犬話 異世界転生撲滅キャンペーン-3
「そこまでだ」
エウジアナがパンパと手を叩いた。
「……これは一体?」
八太郎は状況を飲み込めず、茫然と立ち尽くしている。大半の犬達は、動きを止めたが、小型犬ズだけは攻撃をやめようとしない。
小豆が小龍の右足に噛みついた。噛めているのはズボンの布地だけなのだが……。
「減点一だな、忠義に熱いのはよいことだ。しかし、犬死はもっとも恥ずべき行為だ。お前が死んで一番悲しむのだれだ」
エウジアナが小豆の身体を抱きしめた。
『……ユキちゃん』
小豆が口を開いた。
「すまない。上からの、指令でな。私個人としては、荒療治すぎるとは思ったのだが……。私達はあの惨劇を繰り返すわけにはいかないのだ」
「惨劇?」
「フォーナインの惨劇のことだ」
クラス1―9999頭の愛玩犬が犠牲になった痛ましい出来事。結果として、世界と一人の命が救われた。
「ああっ」
八太郎が罰のわるそうな顔をした。
「小龍、損な役回りを押し付けて悪かったな。どうか機嫌をなおしてほしい」
「いえ」
小龍の口調はどこかぶっきらぼうだ。
「でも、驚いたよ、まさか、小龍がエトランゼ? だったなんて」
八太郎が場の空気を和ませようとおどけてみせた。
「その情報はガセだよ。そもそも僕がそんな大物だったらこんな悩まないと思うんだ!」
小龍が声を荒げた。どうやら我慢の限界を迎えたらしい。
「どうした小龍、腹でも空いているのか?」
「ハラが空いているか?だって、ずいぶんと上から目線じゃないか、八太郎」
『どうしたの?』
小型犬ズのトイプードル、ピースが質問した。
「三食昼寝付き、縫いぐるみ要員に、僕の気持ちはわからない」
「小龍、どうしたんだ? 不満があるなら私に直接言うべきだ」
「なら、遠慮なく言わせてもらいますよエウジアナ教官殿。どうして、こんな時間に集会を開いたんです?」
「意図が分からぬのだが……」
「だったら、皆まで言わせもらいますよ! 夕暮れ時の体育館。その地下に、ぞろぞろ犬が入って行く。そんな非日常が目撃されたら――」
『給食が食べれなくなる!』と小龍は感情を爆発させた。
「昨今、給食が不味いだの云云かんぬん騒がれいますけど、安いドライフードに比べたら何倍も美味しい。それに、栄養のバランスも最高だ――」
小龍の熱弁は終わらない。
迷い込んだ校庭で、初めて給食を食べたこと。しばらくは、野良犬を装って子供たちから給食をくすねていたこと。
大人――教師にばれて、出禁になってしまったこと。合法的に、給食を食すため小学生になりすましていることをべらべらと捲し立てる。
「一次方程式とか知恵熱もんなんですよ! 二本足は疲れるし、犬食いできないし……そんな僕の日常を奪う気ですかっ!」
「悪かった……そもそも私は謝るべきなのか?」
エウジアナが首を傾げた。
小型犬ズが同時に、首を横に振る。
「いや、いや、小龍。人払いはちゃんとしてあるし、誰にもみつからねぇよ」
「八太郎、昨今の小学生をなめたら痛い目をみる。どこぞの少年探偵団にばれたら一巻の終わりだ」
『ジャンプとサンデーどっちだっけ?』
とピース。
『ああっ、コナンねぇ。ユキちゃんが大好きなんだよ』
と小豆。
誇らしげに語る小型犬ズ。
「ややこしくなるから、少し黙ってろ。ジャーキーやるから」
八太郎が鞄から袋を取り出す。尻尾をふって突然のおやつをほうばるピースと小豆。
「涎がでているぞ」
「……そんなわけないだろう! 汗だよ、汗。でも、八太郎、そんな高級品どうしたんだい?」
「高級品? ただの市販品だぞ」
『このブルジョアめ』
小龍が小声で毒づいた。
「何か言ったか?」
「いや、それよりも、今後は集会の時間を考えてもらいたい!」
小龍が強引に話をまとめた。
「一考しよう。そろそろ本題に入ってもよいだろうか」
困惑ぎみのエウジアナが、面々に着席するよう促した。




