが細い腕で、頼りない防壁を押しのけようともがいている。
「連れていけ」
「チッ、いくぞノーマ。ほら、さっさと立て――」
「いやだ。殺すなら吾を殺せ! よく聞けよ高位騎士、レアンに、吾の親友に、手をかけてみろ、どんな手を使ってでもお前達を滅ぼしてくれる!」
ラクトに連れていかれたノーマはひどい目に合わないだろうか。
「最後の質問だ。お前はプロメテウス様に忠誠を誓うつもりはあるのか?」
「…………」
質問如何では、助けてくれるのだろうか。ただで殺されるつもりはない。悔いが残らないように、ノーマのこれからが少しでも良くなるように。
最善を尽くす。
突然の空白と介入。
――不思議な音色が聴こえる。精神を甘く溶かす蠱惑的な旋律。
闘争心も恐怖心も嘘のように消えていく。




