36話 貴族屋敷での新生活-2
「本当に行きたいの?」
「吾が一緒では邪魔か?」
「そんなことはないけど……どう紹介しようかなって」
いきなりノーマを連れて帰ったら、ラヒィは驚くだろうし、おっとりしたバニカだって不思議がるはずだ。
「なんだ、好いている女子でもおるのか?」
「いや、ラヒィは家族みたいなもので」
「レアンの家族なら、遠慮はいらんな。さぞお人好しなのだろうな」
「どうだろう。ラヒィもバニカも良い獣人なのは確かだよ」
五日ぶりの休暇。ラヒィテールに帰ろうと支度をしていると、ノーマが「一緒に行きたい」と騒ぎ出した。
なんでもゴラシ地区に行ってみたいらしい。
「吾も獣人だったらよかったのにな」
「ん?」
「なんだその微妙な反応は?」
「いや、そんなことを言う人にパラディソスで始めて会ったと思ってさ」
「おかしくはないだろう? 吾の目の前に立っておる人は、『獣人を家族だ』と躊躇いもなく申したのだからな」
「……人も獣人も変わらないさ」
本当にそう思っているなら、何故、正体を隠す?
獣人ではいられなかった。だから人のふりをしている。何も間違ってはいない。
首からぶら下げている白透明の宝石に手をあてる。服の上からでも波動を感じる。
「レアン、人の悪意には気をつけるのだぞ。あれ程醜悪で度し難いものは存在せぬ」
「ノーマ?」
「すまぬ。久しぶりの外出故に、緊張しておるのだ」
「どれくらいぶりなんだい?」
「自ら望んで外にでるのは五年ぶりかのう」
「それって……」
「言っておらなかったか、吾は軟禁されておるのだ」
「……ノーマ」
「怖気づいたか? 見つかれば懲罰ものだ」
「……どうやればノーマを助け――」
ノーマが背伸びをして人差し指を唇に押し当ててきた。
白く柔らかい指先の感覚。
「これだけは言っておくぞ。一時の感情に流されて判断を見誤るな。全が思い通りになるなどと思い上がるな」
ノーマは友達だ。できることなら助けたい。でも、その行動の先は……。もしかすれば俺と仲良いというだけでラヒィやバニカに迷惑がかかるかもしれない。
「そう深刻な顔をするではない。先ほどの軟禁うんぬんの話は嘘だ。吾はただの使用人。ただ卑しい生まれゆえここ以外に居場所がないだけなのだ」
「……一緒に行こう、ゴラシに」
「行かぬよ。上位騎士は吾の外出によい顔をせぬだろうからな」
「一緒に謝ろう。ノーマに見せたいんだあの日常を」
「――吾は単純な上、その言葉を真に受け止めてしまうぞ」
「友だちだろう」
「そうか、このような関係を友と呼ぶのだな。心地がいいものだ」
ノーマが薄っすら微笑んだ。




