31話 そして、人間らしく-3
「えっと……くびってことですか……冗談ですよね?」
「聞こえなかったのか? みなまで言わせるな」
親方が俺を見ようともせず、槍の切先の調整を続けている。
親方は大柄で白髪を短く刈り揃えている。強面の風貌も相まってかなり威圧的に見える。
五十歳は、とうに超えているらしいけど、とても勝てる気がしない。
戦場を渡り歩いた伝説の元傭兵だなんて噂もあるくらいだ。
外見には見合わず、細かい作業が得意なんだよな。
あんな薄い刃先、それこそ素手でへし折れそうだけど。
パラディソスの中で、一、二を争う武器職人。さらに言えば宝石武具を作成できる数少ない名工。
親方が作成した宝石武具を使えば、階層を一つ揚げることだって容易だ。
無論、それは第三層までの話だけど。
「そこの見知らぬガキ、さっさと失せろ」
突き放すような口調。何かやらかしてしまっただろうか。
正直、まだ何も教えてもらっていない。まだ見習い期間みたいなものだ。
昨日だって、武器の材料――木材やら染料を調達してきただけだ。
ここは食い下がるべきだろう。もしかしたら、最終試験みたいなものかもしれない。
「親方みたいな武器職人になりたいんです。だから……」
「失せろ」
「でも」
「いいかげんにしないと」
親方が槍を静かに置いた。
頭一つ分大きい相手。でも、こんなことで怯んでいられない。
目を逸らすな。
「――何をやっているんだい!?」
声の主は、薄黄緑色のロングスカート、青い布地で頭を覆っている。
顔料で顔を装飾している。紫色のぼってりとした唇が印象的だ。
「お前は黙っていろ!」
「黙っていられるかい。やっぱり、こうなったかい」
妙齢の女性――女将さんがあきれ顔で腕組みをした。
「勘違いしないでおくれ、レアン。うちの人は何もあんたを追い出そうとか考えているわけじゃないんだ。――私から言っちまっていいのかい?」
「勝手にしろ」
親方が工房の奥に引っ込んでしまった。
「しかたがないねぇ。ここで話すもなんだね。少し付き合ってくれるかい?」
無言で頷いた。親方も迫力があるけど、女将さんからも言い知れぬ圧を常に感じている。
女将さんの後に続いて外に出た。
「そこに座んな」
工房の裏手。武器の原材料を保管しておく、あばら家が建っている。
片隅には女将さんが趣味で育てている香草。鼻の奥がすーっとするような独特な匂いがする。
薪を割るために設置された切株の上に腰を下ろした。
「少し待ってな」
女将さんが工房――母屋に戻った。
何だか緊張するな。ここで働くことが決まったのも女将さんの助言があったからだし。
この工房の最終決定権は女将さんがもっているんじゃないかと疑っている。
「――お待たせ。ほら、お飲み」
この器は取っ手がついていて、熱くない。元が土でできているなんて夢にも思わなかった。
金属は熱を加えるとドロドロに溶けて、形が変わることとかも全然知らなかった。
そう長くはない時間だけど。親方と女将さんには色々なことを教わってきた。
「美味しいかい?」
お手製の香草茶。甘くもないし、強い味がするわけではない。でも、この味は……嫌いじゃない。




