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30話 そして、人間らしく-2

 ラヒィテールはゴラシ地区の南東部にある。

 ゴラシは魔導聖都パラディソスの中央部に位置している。


 よく言えば自由な場所だけれど、無法地帯でもある。

 数十年前、区画の整理が行われた時に、点在していた貧民街や移民街を一つにまとめたらしい。


 聖都の治安管理を一手に担う下位騎士アンダーパラディンは、警邏を行わない。

 観光客とか隣国の貴族とかには、廃墟って説明をしているらしい。


 まさに臭い物には蓋をしろ状態なわけだけど……。


「~~お花、お花、私はきれいなオハナ♪」

 鼻歌まじりに、長い立ち耳がピョコピョコと揺れている。

 キリク族――兎の獣人であるバニカは相変わらずのマイペースだ。



「おはよう、バニカ」

「――おは~よう」

 間の抜けたおっとりした声。

 店の前には、色とりどりの草花が並んでいる。


 

 黄く赤い花びらを湛えるソーラーフラワーならまだしも

 のっぱらに咲いている野草が売れるなんてここに住むまで知らなかった。


「レアン君、お花いる?」

「……いらない」


「そっか~」

 バニカがまた草木を弄り始めた。

 俺も含めてだけど、わざわざお金を出して花を買おうとする奴はこのゴラシ地区にはいない。


 専ら、上流階級向けの商売らしい。バニカは売り子というよりは調達兼保存係みたいだ。

 郊外の崖地でバニカを見かけた時は、目を疑った。

  

「そろそろ行くよ」

「またねぇ~」


 ゴラシ地区にだって、ラヒィやバニカみたいに良い奴がいる。

 ラヒィの料理の腕前なら他の地区に出店しても絶対繁盛すると思うし、草木に関する造詣が深いバニカが直接売ったほうがいいに決まっている。


「獣人差別か」

 その言葉は禁句みたいになっている。外でその言葉を使ったら罰金を取られる。

 対外的にそんな差別は存在しないことになっているからだ。


 魔導聖都パラディソスで重要視されるのは、血統ましてや人柄ではない。

 宝石魔術オラクルギフトをどれだけ使いこなせるか。言い換えれば、統治神プロメテウスにどれだけ力を示せるかだ。


 一番位が高いのが第五層フィフス、一番下位が第一層ファーストってことになっているけど

 全く宝石魔術オラクルギフトを使えない最下層アンダーゼロが少なからず存在する。


 先天的に適性がない人間も存在するって話は聞いたけど、最下層アンダーゼロの大半を占めているのは獣人だ。



 通いなれた道、最短時間でゴラシ地区の外れまで到着した。


「おはようございます」

 門番――詰め所に常駐している下位騎士アンダーパラディンに会釈した。


「おーう、レアンじゃなぇか。昨日は大暴れしたんだってな」

 無精髭を蓄えた中年男に肩を叩かれた。とにかく酒臭い。

 それにしても……。


「もう知っているなんてさすがですね。誰から聞いたんです?」

「昨日、酔っ払いが駆け込んできたわけよ。獣人の店でぼったくられたってな」

 昨日の酔っ払いか。もう少し痛めつけておけばよかった。


「まぁ、良くあることさ。で、よくよく話を聞いたら、揉めた相手がお前だとわかったわけだ」

「一方的に絡まれたんです」


「そんなことはわかっている。だから、丁重にお帰り頂いた」

「そうですか……」


「そんな顔するなよ。俺達、下位騎士アンダーパラディンは治安維持の担い手だ。公平がモットーなわけよ」

 豪快に笑う中年男――ノーマン。


 よくラヒィテールにもやってくる。基本的には無害な部類ではあるが……。


「それにしても獣くせぇな、レアン。よくあんな場所に住めたもんだ。まさか、あの猿娘に惚れているわけでぇもないだろう?」

 俺はノーマンのことを好きにはなれない。

 特別、ノーマンが偏った思想を持っているわけではないけれど……。



「もう行かないと。ノーマンさん、良い一日を」

「おうよ。レアンも頑張れよ」

 門の外側に足を踏み入れた。



  


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