32話 そして、人間らしく-4
「…………」
「そんな顔するんじゃないよ、男だろう。――でも私は嬉しいよ。最初あった時、レアン、アンタ無表情が過ぎたものね。『僕は世界を憎んでます』って雰囲気を纏っていたしね」
女将さんが笑った。
「そんなひどかったですか?」
「ひどいなんてもんじゃなかったよ。ほっといたら死んじまいそうな勢いだったよ。まったく、若者はすぐに変わっちまうんだから。ついぞやあの人との間に子は成せなかったけれど……きっと、息子でもいたらこんな感じなのかねぇ」
しみじみと語る女将さん。まだ三十代にしかみえない女将さんがそんなこと言うものだから少し不思議な感じがする。
「レアン、本当にアンタは武器職人になりたいのかい?」
唐突に女将さんが質問を投げかけてきた。
「もちろんです」
「そうかい。武器職人なんて気苦労が多いばかりで、実入りも少ない。とてもオススメできないよ。余程、下位騎士にでもなったほうが安泰さ」
「でも、親方は色々な人に称賛されています」
「そんなことを言っているのは、お気楽な貴族連中だけさ」
第二階層以下――一般大衆は、第三階層以上を貴族なんて吹聴している。
「宝石武具は量産ができない上に、作成に膨大な時間がかかる。無論、一般人には手が届かない代物だ。買っていくのは、ドラ息子の階層を上げたい貴族連中だけさ――」
「――あの人はねぇ、本当は武器なんて作りたくないのさ。戦場で多くの友を失った。死にかけたことだってなんどだってある。弱者を守るために職人になったはずなのにねぇ」
何にも知らなかった。寡黙な親方にも葛藤があって、女将さんにも少なからず憂いがある。
この二人の役に立ちたい。率直にそう思う。
でも、もし、二人が武器屋じゃなくて、ラヒィのように酒場、バニカのような花屋を営んでいたら……?
「恩義なんて感じる必要はないんだよ。そんなちんけな恩はとうの昔に帰してもらっている。……ずいぶん脱線しちまったねぇ。――ところでレアン、あれをどうやって採ってきたんだい?」
女将さんがあばら家の方を指さした。薄黄金色に輝く物体、右腕くらいの大きさだ。遠目には、棒状の石にも見える。
しばらく前に獲得したけど、親方が一向に手をつけないのであばら屋の奥の方に放置していた。
数日前、しびれを切らして見えやすい位置に移動させた。
少しくらい褒めてもらいたいという打算がなかった、と言えば嘘になる。
「……やっぱりまずかったですか?」
クビになる原因が判明した。何故、今の今まで気づかなった。
「すいませんでした。親方と女将さんの役に立ちたくて……俺、ちゃんと出頭します。お世話になりました」
頭を深々と下げた。悪いのは自分だ。どんな罰も甘んじて受ける所存だ。
「何をしているんだい? 褒めることはあっても、咎めるなんてあるわけがないだろう」
女将さんが苦笑いをしている。
「えっと……」
武器屋の依頼を受けて原材料を採取することを生業とする狩猟者。その連中に忠告されたことがある。曰く『生きた竜には近づいてはいけない』と。
希少種なのかもしれないし、神使なのかもしれない。狭い世界で生きてきたから、ほとほと一般常識に疎い。
「雑竜の竜角は希少品なのさ。抜け落ちたモノや死体から簒奪したものは、ああは光らない」
「一匹だけでしたし、弱っていたみたいでした。可哀想だとは思ったんですけど、自己防衛のためについ」
直接的に折り砕いたわけではなく、寸前の回避行動の賜物だったわけだけど……。
「まえから思ってはいたんだ。一日で獲得してくる量が多いってねぇ。それにしても、単独で雑竜を撃退するなんて、レアン、アンタ本当に何者だい?」
「……えっと、たまたま運がよかっただけです。僕はただの第一階層ですよ」
嘘はついていない。




